第一章 『長崎魔導都市』
——現在までに日本各地16か所で確認されている現実性の大規模な下降を伴った人型実体の目撃について、機構データベース内に近似した存在が無い事を鑑み、暫定的に『ARC-014-jp』,オブジェクトクラスFomerと定義、機動部隊伊―九”強姦魔”を動員し、確保に当たらせることを提言します。 ——ARC機構九州支局管理官『大三角』
賛成―—『夜見』,『舞台』,『花筏』,『時乃宮』,『千凪』,『霧藤』
反対―—『千々石』,『眼』,『氷業』 ——可決。 伝達担当者は、ARC-014-jp-FOに関する通告書が完成し次第、ARC-014-jpが確認された区域を担当するサイトに通達してください。――
長崎県が魔法の国である事は、何も『新本格魔法少女りすか』の世界だけの話ではない。
現実世界においても、現在のARC機構の前身の一つである『五行結社』によって発掘されたのちのARC-■■■■―jp—EX『高い高い塔』を中心に、長崎県長崎市は世界でも随一の魔法の都として成り立っている。
しかし魔術の日本における中心都市と言われている大阪と比べて、二都市の規模に月と鼈では済まない違いがあるのは、周知の事実であるだろう。
実際、長崎に一年強暮らしてみても、長崎における魔法関係の数値が、軒並み他県平均の2,3倍である事を、日常生活の中で実感することはまずないと言っていい。
その稀有な例が夏日を観測し始めた日から県内の幹線道路や郊外でよくみられる、数人規模で自発的に集団下校する生徒たちの姿であろう。
これは別に闇の魔術から身を守っているとか、そういう事情がある訳では無い。
実はこれは長崎では特別に絶対数が多い故に目立っているからであって、他県でも往々にしてみられる現象である。
集団下校している生徒の中央の生徒、こいつがこの現象を説明するミソで、多くの場合、こいつは温度制御魔法もちである。
夏の暑い日、冷房の効いた学校から冷房の効いた家までの暑い暑い道を歩いて帰る憂鬱も、熱属性魔法持ちがいれば、すべて解決‼
もはや本能クラスで人間に紐づけされている考え方なのか、毎年のようにこういう下心持ちの人間が寄ってきて帰り道における一大チームを形成してしまう側からすれば、たまったものではない。
私、図南朋に関しても、それは例外ではない。
私は『体が弱くなる』ということで、親から温度にあまり干渉しないように言われていたがために、温度差で風を起こす程度に制限して能力を行使していたのだが、取り巻きたちにはそれでも無いよりましらしく、その証拠に十分前に漫研が学校で解散してから、今まで、私と同じ方向に家がある部員五人と私のゴンズイ玉は、一向にその形を崩すことなく存在してきた。
が、長崎市の真ん中である『塔』を囲むラウンドアバウトに着くと、我々六人はバラバラになった。
顔だけをこちらに向けて、「じゃぁ、またねー」と言いながら走っていく白鳥さんに同じようにまたねーと言いながら手を振ると、私は正六角柱の透明な塔の滑らかな側面を背にして、放射状に広がる道の一つに足を向けた。
同じ方向といっても、彼らにはもう少し短い距離で家に帰れるルートがそれぞれ存在するはずだが、しかしそれほどまでに冷風というのは魅力的なのだろうか。 実に不思議である。
いつもはそう思いながら家路を直行するわけだが、本日はその限りではない。
一昨日、中学校を卒業してこっちに引っ越してきてからずっと疎遠になっていた友人から、一通の手紙が届いた。
比喩でなく、きちんと三つ折りにされて封筒に入った、A4版の便箋である。
勿論、第七世界を形成し得るまでに情報通信技術が大きく発展した昨今、手紙による情報のやり取りと言う物は、余程の場合行われない。
その手紙によれば、現在旅行で長崎に滞在している(どうやら彼女の学校の創立記念日を利用しての物らしい)彼女が、数週間前に学校の帰り道に手に入れた、『あるもの』を私に託したい。
そう言う事らしい。 ……このような文面を怪しいと感じない人間は、恐らくこの世界にはいまい。
かく言う私も、もしもの為に制服の胸ポケットにICレコーダを忍ばせている。
が、私は三年ほど友達だった相手の如何を、高々一年の別れできっぱり忘れてしまう人間ではなく、彼女に犯罪に関わる勇気などないと知っている。
その上、仮に犯罪に関わるアイテムをこちらに押し付けようとするならば、口実くらいは考える筈である。 覚せい剤ならヤセルクスリ、違法ビデオならば偽の内容(私は人から預かったビデオを勝手に再生するような人間だと思われてはいないと信じている)。
それでも隠せない怪しさと言う物は存在するが、『あるもの』表記よか、ましな筈である。
だから、手紙の内容が、なんというか逼迫しているように見えたのが頭から離れなかった私は、取り敢えずの対策のみで、約束場所の中心街のカフェに足を運んだのだ。
待ち合わせ場所に着くと、待ち人を探してあたりを見渡す私に、カフェテリアのウッドデッキから彼女は手を振っていた。
矢盗舟子。
彼女は中学時代のままの男物にしか見えない私服姿で、髪色だけが変わっていた。
明るくなっていたら犯罪の香りもしかねないが、彼女は地の茶髪を黒染めしていた。
彼女の学校はそこまで校則が厳しかった覚えはない。
が、そういえば中学の頃の彼女は、無茶苦茶黒髪崇拝が強かった。
具体的に云うとtwitterのアカウント名がそれだったりするくらいに。
変わってない、と言う事なのだろう。
不審人物の対応をしてしまった自分が恥ずかしい。
デッキに出、彼女の席を見つけてからも、私はずっとその思いに苛まれていた。
人はこんな私を見てお人よしだと言うが、私はそれでいいと思っている。
デッキの入り口に一番近いパラソルの下、彼女の向かいの席に座る。
リュックサックを足元に置き、やって来た店員にアイスコーヒーの注文をした後、私は彼女と一年ぶりの会話を始めた。
「図南さん。 私、さっき貴方が到着したこと、すぐわかったよ。 周りが急に涼しくなったから」
「確かに神戸にいた時は、周りに温度制御魔法もちは、私一人しかいなかったもんね」
「と言うと、……流石魔法の国だね」
「そうそう、神戸と長崎だと、お互い世界最高クラスと日本最低クラスの魔法の影響力の大きさだからね、やっぱりカルチャーショックはあったよ、私の魔法はこっちでもは確かに最強クラスなんだけどね、あっちは私レベルのがあたりの学校全部で五人いなかったのが、こっちでは一クラスに三人はいるよ、ほんとに」
そこまで言うと私は意識して大袈裟に指を鳴らした。
すると、私と矢盗さんの視線の交差点の何もない空間ににポッと直径5㎝ほどの小さな火がともった。
私はその火の玉を暫く眺めると、アイスコーヒーを啜って、つけた時と同じぐらい大袈裟に火の玉を握りつぶした。
「やばい、懐かしいわ。 今でもやってるの、それ」
「まさか」
これは私が神戸にいたころに良くやっていたデモンストレーションだったが、長崎に来た時に、最初にできた友人とその親友(と私が一年の頃の私のクラスの最強の三人であった)とのタイマンをこの目で見てしまってから(具体的な内容は省くが、何故長崎ではこれでも『少年ジャンプ』が売れるのだろうかと疑問に思ったとだけ言っておく)、これはやめるようにしている。
井の中の何とかみたいで恥ずかしいし。
「そう言えば、例の『あるもの』って何?」
それから数分間積もる話は盛り上がったが、その盛り上がりに一区切りついた所で、私は本題に入った。
「そうそう、早速、と言ってももう数分潰しちゃってるもんね。 まず私がどうやってこれを手に入れたかから始めよっか」
かなり軽い感じで彼女が言うのを見て、私の頭の中にあった彼女への疑いの殆どが溶け落ちていた。
何処で手に入れたとかそういう話が始まるみたいだから、プレゼントでもしてくれるのだろうか。
そういえば誕生日もそろそろだ、旅行のついでと考えれば、違和感もない。
「ここ最近、全国的にはやってる都市伝説があってね」
……世の中甘くはありませんね、いやはや。
「ネットの海の中にいる、魔法を授けてくれる人の話」
「魔法がそこまで良いもんじゃないってことは、何回言ったかしら?」
関西圏仕込みの『ズコー』から危うく持ち直した私は、取り敢えず手近のツッコミどころを攻める。
「御免なさい。 少し説明不足だったみたい。 ここでいう魔法はwitchcraftの方じゃなくてmagicの方」
なんか経験したことのない疲れ方をしている。
「続けて」
「ありがとう。「私もそれは眉唾だと思ってたんだけど、新聞部の後輩が―—言って無かったけど、高校入学して新聞部はいったんだよ、私——調べてみようと言いだして、校内に接触した経験のある奴がいたのをいいことに、一週間前に、アクセスを試みたの。「それはツイッター上にあるあるアカウントで、ここにDMを送れば、魔法がもらえるらしいのね。「最初の私は眉唾物だと思ったの、そう言う噂って、大概そうでしょ。「第一、もし本当にもらえるのなら、その『接触した奴』が何で魔法を持ってないのかって、私真っ先に聞いたのよ。「そしたら、『試験に合格しないと魔法は貰えない』って。「これで私の考えは常識意外に根拠のない空論に身を窶したのだけども、やっぱりその『試験』と言う奴に答えている間も、ずっと信じれていなかったのよ「なんせその『試験』とかいう奴に『魔法を使って叶えたい事』とかいう質問もあって、なんかの変態がやってることなんじゃないかって思ってたの「相手から連絡が返ってくるまではね。「『おめでとうございます! 君たちは、私の試験に合格しました! 以下の日時に以下の場所にお越しください! そうすれば魔法は貴方の物です!』って、詳細な集合場所の指定とともに。「その上なぜか一人だけで来るように言われてたの「これでどう見ても怪しいというのが全員の共通認識になった訳だけども、もう後には引けないから、うちの空手部で一番強い子を某有名洋菓子店の新作スイーツで釣って監視役にしたうえで、待ち合わせ場所に向かったの。「そしたら、意外や意外、そこにいたのは華奢で、なんというか日本人離れした女の人だったの。「そのうえ服装もなんだか古風な研究着って感じで、女子高生に無差別にマジックアイテムをばら撒くと言う行為にありがちな悪意の欠片も見えなかった 「私たちがメールを提示してから、殆ど事務的な会話しかしなくて、私はやたら馴れ馴れしい謎の男と想像していたのに、拍子抜けしちゃったわけよ。「そのまま手続きみたいなのが済んだら、突然、その人は大きな機械をどこからか取り出したの。「この機械と言うのがよくわからない代物で、大きさは大体今私たちの目の前にあるこの机を八割がた占拠できる位のサイズで、高さは40㎝位、見歯車がやたらめったら大量に付いてて、その上『ROUGH』とか『VERY FINE』とか書いてあるよくわからない赤いボタンが七個付いていて、見た目だけでいえば子供が適当にレゴブロックで作った感じのものだったわ。「私がその意味を理解しあぐねていると、その人はいきなり何やら目の前で加工し始めたの。「とは言っても、その人がやったことはスイッチを押したことだけなんだけどね。「『DEFINE』て書いてあったやつを。「そうすると、その機械が存外に静かに動き始めて、30秒位して、これを吐き出したの。 その時に『魔法タイムだ』って言われたぐらいね、ユーモアがある会話は」
彼女の話は掻い摘んで言うとこんな所だった。
言い終えると、彼女は屈んで机の下に置いてあったと思しきアタッシュケースを取り出し、机の真ん中に置いた。
大きさは30×15×10㎝位で、見た感じでは本革に縁の鉄枠と、かなり頑丈に作られた物に見える。
しかし。
私は彼女の顔をもう一度見た。
最初都市伝説の話から始まった時は『しばらく会わなかった元同級生が突然連絡を取ってきたらそれは大抵ろくな要件ではない』と言う金言の正しさが証明されたように思えたのだが、しばらく話を聞いてみると、論理の破綻も表現の違和感も特になく、尚且つ視線がしっかりしていたので、恐らく事実を話しているのだろうと、私はそう結論付けた。
内容はにわかには信じがたいが、この世界は魔法と魔術とARCオブジェクトで満ちている。
有り得ないことなど殆どない。
返す返す疑ってごめん。
私は心に起こった正直な気持ちをにじませるような形でケースを引き寄せた。
ケースを出した後の彼女の話によれば、彼女はこれを私に預かって欲しいとのことらしい。
彼女の知り合いで一番強い魔法を使うのは私なので、私にマジックアイテムを預かって欲しいと言うのはまぁ、納得できない事でもない。
私は、両手をケースにかけると、そこで少し待って、彼女の奢りで翌日に一日遊ぶ約束を取り付ける。 ここ数分の会話で私はこの旧友が愛おしくなってしまった。
二コリと頷いて了解してくれた彼女に対して私もにっこりと笑って肯定の意思を示すと、私は親指を捻ってロックを外すと、ケースを勢い良く開けた。
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SCP-914 - The Clockworks
by Dr Gears
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