第二十九章 『このへんなひこうきは』
まさか生きている間に『死にたくなきゃ走れ!』などと叫ぶ羽目になるとは思ってもみなかった。
私はそうやってめいっぱい声を張り上げるとその勢いで楽器室の向かいの部屋の扉を体当たりで押し開けた。
そうして部屋に雪崩込んだ私は、目の前に広がっている大きなガラス窓に向けて両手で構えたFNP90をめちゃくちゃに乱射した。
勿論唯の合宿場のガラスが防弾仕様になっている訳もなく、着弾箇所から波紋が広がるように白い罅が入って行く。
私はそうして脆くなったガラスに手ずから飛び込んだ。
私の玉体に叩き割られたガラスの穴から会津さんが飛び出し、私と同じように窓の下の芝生に倒れ込む。 途端、先程の破壊音ですら足下に及ばないほどの耳を劈く大爆発の要撃が頭上を通り越して行った。
暫く放心していたようだ。
私達はものも言えないままよろりと立ち上がり、背後の南棟を見上げた。
南棟はグランドスラムの大爆発をもろに喰らっていた。
ガラスは粉微塵になり、唯の孔と化した窓の成れの果てからはチロチロと炎光が漏れ出ていた。
瀟洒な白亜の屋敷だったものは空襲を受けた古都の一部のような、最早残骸としか形容できないような惨状を呈していた。
「……何が何だか」
会津さんがぼそりと呟いた。
その声に含まれていたのは先程までの驚愕や恐怖よりも寧ろ疲労の色であった。
と、「……あれ」
会津さんが南棟の上空を指さした。
建物の影からゆっくりと黒い三角形のシルエットが出現した。
それはゆっくりとその姿を顕していく。
最初は頂角約120度の二等辺三角形のシルエットだったそれは途中でダハシュールは屈折ピラミッドのように頂角約75度の三角形を継ぎ足した姿を顕したかと思えば、南棟の残骸から全形を顕したその姿は、正七角形の底辺から本体の高さの二分の一の高さの直角二等辺三角形をくり抜いた形であった。
既視感はある。
それが何かも大方わかっている。
ただただその可能性を認めたくない。
もしもその既視感が事実当たっていた場合、私は生涯最酷クラスの修羅場に引きずり込まれることになる。
それは太陽をちょうど遮る形で空を飛んでいて、それはここからだと黒い幾何学図形にしか見えなかった。
それは胴体部分を中心にコンパスを開くような形で開き、潰れた将棋の駒のようないびつな五角形にを成した。
そうしてパーツが一直線に並ぶと、左右の台形が胴に押し込まれて一つの図形になった。
変形が終了した途端、その胴体の付け根のバーニア二基が点火し、それは急加速した。
それは太陽の射線を離れ、その姿を現した。
翼の付け根や胴体のジョイント部に赤いラインの入った黒い全翼機。
銀河一後方に強い戦闘機の御臨場である。
「逃げて! 本棟の方!」
奴が機雷をばらまき始めたのを見て私は即座に会津さんを避難させた。
私は肌身離さず持っていた変身アイテムを取り出し、戦闘態勢に入った。
自分の体の数倍の大きさがある擬装を身に着けている私は、いかに原作をやりこんでいるとは言え、あまり相手と相性がよろしいとは言えない。
名物ワインダー攻撃をその身に浴びながら私はふとそう思った。
さすがにボディに喰らうことは防げたものの、擬装の右半分を一撃でやられ、主砲二基もさながらSTGの砲台の残骸がごとく砲塔部分をもぎ取られて残るは灼けた鉄塊になってしまった。
私は応急処置として焼損部分を切断し、そのまま高度を上げた。
y軸を同じうしては死あるのみ。
頭と3Dを使え。
燃え上がる南棟を遥かに見下ろす高みから私は奴の姿を探した。
もし奴が元ネタ通りの性能を持っていたらば、元ネタ通りの戦法をとったとてこちらに勝ち目はない。 私は視界の端に旋回中のターゲットを見付け、そちらに照準器を向け、空対空ミサイルを装填した。
ランクとかそういう概念のない現実世界でのみできる芸当である。
発射。
対象に向かって収束していく火箭の一団。
しかし、それが一つの群れに纏まって数秒後、その塊の右翼を三角形の黒い影が突き破った。
第一撃で爆発した数発のミサイルからの誘爆で一団が次々と誘爆していく。
徐々に広がっていく爆炎に殿に連なった影も次々に突っ込んでいき、吹き飛んでいく。
しかしご存じのとおり爆風の空気中に残留する時間には限りがある。
生き残った奴らは、一糸乱れぬ列になった機影が獲物を狙う獅子の群れのように私を取り囲んだ。 減速したことでそいつらの姿がしっかりと見えるようになった。 ランクのものさし代わりに使われてる例の前座が、18機。
私は再びVLSを展開した。
多弾頭ミサイルはこういう雑魚敵のお掃除(今更ながら私、ゲーム脳だ……)に便利であるというのは、まぁ事実ではあるが、こう至近距離の殴り合い撃ち合いにはそもそも飛び道具は向かない。
私はエンジンを点火して逃げ回っては撃ち込んだりのこのこ近づいてきたやつを背中に挿した鋼鉄柱(でかすぎてこう表現せざるを得ない)で叩き落としたりと、兎角受け身の戦闘を強いられた。
仕事の原理の通り、このような力を使わない戦い方でも積み重なると総仕事量は相当な物になる。
何とか大方叩き落とした頃には、私は疲労困憊満身創痍。
弾を浴びまくった艤装があちこちから火を噴いている有様。
かっこよく撤退させた割に情けない。
勿論私は気付いている。
ここまでボコボコにされてなお倒せたのは敵の前座。
本体には傷一つ埃一つ付けられていない。
へへっ、ニヒリズムってこうやって生まれるんだな。
私は遠くから高速で接近してくるブラックハートMKⅱを眺めながら、ぼんやりとした頭でそう考えた。
数分後、蛸殴りにされ、再起不能の大ダメージを受けた私は重力のなすままに墜落を始めていた。
私とていくらダメージを追っているとはいえ、無抵抗でやられる気はさらさらなかった訳だが、原作稼働開始時には非常に斬新だった例の弾幕の当たり所が非常に悪く、背中からメガ盛り爆風をもろに喰らって五体満足すら維持できなくなってしまった。
多分断月さんの言葉だったと思うが、変身している状態は例えるなら電子ゲームをプレイしている状態に近いらしい。
操作キャラが傷付いても特に痛みを感じる訳でも無く、その道のプロである彼女とて脳内でなんも関係のない事を考えたりすることもない事もないらしい。
私は艤装を破壊され、ありったけの火力をねじ伏せられ、右腕を引きちぎられ、肌を焼かれ、右目を撃ち抜かれ、そして飛行機構をもがれている間にも、絶えず思考を続けていた。
人間の体はよくできているもので、普通ここまで大きな傷を負ってしまえば最後、体は自然治癒を諦めて痛覚をシャットダウンし、死の安楽に身を任せるようになっている。
ただでさえ魔法少女補正を喰っている受容器は何万倍も希釈された電気信号しか出しておらず、私の思考の中に恐怖の文字はなかった。
ゆっくり落ちていく。
ゆらり、ゆらり。
中也か朔太郎か、兎に角『幻想』の字を肩書や評価、他称に含む詩人の表現するような、何かこう現実と切り離された転落感に包まれる。
成程、異常とは、こんな風にゆらりくらりと存在している者なのか。
なんとなく理解できたような気もした。
そんな風に無駄に哲学的な事を考えている横で私は現実的な心配も一応していた。
私は変身状態では仮令人間の尊厳もろとも全身を切り刻まれて肉便器落ちしたとしても変身を解除すればすぐ元の健全な女子高校生に戻るのだが、先刻私を生殺しにした残酷戦闘機(会社が違うな……)は変身解除程度ではなに事もなくこちらを殺しにかかるだろうことは想像に難くない。
とは言っても脳内麻薬がバシバシ煮詰まった現在ではまともな思考などできる訳もない。
私は南棟の表にある小高い雑木林に墜落した。
着地した途端、私は大きくバウンドし、その衝撃で壊れかかっていた擬装が本式に崩落した。
三度目のバウンドの途中、なんとも半端なタイミングで私は失神した。




