第二十三章 『ホームラン量産法……がない世界』
当校は長崎県内の公立校では最も偏差値が高く、ギリ三桁には到達しないながらもかなりの歴史もある。 その為卒業生には成功者、有名人が多く、それに比例してか立派な施設も多い。
この合宿場もまたその一つで、白大理石の化粧石で覆われた三階建て鉄筋コンクリート製の四階建ての本館(宿泊施設)を中心に、コンサートホールや鬼のように広い運動場、テニスや水泳などの各種スポーツ用の練習場まである。
バブル期に勢いだけで建設されたリゾートホテル(長崎市に程近すぎる山中に人が集まる要素が微塵もないのはもはや本能で理解できることではないのか)の成りそこないを改装したものらしく、公立高校の施設としては白眉である。
中学生向けのウチのパンフにも堂々と鳥瞰図が乗っているほどで、他校からもよく羨ましがられる。
こんな自慢の施設で先日から当校の他上手いこと決勝にコマを進めた県内の四校が来る夏季高校野球選抜大会長崎予選決勝に向け、練習に励んでいるのだ。
しかしその大会と言うのがわずか四日後であり、そんな時期に未来の対戦相手に自身のコンディションを曝け出している時点で全国に勝ち進む気が微塵も存在しないと言う事が読み取れなくもない。
と言うか私のようにそこに談合と疑獄の匂いまで感じ取っている人間もいる訳だが、初めて来てみてそんな複雑な裏はないだろうと言う事がありありと解った。
澄んだ空気、高品質な各種施設、快適な気候。
どうせ勝ち進める可能性が元から少ないのなら、最高の環境を手に入れるための代価としてはこの上なく安かろう。
私はバスから降り、荷物を持って別館の方に向かった。
五校も集っている野球部はそれだけで運動場と本館宿泊施設、それに体育館を占拠してしまう為、それと同時に合宿をするには文化部しかない。
演劇部はそういう理由で毎年この時期に合宿をしていた。
林歌ちゃんと一緒(自分の身を守るために今日は暗視カメラを持ってきた)の二人部屋に着替えと液タブに画材一式と暇つぶしのスイッチの入った荷物を置くと、その中から新品のスケッチブックとママの代から愛用されているMONOの鉛筆セットによく研いだ肥後守を取り出し、2L入りのアクエリアスグリーンスライム風味を入れていた断熱ポーチに詰め込んで、一人演劇場の下見に行く演劇部の皆と離れて野球部の練習場所の方に向かった。
グラウンドで砂塵と絶叫を上げながら精神と肉体を酷使している球児たちを横目に見ながら、私はグラウンドの傍らに立つ更衣室と筋トレ施設を兼ねた大きな平屋に入った。
それのグラウンドに向いた面は一面のガラス張りで、グラウンドの方がよく見える。
私は自宅のホールぐらい広い沓脱で靴下だけになると、肌触りのいい灰の絨毯を踏みしめながらガラス張りの部屋の方のドアを開けた。
この部屋はよく冷房が効いており、熱中症から休憩中の球児を隔離するための休憩室として使われるらしいのだが、今は彼らは運動場に出払っており、そこにいた人間は一人だけだった。
「枕木先生。 ただいま参りました」
「うす。 その様子だと今からでも描きに行ける感じ?」
ジャージ姿の枕木先生は窓から離れた端の方に置かれたテーブルに向かって何やら書き物をしていた。
「はい。 問題ありません。 ……何をなされているのですか?」
「少しばかり調べ物があるんでな。 他校に人脈を作っておいてよかった」
非常に面倒くさそうだ。 であるからして首を突っ込むのは得策ではない。
「ご苦労様です」
「どうも。 取り敢えず中務先生に挨拶をして来て頂戴。 ここから出て右手にまっすぐ行くとある北の小グラウンドでかろくウォームアップしてる手筈だから、多分そこにいる」
私は先生に頭を軽く下げて、そのままトレーニング棟を出た。
そうして言われたルートの通り鬱蒼とした並木の上り坂を抜け、少し山の上にあるグラウンドにたどり着いた。
「本日は宜しくお願いします」
「いやいやこちらこそどうも」
中務鬻志先生は30代前半の古典教師であり、野球部の顧問の一人である。
指導自体はコーチの越智舟太郎氏の独擅場であり、彼は基本的に運営などの裏方担当。
古典を教えているくせにがちがちのディジタルネィティブであり、野球部のHPは異常に出来が良い。
顧問は情報部との掛け持ちで野球部はサブであり、野球は顧問に決まってから頑張ってルールを覚えた。 最近の悩みは野球部内での古典の平均点が異常に低い事。
そこまでを一気に紹介された。
そう言えば一年の頃の古典は彼の担当だったが、何時間かオタトークでつぶしてた事あったな……。
ついでに私はアップを終えた野球部の面々と面通しをすることとなった。
「え~、二組、漫研所属。 図南と申します。 本日より三日ほど、新勧用のイラスト制作の為に随伴させて頂きます。 宜しくです」
休憩中の部員約30名の前に通される段になって、私は少し困った事があるのに気付いた。
別に大勢の前での自己紹介が苦手な訳では無い。
Lizst cutに加入した時は主宰の妹である事を隠し、新入りとして自分の叶えた夢で家族を年一回旅行に連れていけるような人たちの前で拙作を紹介する羽目になった(当時は彼のサークルがダイアの原石の獲得に舵を切り始めた丁度その瞬間で、今は8人いる新人の誰一人も当時はいなかった)訳で、それと比べれば非常に楽である。
しかし、先生は部員達に今日来る人間の事を詳しく説明し過ぎた。
確かに私と雛のコンビは5.8万のtwitterフォロワーを持ち、本職として絵でお小遣いを稼いだりもしている。
説明など私の口で直にしなくてもPixivで検索でもかけてもらえば、プロではないにしろ金を払うに足る画力をそこに見出す事が出来るだろうと自負している。
しかし悲しきは禁野十八の血、その殆どの経歴はR-18絵で積み上げてきたものなのだ。
Pixivは八割がた『センシティブな内容が含まれています』と書かれた白い鉄壁でブロックされ、
twitterではパンチラパイチラはザラ、後に物凄くえっちぃ絵に仕上がる下書きも大量投下している。 サークルの作品は普通にDLsiteの広告として、例の『結局ヤるんだよね?』と言いたくなるカモフラージュ付き含めて各所に出て来る。
とにかく間違えても野球に青春を捧げた純粋無垢な球児に見せてはなるまい。
さ~て。
私はどうやってプロである事を示したらよいだろうか?
備考:前に立っている私はウチのジャージを着た眼鏡無表情の地味めの女である。
「え~、諸事情有って過去の作品は見せられません。 と言う事で何かデモンストレーションとしてこれに書かせて頂けたらと」
曲芸ぃ!!……。
クリエイターのプライドなぞ嵩張るだけじゃい!!……。
「リクエスト等ございますか?」
ここでハダカデバネズミとかが出たら私は死ぬ。
弱点の無い人間などいないのだ。
突如球児たちの中から嬌声が上がり、全員の目線がある一人に集中した。
「あ、はぉい! ダイオウデメマダラでお願いしますっ!」
どんなグループにも一人はいるムードメーカー枠と思われるガタイのいい男子がすっと立ち上がって間髪入れずに一発。
……滑りやがった。
私は何も悪くないのになぜか肩身が狭く感じる。
とは言え、内容としては当たりの方である。
ピクミン2は初配信に使ったくらいだ。
あくまでこれは曲芸なので立ちながらのスケッチ。
こんなもんアートではない(海原雄山並感)!
「完成です」
奴おなじみのでかいベロで2の巨大爆弾岩を飲み込む瞬間を描いた。
色は塗っていないが原作物ではわりと会心の出来。
私は基本構図&線画担当なので、こうやって色なしで訴える絵は大得意である。
滑ってたのがダイオウデメマダラの知名度が低い故かとの危惧もあったが、絵を見せつけた途端に感嘆の声が溢れたので、リアルなボスチャッピーに魅せられたか内容が判らないなりに迫力は感じれたか、兎に角実力は伝わったようだ。
思えば相手は素人なので、そこまで気合を入れる必要も無かったかもわからない。
これにて自己紹介終了。
皆と一緒にメイングラウンドまで移動して、私もお仕事開始である。




