第十七章 『May you really cool! 前編』
「嘘をついていた事をここで謝っておきたい」
姉ちゃんと合流後に立ち寄ったファミレスでドリンクバーだけを注文し、各々の飲み物だけが机に置かれた状態(一般的にこれはファミレスで会談をする時によくみられるセッティングである)をセットし、全メンバーが神妙に六人掛けの机についてから、小野寺さんは切り出した。
「嘘?」
何のことかは最初判らなかった。
「私の素性の事だ」
彼女はビデオ通話の時までは砕けた如何にもJK語じみた口調をしていた。
しかしながら今日の見舞いの時から、彼女の口調は真面目腐った常体になっていた。
そのことを私は思い出し、今日彼女の核心に迫る何かが伝えられると踏んで身構えた。
「隠していて済まなかったが、私はこういう者だ」
彼女は傍らの学生鞄から名刺ケース大の金属ケースを取り出し、その中からこれまた名刺大のカードを取り出した。
彼女は両手を伸ばしてそれをこちらに差し出した。
まごうことなき名刺交換である。
私は恭しくそれを押し頂いた。
紙質はなかなかよく、右上三分の一ほどを占拠してエンボスで放射状に延びた一点から伸びた矢印三本と船型の図形が交差し、全体で中心角60度の扇を描いているマーク(ARC機構のロゴである)が浮かび上がっている。
見たらわかるが、よくプリクラと一緒においてある名刺マシーンとかで作った安い代物ではない。
名刺交換をした事がないと言う訳では無いが、高校生相手は初めてである。
あくまで個人的主観であるがよっぽどのことがない限り誰もが名刺を持っている社会人のそれよりも、その限りでない高校生のそれの方が重みがある、……気がする。
私は貰った名刺を精査した。
そこにはこう書かれていた。
『蒐集院理事研儀官補佐 並びに 五行結社実働班総代代理 並びに 旧大日本帝国異常組織残存史料編纂室室長補佐 並びに 遠野妖怪保護区臨時職員 並びに 霜月学園付きフィールドエージェント 並びに 無尽月導衆付き渉外エージェント 並びに一級スシブレーダー 並びにARC機構Bクラス職員 小野寺燈子』
……大魔法使い並びに魔法戦士隊長並びに最上級独立魔法使い並びに国際魔法使い連盟議長並びにウィゼンガモット最高裁主席魔法戦士的な?
アルバス・ダンブルドア並みに長いこの肩書をすべて理解するまでにはそこそこの時間がかかった。
「と言う事は貴方は、……」
「簡単に言うとARC機構のエージェントだ。 このクソ長い肩書は私の生誕時の諸事情で、いろんな組織からスカウトが来るからだ」
『生誕時の諸事情』と言うあまりに香ばしすぎるワードに私は一瞬心惹かれたが、取りあえず今後の身の振り方に最も影響を及ぼしそうな話題を優先しようとした。
「聞きたいことg……」
「私も聞きたい事があるわ」
姉ちゃんが突如会話に分け入って来た。
「さっきの『生誕時の諸事情』って、何の事?」
私は空気の読めない姉に非言語的なコミュニケーションをぶつけようとしたが、普通に顔を背けて黙殺された。
「……まぁ、詳細に説明しようとすると長くなるから有体に言うと、一つは血筋の関係だな。 『小野寺』と言うと解らないと思うが、父型の祖母の家が『葦舟』、つまりあの蘆屋道満の子孫と言う事になってだな、つまり私は完全純血種の陰陽師なのだ」
おいちょっと待て。
「と言う事は、貴方、祝術の使い手と言う事でございますか?」
口調がおかしくなるほどの衝撃。
そもそも現在この世界の根源的な理の一つである魔術と言う物は、複数の流派として細分化されている。
これらは発動方法や効果のベクトルが異なり、異学のテストではこれを正しく記憶できているかが高得点のキーになる。
祝術は陰陽道や日本神道古来の祝詞などが該当するブロックで、霊体干渉と時間制御が得意技である。
それ以外には身体操作の仙術、化学反応誘発の魔術(これは総称の魔術とは異なる。 著作権の中に著作権という小区分があるのと同じ)、高位存在憑依の神学(これだけ学である。 格子の中の六方最密構造と同じ要領)、運命干渉の呪術などがある。
はっきり言って覚えにくいことこの上なく、『知的生物の意志が霊的エネルギーの基で実体化した物』であり、各能力の名前も『それによって操作されるエネルギー名+属性』で済む(ex:熱属性、光属性、音属性、位置属性etc)魔法とは大違いである(しかも何たら術というのは異学を実用する際には一ミリも使わない区分なのだ)。
私は昨日頑張って覚えた。
「何故ARC機構の職員でもあるその様な高貴なお方が私奴にどんな御用事で?」
「別に畏まる事は無い。 所詮陰陽寮が解体されてからは私達も唯の魔法使いにすぎん。 父親にはそう釘を刺されている。 ……ARC-014—jpと言うオブジェクトは知っているか?」
判らないので私は隣に座っている姉ちゃんに目配せした。
「えーっと、私たち魔法少女の事ですよね?」
姉ちゃんはそういうとこちらにアイコンタクトをかましてきた。
『そん位常識だぞ』
私はあかんべーをした。
馬鹿っぽく見えるのは仕方ない。
事実姉ちゃんに知識では勝てない。
「そう。 それのオブジェクトクラスは判る?」
「Hiemal、ですよね」
「貴方には説明が楽でいい」
彼女は再び学生鞄から書類の入ったクリアファイルを取り出した。
「ただ、それは旧版の情報。 まだwikiは更新されてないのだけれども、これが新版」
私は書類を受け取った。
一番上には大きくARC-014—jpと印字されており、その下にはオブジェクトの基本的な情報がつらつらと書き連ねられている。 私はその情報の一つに目を留めた。
「オブジェクトクラス:Archon Hera?」
まるで聞き覚えの無いクラスだ。
まさかこう書いてヒーマルとは読むまい。
「前者が機構が意図して収容を行わないオブジェクトに付けるクラスで、後者が機構の役には立つが機構に敵対しているオブジェクトに付けるクラス、だっけ? 」
「ご名答。 それが今回貴方たちにこちらの素性を明かした遠因でもある。 これを見て欲しい」
彼女はまた別の書類を差し出した。 ARC-4999—jp、メタタイトルは『異セカイ系』。 オブジェクトクラスは……。
「Gevurah。 峻厳のセフィラね」
「……機構に関してはあまり詳しく無いんじゃ?」
小野寺さんは目を丸くした。
「いや、いやこれはエヴァで仕入れた知識。 クラス自体の意味は知らないから」
「これは機構の存在を脅かすオブジェクトに付けられるクラスね」
間髪入れずに姉ちゃんが答えた。
「そう。 これは世界各地で確認されている異常存在の出現事象で、ここで異常な事は、この事象で出現した異常存在が、悉く機構が収容している存在と酷似していると言うと言う点だ。 出現したオブジェクトによっては機構の収容態勢、ひいてはこの世界に深刻なダメージを与えかねない。 機構が貴方たちを『有用』だと認識している理由は、この危険オブジェクトに貴方たちが対抗できるからだ。 さて、実は機構は既に『プロトコル・ファッションリーダー』として、魔法少女たちの活用を執り行っている。 私は貴重な高校生職員として、このプロトコルを前線指揮している訳だ。 真易は私の旧友だが要注意団体である恋昏崎出版の関係者に当たる訳であるから、協力をしてもらっている。 現在もここ九州で6グループ40人程の魔法少女とコネクションを築いている。 勿論私も又一介の魔法少女であると言うカバーストーリーの上でな」
マジっすか。
「え~、私は特に戦闘力が高かったりする自負はないんですけど」
何故私だけ限定的に嘘偽りなしの扱いを受けているのか。
思えば大変に不気味である。
「まぁ、それは確かにそうだ。 が、どのグループでも、君を入れたら不破を生じる可能性が高すぎる」
「そんなに彼女達は夢を叶えることにご執心なの? 」
私の自覚している他との最大の差異は、夢を叶えることに消極的であることだ。
「そうだ、はっきり言ってお前のような興味本位の奴の居場所はない。 酷いところだと相手を殺すことを決意したゴン=フリークスみたいな目をしたやつばかりいたりする」
それはいけない。
「と言うか私でも興味本位でこんなもんに首を突っ込んでくる奴がいるとは思ってなかったくらいだ」
「と言うことは、花鏡さんは違うの? 」
私はここにいないもう一人の魔法少女についても質問した。
「彼女は半分ARC機構の人間だからな。 3年前のあるARCオブジェクト事案の解決に、彼女は大きな貢献をした。 そこからのスカウトだな。 ……ん?」
小野寺さんは携帯を取り出して何やら操作を始めた。 反射で見えにくいが、メールアプリのUIに見える。
「おk。 彼女からの着信だ。 直接話がしたいそうだ」
小野寺さんが突きつけてきた携帯の画面上では、花鏡さんの名前が表示されたビデオメールアプリの待機画面が踊っていた。
数十秒後、「ヤッホー! お久♪ 」
クッソテンションの高い声が響いた。
画面の向こうでは先のビデオ電話とは似ても似つかないニコニコ笑顔の花鏡さんが両手を振っていた。
「……コミュ力がないっていう話じゃ?」
「嘘ついてごめ~ん、私はコミュニケーション障害じゃなくてパニック障害でぇ~す。 コミュ力に問題がある人はゆっくりと言えど実況動画とか上げる発想に至りまっしぇ~ん!」
……明るい越えてちとうざいな……。
というか、この声……。
「あなた、倉祁イズミ?」
「……な、何の話?」
「私達、あんたのリスナーなんだけど?」
「……その話はあとでしよう」
静かに通信が切れた。
「……ごほん、ところで、一つ私が気になっている事を言っておくと、君の艤装はドライバーなしにしては妙に整っているんだな。 普通インダクタンスはリラクタンスの精製の過程で小型のデバイスを大型のデバイスに刺して変身するタイプになるものが多い。 こっちの方が変身形態が安定するからだな。 君たちのインダクタンスはそうではないみたいだが、艤装に関しては安定している。 何故だ?」
何故だと聞かれても私は知らない。
「やけに衣装が精巧なのは、たぶんこいつがヒーロー願望持ちだからだね。 お嬢さんに助けられた晩に家で試しに変身してたんだけど、そのときもしやと思って小学校の時の絵を引っ張り出して来たら、……ビンゴだったわ」
おい!
「ちょっと、何恥ずかしいこと言ってくれちゃってんのよ!」
「事実だからしょうがないじゃない、所で」
姉ちゃんは小野寺さんに質問を返した。
「急に真実を告げられたわけだけど、私達、記憶処理でもされてポイされちゃうの?」
「いや……、私たちは冷酷だが残酷ではない。 どうせお前をどこか他のグループにぶちこむわけにはいかん。 大体これは評議会を通ったしっかりした決定で、私の意志で勝手に軌道修正できるものではない。 そしてさっきまでの一連の話は、君たちを信頼したうえでしたものだ」
「あともう一点」
姉ちゃんは人差し指を腹を相手に向ける形で立てた。
「其の改造って、そちらはどうやってますか?」
「取り敢えず見た目だけ整えているな。 私ぐらいになるとインジェクターなしで異常性の編集ができる。 その所為で眉見はあんな悍ましい感じになっちまったが。 ……で、これは何のための質問だ?」
「待ってました」
姉ちゃんはテーブルに両手をついて体を乗り出した。
「実は先程からインスピレーションがビンビンでして。 ……よろしければ、デザインの方、私達に委託していただけませんか?」
「確かに凝ったデザインの方が癖が出る事を加味しても尚良いが……君たちはアマチュアだろう? はっきり言って気は乗らないな」
「いいえ?」
姉ちゃんは芝居っぽく指を振って否定の仕草をした。
「プロにございます」
「なして?」
姉ちゃんは諸手をすり合わせながら答えた。
「私たちは某同人サークルに所属しておりましてね。 LizstCutと言うサークルはご存じですか?」
「姉ちゃん! 流石にそれは……」
そのサークルに所属してしっかり仕事しているのは事実だが、その情報は寧ろこちらの首を絞めるぞ。
今さらながら姉妹間のアイコンタクトの精度の低さに気付いたころには、すでに小野寺さんはネットの海の中で私たちの真実を発見していた。
「エロ同人サークルですか……」
「そうでーす」
その通り。
このサークルを主宰しているのはほかでもないうちの兄、図南舟馬である。
彼はスマッシュヒットを二つほど出している有名推理作家であり、執筆が安定して来たのを見計らって同人会に殴り込んだと言う謎の経歴の持ち主である。
本人曰く逆桜庭一樹。
このサークルに参加することを母親は大いに歓迎し、父親はワンサイドゲームのままに説得に折れた。
その才能はこの分野でもいかんなく発揮されており、拙作『13人目の二の念力史劇と冬の長い星降り悪魔はこたつで推理するし二人いるしFになる』(公式の愛称、『全部乗せ』)はDMM歴代販売本数11位を記録した。
開発期間が異常に長いのが玉に瑕。
「このキャラの立ち絵は全部私達の作品ね。 朋が原画で私が清書」
「……いやまぁ、確かにクオリティは高いんですけども、……よく親御さん、許可くださいましたね」
突然のエロに敬語になる小野寺さん。
恐らく今の彼女の頭の中は意外な才能への驚きと、エロ書いてる奴にデザインされる事へのただぼんやりとした不安が渦巻いている事であろう。
「パパは高校の頃は似たようなことやってたことを突かれてしぶしぶOKしたよ。 今の文の主語はママなんだけど……ちょっと説明しづらい」
姉ちゃんは私に耳打ちした。
スマホの電池が切れたので、代わりにママに連絡してほしいとのこと。
私はママに『アトリエの絵の写真適当に送って』とLINEで送った。
「お、来た。 え~と、ママは本職は美術教師なんだけども、実はプロの画家でもあって、……禁野十八ってわかる?」
「美術の便覧で見た事ある、気がする」
答えたのはずっとテーブルの端で静かにしていた断月さんだった。
「先に結論を言っておくとその中の人がママなんだけれども、禁野十八がどんな作家だって言われてるかわかる?」
「……『巨大フジ隊員対キングギドラ』について調べてた時についでに出て来たのを覚えてるんですけれど……、エッチな絵しか描かないんでしたっけ?」
声を潜めて答えたのは白鳥さん。
何故そんなもんを調べようとしたのかは考えないであげよう。
「そう。 禁野十八はエロ画像みたいな構図を芸術の域まで高める事を創作活動としている人なのね。 ほら、これ」
姉ちゃんは私の携帯を相手に突き出した。 そこにはママから送られてきた現在誠意制作中の新作の写真が表示されている。
「えっっっっ!」
「すごすぎる……」
今回のテーマは半分禁忌の『男の娘』。
過去サモトラケ・イスラム共和国のホテルグループからの宣伝用の絵の依頼に『親子丼』を持って行って国際問題に発展しかけた(その時の世論は、『そんな覚悟でこいつに依頼した方が悪い』だったところからママの国際的評価が見てとれるだろう)ママに最早怖いものはないのである。
構図としてはコスプレっぽい女装子がスカートを下ろそうとしている所である。
絵柄は微デフォルメである。
ただし、背景に場違いな金属探知機が。
しかし服装には金属は見て取れない。
謎の膨らみ。
今の我々とは違う本物の天才(但し矢吹健太郎と同ベクトルの)の迫力によって、私達は『取り敢えず意見書を提出してみる』ことで合意した。




