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 第二十二章 『もりのなかにいる』

 私はあの子の言葉を思い返しながら玄関の框を跨いだ。 意図的に足を地面に叩き付ける音を殺さず、二階の共用の部屋まで上がる。 ドアを開けると、そこに広がっているのは暗闇だった。 カーテンまでが閉め切られた部屋の中から微かに規則正しい呼吸音が聞こえてくる。 どうやら姉は寝ているらしい。 最近の彼女は精神状態が不安定を地で行く苦境に陥ってしまっている。 或は今日の所を見ると少しはましになっているかもわからない。 結論を出しあぐねた私は私は荷物を置くと、リュックの中から筆箱を取り出し、そこからペンライトを抜き出した。 いっそ直に確認してしまえ。 拡散した光跡が姉に一mmもかすらない位置に向けてライトを照射し、ぎりぎり事物を確認できるほどまで光量を絞る。 手のひらに当ててみる。 このくらいなら問題ないだろう。 私は布団をかぶったまま寝息を立てている姉の方に忍び寄り、枕もとで屈みこんでそっと布団をまくった。 間の良い事に姉はこちらを向いてすうすう言っていた。 私はつけたまま手の中に握り込んでいたペンライトを取り出すと、それを姉の顔に当てた。 涅槃すら比較対象に挙がりそうな程心地よさそうな寝顔。 私は安心してふとサイドボードを見た。 封の開いた睡眠薬の壜が一つ。 姉が知り合いから勧められたもので、前これを飲んだ時は正午までゆすっても叩いても起きなかった。 そのことに気付いた瞬間、私の胸がドクンと大きく撥ねた。 あの子との会話は基本的に好きな人とそれに対する付き合い方に関するものだった。 私はごくりと息をのみ、姉の顔にゆっくりと顔を近づけた……。 -------

 

 「いやマジで何やってんのお前?」


 私は林歌ちゃんから受け取った原稿の中盤に差し掛かるのを待たずしてスマホ上のファイルを閉じた。

 

 「わざわざ『レイクライシス』のサントラを止めてこんなクソみたいなもん読ませたんかお前」

 例のデザートイーグルは特撮風になってしまったので、ipodとして使うのはあきらめた(姉ちゃんはそういうの気にしないんだけど、この点でも私たち双子は似ていない)。

 そして山間の当校合宿場へ向かうマイクロバスの中、私は可能な限り静かにキレた。

 事の発端は四方林歌、演劇部で脚本家も兼任している彼女が、途中まで書いた小説を試し読みしてほしいと私に頼んできたのだ。

 わりかし山奥にある当校合宿場。

 野球部の夏季選抜決勝戦直前合宿(うちの野球部はそれなりに強いのだ)は三日前に始まっていたが、私は最終日前日の今日に同じ場所へ合宿に向かう林歌ちゃんたち演劇部のバスに同乗してそこに向かっている。

 部活に入っていない(漫研、書道部には紙面と活動場所を等価交換しているだけである)私にとっては例年夏休みは絵の仕事と実力考査の勉強をするだけの為の期間なのだが枕木先生と契約したお仕事が入り、そのうえ薪木さんから彼女の趣味である長期旅行のお誘いも入ったので、割と忙しくなっている。

 そんな事情もあって今年は早い事宿題は終わらせとかなければならず、その為車内でワークを広げて数Ⅰと比べても明らか戦闘力の違う数Ⅱ(範囲内にあるのが最弱候補の指数対数三角函数なのが救い)と粛々と殴り合っていた横からこれが来たのである。

 タイトルは『冥の神話』。

 ちなみに乾くるみのデビュー作である本格百合ミステリ(すっとぼけ)は『Jの神話』である。

 彼女が車胤君と常に一緒にいる事実は未だ変わりなく、車胤君は車胤君で彼女の為に大人気のチンアナゴの縫いぐるみの列に一時間並んだ(それを聞いた時の背筋に沁みる悪寒と言ったら!)りしているのだが、それでも彼女が車胤君と男女の関係でないと断言できる理由がある。

 この女、ガチレズである。

 細かい話をするとかなり同性よりのバイらしいが、とにかく今の彼女の性的指向は女である。

 と言う訳で私は現在進行形でセクハラを受けている。

 これだけだと論理が破綻しているので、もう一つ確かな事実を追加しておこう。

 私のようなタイプの人間が、彼女のドストライクである。

 先程は『人間』と言う表現を使ったが、その言葉に違わず彼女は『貴方が男だったとしても狙ってた』とまで言うほど(女の使う構文じゃねぇだろ……)私が好きであり、私たち双子から双子百合(私の『唯の自慰じゃねぇか!』と言う渾身の自衛ツッコミは封殺された)に覚醒したり、私たち双子をネタにR18小説を書いたりしている。

 ……それがこれである。 

 

 「頭おかしいの? 貴方? なんでこんなもん書いたの? え?」


 「そう言う風に困ってる顔が見たかったから」


 「困ってるんじゃねぇ! ブチギレてんだ!」


 第一私は常に無表情だ。

 私は心に波風の一切が立っていないかのような林歌ちゃんの目をぎろりと睨み付けた。

 彼女はそれに呼応するかのように首を傾げ、口角を上げ、目を細めた。

 ……うん。

 彼女の各種変態行為が特別問題視されない(彼女は別に周りに特別それを知ろしめている訳では無いが、私の怯えた言動から何かを察しているクラスメイトは多い)理由は簡単で、尚且つどうしようもなく理不尽である。

 顔である。

 彼女は毎年のようにスカウトされただのネット上でミーム化しただのとにかく顔を褒め(ようとして空回りしてい)る噂が各所に立つほどである。

 私でも常時くらっとしっぱなしなのである。

 女でさえそうなのだからその逆も又然り。

 顔につられた彼女の性癖を知らない勇敢な男子が毎月十人単位で死んでいく光景は傍から見ていると壮観である。

 顔面偏差値が10低かったら今頃豚箱にいるだろうと言うのが私の予想である。


 「なに? 私の事、嫌いになった? 」


 彼女は押し黙って防御陣形を決め込む私に、彼女はだめ押しの一撃を喰らわせてきた。


 「胸が小さいのはストライクゾーンにすら入らないのよね、私」


 すかさずこちらの反撃。

 彼女の唯一の弱点はBカップ。

 ただしそういう属性として定着しているのでダメージは入っても微々たるもの。

 女には負けると解っていても戦わなければいけない時があるのだ。


 「いや、まあ、それはそうだけど」


 効いた。

 意外や意外彼女はそれを気にしているのだ。


 「私の知り合いでものっそいでかい子がいるんだけど、彼女も中学生から高校生になるかならないかで大きくなったから、多分もう望みはないね。 それにそれ以外のはみんな中学から1mmも見た目が変わってないらしいから、最初から詰みへっ!」


 調子に乗って追い打ちをかけたらキスで口を塞がれた。

 まるで意外さは感じられないと思うが、この女はキス魔である。

 バスの最後尾の広いシートでの痴態に気付いてか気付かないでか、演劇部の舞台監督をしている二年生がニンテンドースイッチ(遊んでいるのは恐らく『ショベルナイト』)から目を離さずに茶々を入れて来た。


 「お言葉ですが、四方さんの小説は命名法則を工夫してさもワグナーの『ニーベルンゲン物語』が元ネタかのように白々しく装っていますが、その姉妹の名前の元ネタのジークムントとジークリンデの関係性は『ヨスガノソラ』のそれなんで、そもそもの前提が論外ですね。 そこまでして自分の性癖に形を持たせたいならPixivでも始めてみるのはいかがですか?」


 ノーチャージで『ヨスガノソラ』などと言う文字列が出て来るのは異常としか言いようがないが、そんな奴の巣食う演劇部内部でも林歌は変態扱いされているようだ。


 その事実は少しだけ私を安堵させた。

 そんなこんなで、私たちの気付かない間に演劇部の面々と駆け出しのイラスト屋を乗せたバスは山奥に建つわが校の合宿場の白亜の建物を望む駐車場の一角へと滑り込んでいた。

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