第二十七章 『彼女ダけのイる場所』
事件が起こったのは、合宿も五日目に差し掛かった昼下がりであった。
その日までに私は一般的に野球と聞いて想起さるる事は大方写し終え、倉庫に置かれたやたら大量の酸素缶(ヘビースモーカーでもいるのかと菰公に言ったら滑った)やら駄弁ってるマネージャーやらの地味な日常のワンシーンをスケッチしたり、もしくは逆にカーブを目を凝らし凝らし凝らして細密画を仕上げたりといった玄人じみた仕事にも飽きてきたために、私は五日目を休息日としようと考えた。
午前5時。
「ばっきゃろー! 自分の柔らかさ判ってんのか!」
「一昨日配信されたばかりの新キャラに慣れてるとか……、そういうのは廃人に期待してくれない?」
流石にソウルは強い。
自機はドロッチェ、林歌ちゃんはリボン&アドレーヌ。
前回のアプデでは双方追加されていなかったお互いの初カービィである。
「アイス、ビィィーム!」
「ちょ! 視界視界視界!」
てっててってててっ、て♪
「死んだ……」
「別のやるか」
私は傍らのバッグの中に手を突っ込み、ゲームカードを入れたケース(ピルケース用に想定された物だが、サイズが丁度いいので私はよくゲームソフトの持ち運びに使っている)を取り出した。
「『ポッ拳DX』に、『スーパーマリオオデッセイ』に、『BIOHAZARD REVELATIONS』に、『サバクのネズミ団!改。』に『マリオ&ラビッツ キングダムバトル』。 どれがいい?」
「まず二人以上でプレイできるゲームの方が少ないじゃん。 ま、朝はなんも考えずに格ゲーも一興ね。 『ポッ拳』」
ポケモンブランドとゲームカタログwikiの記述だけで買った故、完全初見の二人は結構ゲームを楽しんだ。
午前八時。
「ふぅぁ~。 眠」
「そりゃ徹夜でゲームやってたらそうなるでしょ」
昨日の昼過ぎからゲームをしていた私は数十分前に脱落しており、林歌ちゃんは一人でクイーン・ゼノビア号を探検していた。
「八時。 出る時間じゃない?」
「あ」
林歌ちゃんは途端立ち上がり、積まれていた自分の制服をパパっと常人には不可能な体捌き(殺陣とか見てみたいかも)で身に付け、変態性欲の中にかすかに残った理性の発露であるまとまったバッグ(いつか言ったと思うが彼女は傍から見てると完璧超人にすら見える。 実態は以下略)をひっつかんだ。
彼女は布団を蹴飛ばして部屋の奥半分の座敷から降り、強化ガラス製のドアに手をかけた。
ガチャガチャと固定されたノブを弄る。
鍵かけたのお前だろ。
鍵の存在を思い出した彼女は足元の鍵(これなんて言うんだろう? “サム”ターンでない事は判るけど)を蹴飛ばし、バタバタと廊下を走って行った。
合宿場のドアには電子錠も付いているのだが、みんな面倒なので掛けてない。
ゴミみたいな防犯意識は高校生の特権である。
暫く脳死で黄金郷を目指していると12時だった。
流石に日がなゲームは健全なエロ絵師としてはあまりに怠惰すぎる。
少し散歩しよう。
合宿場はそこそこの標高があるため、昼間でもなかなか心地よい散歩が出来る。
制服の露出部(エロがお仕事なのでこのような表現になってしまう。 ご容赦を)に吹き付ける夏の風は驚くことに湿度も低く、本当に心地が良い。
非建設的な遊びから逃れてたどり着いた所は合宿場と北の森の境界上にある公園(ここは元々レジャー用の施設だったのでこういう謎空間は結構ある)のベンチ。
私はここでtwitterにあげるための絵をかいていた。
液タブの便利な所はこういう風に持ち運びができる事であるがマジもんの絵かきにはあまりそれは重視されない。
頻繁に外でお絵かきをする狂人はめったにいないから。
本来視界の枠部でさわさわ動く自然は集中の妨げになるのであるが、今日に限ってはそうでも無い。
こういう類稀な集中が出来るときにはその非常の限界まで集中しておくに限る。
13時。
今日は仕事から目を背けて好きな事ばかりやってるせいか時間がたつのが嫌に早い。
書いていた『生き残った戦車に容赦なくバベルノンキックを喰らわせるブリキ大王』の絵もいい感じに仕上がり、関心は昼ご飯に寄っていた丁度その時。
「電話?」
音量の暴力への反省から最近読んだ某怪奇小説から着想を得てドラクエの戦闘曲を着信音に変更したのであるが、私は余りにもこの曲を聞き慣れ過ぎているが為に電話が来ていると認識できるまでに時間がかかってしまった。
変えよう。
そういう他愛ない事を思いながら画面を見る。
途端私に背筋が凍るような感覚が降り注いだ。
そこに表示されていた名前は『会津聡子』。
ゴリゴリの知人である。
そこまでならいい。
しかし、私は最後こんなことを言って彼女と別れたのだ。
『なんかあったら電話して』
OK。
なんかあったらしい。
私は急いで電話に出た。
『図南さん! 良かった!』
「落ち着いてくれ。 何があった?」
電話上でいきなり感情表現原形が出て来るのはかなり危険な兆候である。
『え~と。 襲われっ、襲われてあす!』
「何にだ?」
『なんかわからないんですけでど、え~、多分猛虎です!』
「分かった」
マジもんの猛獣がやってきてしまった。
戦闘にけしかけるなんてそんなひどい事は出来ない。
「今どこにいる?」
『南棟です。 一階!』
OK。
南棟一階の映像を思い浮かべる。
「手近な部屋に立てこもれ! 後変身もしとけ!」
取り敢えず籠城戦を敢行してもらう。
遠くアディウム帝国の時代からこれは最も生存に適した戦法である。
勝ち負けは別として、だが。
「今すぐ行く!」
それだけ言って即座に電話を切り、小野寺さんに取り決めていた暗号(AAA。 Abnormal Artifact Approaching。 機構で向う60年使っているコードらしい)をメールすると、私は取り敢えずFNP90を召喚し、すぐに南棟に走った。
南棟一階は中央の大部屋二つを廊下で囲み、更にその周りを更衣室や倉庫、ホールなどの小部屋がさらに囲っていると言った間取りになっている。
ホールから間の廊下に駆け込む。
私は周囲を見回しながらゆっくりと廊下の角までそろりと後ずさりし、携帯を取り出した。
LINEが来ている。
『がっきしつ』。
私は目を凝らした。
奥の封鎖されている奴が『楽器室』。
そして手前が『音楽室』。
ドアの横の金属プレートにそう刻まれていた。
私は壁に背中を付けながら機関銃の銃口を進行方向と逆に向け、あちこちを警戒しながらドアにたどり着いた。
銃があるだけで心強さが違う。
銃社会が発生するのも頷ける話である。
「私よ! 図南朋!」
返事はない。
もう一度呼び掛けてみるが、梨の礫。
扉には鍵がかかっている。
LINEで呼びかけても既読すら付かない。
……何があった?
まず考えた事は、『ハメられたのではないか?』と言う事であった。
何者かが私を害するために身分を偽った呼び出しをしたのではないか。
そしてなぜか機関銃を持っている私に怖気づいて逃げたのではないかと。
それなら安心していいのだが、そんな事は無かろうと私は直ぐにその仮説を見限った。
FNP90は初見では到底銃には見えないし、何故会津さんの番号から連絡が来てるのかは説明できないし、 第一私は彼女の声を聞いている。
この耳で、直に、だ。
と、
…………。
匂った。
いや、臭った。
私は漂っていた鉄臭い、生臭い臭い、血の臭いに気付いた。
私は再び背筋の凍るような感を得た。
恐らく彼女は既にやられている。
何にかはわからない。
ドアの向こうから曇りガラス越しにオレンジ色の光が見える。 ……火か?
とにかくこのドアを開けなければならない。
私は銃を構えた。
いや、いけない。
南棟と主棟と北棟、別館とは建物同士がぴったりとくっ付いて配されており、上空から見るとギリシャ文字のΠに濁点を付けた様な形をしている。
であるからしてこんなとこで発砲なぞしたら確実に人が飛んでくる。
昨日、演劇部の発声練習の『外郎売』がドルイドの呪文か何かのようにぐわんぐわん響いていたのをよく覚えている。
「はっ」
気付いた。
無意識に声が出る程のショック。
成程だからStrikeなる単語が『思いつく』と言う意味を持つのもしっくりくる。
目の前のそれを含め、この建物のドアは全て曇らせた強化ガラスで出来ている。
強化ガラスはその名の通り強化されてはいるが、熱変化に弱いと言う弱点は据え置きである。
私は下部のガラスに手をかざし、熱を加えた。
私の魔法で出来る加熱冷却は上は1500度下は-200度。
恐らくガラスも割る事が出来る。
立ち上る熱気の所為かそれともパンドラの箱を開ける緊張のせいか、じりじりと冷や汗がにじみ出す。 と、突然視界の色が変わった。
ガラス戸の向こうで爆発的な発火が起きた。
その衝撃でガラスに罅が入る。
私はローキックで田の字の右下を蹴破った。
恐らく小規模なバックドラフトだろう、衝撃波がガラス片を吹き飛ばして私の太腿を撫ぜた。
反射的に飛びのく。
少し反省して離れた位置からゆっくりガラスを上にかけて熱していく。
再び爆発。
ドアは骨組みを残して崩れ落ちた。
数十秒酷暑に浮かされた犬のように荒く息をし、最後に二度深呼吸をした。
魔法と言う物は本当に体力を使う。
昔の刑事ドラマにはお前ホグワーツ行けよとでも言いたくなるほどダイナミックに魔法を使う犯人が相当な頻度で出て来るが、そんなことは常人にはできない。
私は穴から手を突っ込むと、足元の鍵、そしてノブの部分の鍵を開け、そのままドアを方で押し開けた。 会津聡子はそこにいた。
物言わぬ屍体となって。




