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 第二十五章 『魔法少女は一人では生きていけない』

 半地下のベンチの壁に穿たれた開口から見るマウンドの景色にも見るべき点があったが、やはり野球と言えば、と言う事で私は観客席の方からの景色をまず絵にかくことにした。

 ベンチの区画と観覧席の最上段は直通の階段でつながっている。

 その最上段のホールと観客席の上段通路とを繋ぐ鉄扉を引き開けた途端、私は多分に湿気を含んだ夏の温かい風を感じた。

 夏の空、何度見ても実に良い。

 私はマウンドの方を見下ろす。

 用途が練習メインのグラウンドに申し訳程度に添えられた観覧席なのでマウンドを俯瞰するには最上段からが丁度いい。

 私は座席の上の小さな水溜りを払いのけてどっかと腰を下ろした。

 暫くの間鉛筆を走らせる。

 ……多分いい感じになっている。

 私にはスポーツ全般が判らない。

 ただ芸術作品の目利きはなんとなくできる。

 ……多分いい感じである。

 と、『て~てて、てってって、てててて、て~てて、てってって、てててて』

Live A live main themeが大音量で流れだした。

 ケータイのバイブレーションもボックスプリーツのポケット越しに伝わってくる。

 確認すると、待ち受けに設定している_@-ZV_@ノーミス動画のキャプションの蜂本体にかぶさる様にしてゴチック体の『非通知設定』の白字が躍っている。

 私の携帯と連絡を取ってくる奴は基本的に親しい人間(他人からの連絡で一番多いお仕事の依頼はtwitterのDM越しに来る)からの物であり、そもそも最近の女子高生はほぼ電話連絡をしない。

 この文字列も久々に見た。

 出たくない。

 でも出るしかない。


 『もしもし? 私だ』


 相手は小野寺さんだった。


 「あっ、小野寺さんでしたか。 何か?」


 『新しい魔法少女の情報だ。 さて、一つだけ質問をさせてほしい』


 はい?


 『お前の周りで、『芸術の才能』とかに関する話をしていたやつがいたなかったか?』


 そんなやつ……、「いた!」


 菰公の連れだ、確か会津とでもいったか。


 『げに恐ろしきは因果律方程式なり……。 やはりいたか、OKOK』


 因果律方程式というものが何かは知らないが、おそらく今までもたびたび出てきた機構のビックリドッキリガジェットの一つだろう。

 雰囲気的にFGOの運命力あたりと同じ意味であろう。

 ご都合主義なんてサイッテー!


 「で? 彼女がどうしたって?」


 『我々が確認していて、かつ現在未確保の魔法少女の一人が、おそらくそれだ。 ARC-892—jp『ヴァンダリズムに反逆を』 触れた芸術作品を爆発させるはた迷惑な被害者改め相手の持つ芸術の才能を指摘してくれるオブジェ、だな。 諸事情で恐らくうちの高校の人間であるという段階までは身元の推測も出来ていたから。 恐らくビンゴだ』


 出来すぎだよな、やっぱり。

 私はそれが今迄の異学のお勉強の過程でもよく抱いた感覚である事に気付いて苦笑した。


 「それでいいの? ほんとに?」


 『よくない。 もう一度そいつの横で鼻を澄ませてみろ。 本当に魔法少女なら独特なにおいがする。 異常存在から匂ってたあれだ』


 成程、魔法少女もまた異常存在である事は事実である。

 しかし。


 「お言葉ですが私はもう一回会ってる。 その時は特に変な『匂い』はしなかったけど」


 『お前、さては異学は真面目に勉強してないな?』


 はい。 すみません。

 沈黙をもって答える。 


 『……ここで言う『匂い』とは-まぁ判ってるとは思うが-英語で言うsmellの意味ではない。 そのメカニズムに関する詳しい説明はお前の理解度を考慮して割愛するが、ともかく言いたい事としては、その匂いを感じるための最大のトリガーは、その存在を意識する事。 即ちそれがそこにあると解っていなければ知覚は不可能だ。 分かったならとっとと行って来い』


うーす。

 私が軽く返事をした所で相手が切った。

 異学徒の前提条件こと『異常への理解』が私にはまだできていないようだ。

 ……未来永劫できない気も微妙にする。

 私は異学の混沌の世界よりも深い未来への不安を根性で振りほどき、私は立ち上がった。 



 心配していたような衝突はなかった。

 そもそも不用意に『ある人から君には音楽の才能があると言われた』などと言ってしまうような女である(人に名前を明かせないような奴からのアドヴァイスなんか真に受けねぇよ常人は)。

 菰公含めた彼女以外の面々が退場した地下観覧席でのそう長くない会話からでもそもそもARC=014-jpの危険性をあまり実感できておらず、これをただの便利アイテムだと思っていたようだ。

 雛が前薦めてくれた某社会学者のさる新書に近年の異常存在の社会への浸透の功罪を書いた物があり、それを読んだ時の雑感が一息によみがえって来た。

 やはり読むのと実際に体感するのとは当たり前だが大違いである。

 これだから会津っぽは(某中学教師並感)。

 そんなわけだから私の言葉を疑うという素振りもほとんどなく、こちらが変身を一度するだけで納得して貰えた。

 私の変身アイテムの真偽すら疑わなかった(どのような経緯を持ってこうなったかはわからないのだが、この世界の対応するARCオブジェクトとこれとはその形態が税関と便利なパスポートぐらい違うのだ)ので、彼女は真に『チョロい』の形容にふさわしい。

 私は彼女とLINEIDを交換し、彼女と別れた後密かに小野寺さんと連絡を取った。

 『ご苦労。 それの処理は追々連絡する』だそうだ。

 あくまで個人的な意見だが私は飽くまで一介の女子高生でしかないつもりなので、そういうのはそっちで勝手にやって欲しい。

 心に浮かんだ本音を口に出すような真似は勿論せず、私は『異常存在のヤバさについてきつく言っといてくれ』とだけ頼んで電話を切った。

 その後、私は観客席に再び登ってマウンドの七景を写し取り始めた。

 満足のいく量が稼げたころには、すでに夕刻も間近となっていた。

 熱心な事である。

 契約日の最後は地区予選で、その日ならまだ今日と違ったものも描けそうだが、流石に三日ほど同じことを繰り返す(実際は違うのかもしれないが私のイメージにおいては飽くまでそうとしか思えない)事を考えれば、一日であまり根を詰めすぎるのもいけないだろう。

 私は観客席の最下段の柵から身を乗り出してベンチの所にいた枕木先生に今日は上がるとだけ伝えてそのままグラウンドを後にした。

 演劇部の方にもぜひ顔を出してほしいと催促されているのだ。

CC BY-SA 3.0に基づく表示



SCP-892-JP - みす・げいじゅつはばくはつだヴァンダリズムに反逆を

by kyougoku08

http://ja.scp-wiki.net/scp-892-jp



この小説の内容は『 クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承3.0ライセンス 』に従います。

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