全力で有能なフリをする
「やべぇ。ちょっと調子乗りすぎて身動き出来ねぇ」
ガフガフと鼻息が荒いトラックサイズの狼を前に、オレは腕を組んで頭を悩ませていた。
オレの前世は置いといて、気付いたらニケイスさん家の長男としてオギャーオギャーと泣いていた。
お国の中でもデッカい領地と権力を持ち、嫡男かつ初孫として可愛がられた結果、自尊心が何処ぞのツリーより高く、自信と功績に溺れたクロイス君が出来上がった。
つまりオレの事である。
いや、ソレに見合うだけの功績と実力はあった訳だから、悩む事なんてなかったんだが、最近になって思う事がある。
――オレ、神童から人になったらヤバくね?
と。
それこそ領内じゃ知らない人は居ないレベルだし、王都でも浮名を流しまくった。
高級娼婦、有名女優、令嬢、メイド、看板娘に農村の娘。危ないところで王族に近い貴族の子女なんかともヤった。
それだけじゃない、結構好き勝手やってきた覚えもあるから恨み辛みも相応に買ってる気がする。
つまり、オレは死ぬまで神童として国に利益を上げ続けないと、首が飛ぶ気がする。
「あばばばばば…………」
ベロンベロンと顔を舐められているが、臭いからやめてくんねぇかな。
つーか、最近弟達がチートキャラなんじゃないかと疑ってる。
だって、オレが武技とか魔法を使えなくなったのと同時期にモリモリ成長して、今じゃ勝ち越すどころか勝ったり負けたりしてる。むしろ負けの方が多いかもしれん。
いや、あいつらを疑うのは無しだな。何しろオレの可愛い可愛い弟と妹だ。あいつらに負けるならにーちゃんしゃーねーわ。
それより、唐突に使えなくなった武技としょっぱい威力しか出なくなった魔法よ。
そりゃあ当時は慌てたね。呪いか病かと一人で大騒ぎ。
何せ自尊心だけは何よりも高いクロイス君だから、誰かに相談なんて以ての外。
結果として血を吐くような努力をして生身で武技を使えるようになったわけだが……。
「うーん……。やっぱ、これもバレたら不味いよな」
何だかんだやってこれたのは、オレに圧倒的な力と知識チートから来る金と功績があったからだと思う。
もうすぐ学園に通わなきゃなんない訳だが、他の奴らはオレがバリバリの天才だと思ってるはず。
なんとかこう、上手い感じに誤魔化していかねーと。
「兄上っ!」
ベロンベロンが甘噛みに変わり出したと同時に、忙しなくカイルがやって来た。
「おう、どうしたカイル。にーちゃんゴン助に喰われてるから後にしてくれよ」
「ゴン助の甘噛みは兄上が構わないからでしょう!
それより、王都にドラゴンが出たと兄上に救援要請が来ています!」
はて、ドラゴンとな。
「ペリシュナはちゃんと良い子にしてるぞ?」
「そっちじゃありません!
暴竜アラブストルです!」
あれま、帝国の飼い竜と噂のアラブストル君か。
「まぁまぁ、ガリバーのおっちゃんがいるだろ?」
大将軍ガリバーは筋肉ムキムキのゴリラみたいな大男で、顔に似合わず気配りの出来る良いおっちゃんである。母上の弟だから、つまりオレの叔父。
「大将軍は、軍事行動が目立つ帝国との国境に慰問に行っております」
「じゃあ、爺ちゃんは?」
こっちは髭もじゃもじゃの子供に優しい大魔導師の爺ちゃんである。孫を猫可愛がりしてる。ちなみにオレの祖父。
「お爺様はついこの間、兄上が旅行を勧めたではないですか!」
「誰もいねーじゃねーか」
「だから兄上に救援が来たんですよ!」
そういう事なら仕方ねぇ。オレのチンケな悩みは置いといて、取り敢えず王都に居るオレの女達を救いに行くか。
「カイル」
「はい」
見た目だけはキリッと引き締めて命令する。中身はこんなだけどな。
「剣を持て!
獅子の誇りを背中に背負え!
ニケイス家長子クロイス・ニケイスの出陣だ」
「こちらへ、準備は整っております兄上」
さーて、いっちょ暴竜君と遊ぶかな。
◆
「クロイス・ニケイスは国の宝である」
時の国王は側近達にそう語ったと言われている。
「彼の者、極めて強大な力を持っているが、民に愛され世に愛された、この国に無くてはならぬ存在である。
皆の者、彼を慈しみ、受け入れる心を忘れてはならぬぞ」
一太刀で海を割り、一声で大地を隆起させるとも言われている男を受け入れ、実の子のように愛した国王。
彼の晩年は、クロイスの英雄譚を聞く事が趣味だったと言われるほど。
その英雄譚の始まりは、大体決まっている。
《暴竜と翻る銀獅子》
◇
その日、王都に厄災が訪れた。
《暴竜》アラブストル。
領土を接する帝国が、幼竜の頃から人肉と血の味を覚えさせて育てたと喧伝している暴れ竜。
かつて存在していた小国は、みなこの竜に攻め滅ぼされた。
ドラゴンとは天災であり、逃れられぬ死を齎らす死神でもある。
だが、それでも帝国が王国に嗾けて来なかったのには幾つか理由がある。
大将軍しかり、大魔導師しかり、近衛騎士団しかり。
量で他を圧倒する帝国と比べ、王国は質が他の国よりも図抜けて優れていた。それこそ、ドラゴンをも討伐しかねないほどに。
しかし、遂に帝国は動いた。
大将軍を国境に縛り付け、大魔導師が王都を留守にし、近衛騎士団が王宮に掛り切りに成らざるを得ないこのタイミングで、幾人もの帝国臣民を生贄に、王都近郊の平野に暴竜を召喚して見せたのである。
もしもこの日、暴竜が訪れなければ、彼の者の英雄譚の始まりは変わっていただろう。
しかし、そうはならなかった。
暴竜の雄叫びを聞いた王国の民は、同時に一人の若獅子の咆哮を幻視したのである。
その名はクロイス・ニケイス。
王都に彼の名を知らぬ者は居ない。
そして、若き銀獅子は空を舞う。
◇
「王都に危機がと聞きつけて、クロイス様がやって来たァ!」
暴竜の口から放たれたブレスを天へと返し、剣を掲げて叫ぶ男。
王都はその男の登場に歓喜の悲鳴を上げた。
「遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ!
我が名はクロイス。クロイス・ニケイス」
轟く声が地上を満たし、最早熱気は最高潮。
「齢五つで神子と呼ばれ、今や天地に敵は無し」
暴竜の叫びは民に届かず、銀獅子が全てを受け止める。
「ここにはオレのダチが居る。愛した女も祈ってる」
八相に構えた剣は陽の光を浴び、鈍く輝いていた。
「だから悪いが、帝国までかっ飛ばすぜェ?」
マントを翻し、天高く剣を掲げて詠い上げる。
「《大海を創造せし開闢の劔、今一度その御技を振るう》」
第二の太陽が生まれ、暴竜のか細い声が遠く聞こえる。
「どぉうりャァァァァァァァぁぁぁ!!!!」
暴風と共に振り下ろした剣の後には痛くなる程の静寂が残り、暴竜の姿は綺麗さっぱり消え去っていた。
◇
こうして始まりの英雄譚は幕を閉じた。
蛇足として、帝国まで吹き飛ばされた暴竜は、帝都手前の大都市に墜落し尋常ではない被害を出すのだが、その話はここでする事では無いだろう。
何にせよ、こうして一国一都市で名を馳せていただけの若獅子が表舞台に姿を現したのである。
後の世の偉人。
その始まりは、案外くだらぬものか、眼を見張るほどの大事の最中なのか、そのどちらかなのかもしれない。
◆
あーやべぇ……これ明日は筋肉痛だわ。
久し振りに大技使ったから、体ガッチガチになりやがった。
まぁ、仕方ないよね。だってオレ、武技使えねーし。
それっぽい詠唱したけど、全力全開のフルスイングだし。バレてないよな? 大丈夫だよな?
つーか、あの竜、斬れなかったなぁ。斬るつもりもなかったんだけどさ。意外と硬かったなあって。別にぃ? 悔しくなんてねーけどぉ?
ワーワーキャーキャーと騒がしい民衆に担がれて、王城まで運ばれる。
うむ、苦しゅうない。お、可愛い娘めっけ。手ぇ振ったら真っ赤になってやんの、かーいー。
王城近くまで行くと、ガッシャンガッシャンと鎧が擦れる音が聞こえて来た。
なんでぇ、ありゃ近衛の騎士様じゃん。
「クーちゃん、ご苦労様」
「ミー叔母ちゃん、何してんの?」
掛けられた声に、ピョンと人波の上から飛び降りて答える。
母上の妹でオレの叔母。王室警護の超エリート。王妃付き近衛兵。
オレも昔はよく可愛がってもらった人で、名前はミクロニア・ニケイス。バリバリの武闘派で、超美人な魔法剣士。クーちゃんミーちゃんと呼び合う仲でもある。
「陛下が呼んでいるわ。後、王女様方も」
後半は耳元で囁かれたんだが、一部やけに強調された。
うーむ。バレてらぁ。
タッタカと後を追いながら城の敷地に入る。
そのまま城をスルーして、王宮の方へと進んだ。
「城じゃないんだ。てっきり謁見の間とか執務室とかだと思ったんだけど」
ミー叔母ちゃんに尋ねたら、のんびりした口調で返された。
「一箇所にまとめた方が守りやすかったのよ。流石に陛下と殿下を一緒にするのは何かあったらマズイから、城と王宮で分けたけどね」
「へー」
「ところでクーちゃん。ペリちゃんはどうしたの?」
あ、忘れてた。
「もー、そのまま飛んで来たの?」
子供の悪戯を叱る感じで怒られた。
うーむ、これはこれで良いかも。甘々プレイとか?
「まぁ、気になったら飛んで来るんじゃね?」
「取り敢えず、話だけは通しとく?」
「よろしく。ありがとね、ミー叔母ちゃん」
ポンポンと頭を撫でられたが、これくらいなら大丈夫。
身内以外にやられりゃキレるかもしれんが。うーん、なんて危ない子供なんだ、オレって。
「ここよ」
案内されたのは主寝室。扉の上にがっつりプレートがはめ込まれてる。
「魔法的にも物理的にも一番強固なのよ。それに隠し通路もあるしね」
「言っちゃって良いの? ソレ」
「えー? 王女様からクーちゃんが魔改造したって聞いてるけど?」
やべー、超やべー。
何故かミー叔母ちゃんには全部バレてる。
「程々にね。度が過ぎたら庇えないから」
「へーい」
ノックの後に開けられた扉を通ると、中には国のお偉いさん方が勢揃いしていた。
「おぉおぉ、よく来てくれた!」
王冠が眩しい渋めのオジさんがこの国の王様。
結構気さくな人で、お姫様に呼ばれる事もあるオレが挨拶したら大体上機嫌な人だ。
流石に自国の王女には手を出してないぞ?
「お主の力量はよく聞いておったが、まさか死体も残さず消し飛ばしてしまうとはのぉ」
「お褒めに預かり光栄です、陛下」
脊髄反射で答えちった。
後で暴竜君を探さないとマズイなぁ。
「褒美は何が良いかと相談しておったのだが、何か望みはあるか?」
「大変嬉しいお言葉ですが、その褒美は凱旋を終えた後にお願いしたいと思います」
「ほう?」
部屋中の視線が集まったタイミングで、キリッと引き締めた顔を作ってみる。
「『王国に竜喰らいの獅子あり』と帝国に宣言して参りますので」
部屋の隅に居るのを見つけたお姫様にウインクをしながら言うと、王様は大声を出して笑った。
「がーはっはっはっ!
何と勇ましく、何と頼りになる若人か!
良い、良いぞ、クロイス・ニケイスよ!
ならばこちらは総出で花道の用意をして置こう」
「よろしくお願いします。
それでは愛龍ペリシュナも来たようですので、失礼致します」
さっきからガンガン頭に念話が飛んで来てて鬱陶しいんだよな。
「うむ。充分に脅してきて良いぞ。
後、褒美の話だが、我が娘もお主に惚れておるようだからそれとなく混ぜて置いてやろう」
不敬かもしれないが、サッと頭を下げてクルッと踵を返し、そのまま優雅に部屋を出た。
じとーっとした視線と王様の笑い声が背中に突き刺さっていたが、クロイス君は都合の良い耳と感覚を持っているので問題なーし。
そのまま城内の騎士やメイドに挨拶をしながら練兵場に向かうと、陽光に照らされて輝く銀の鱗を持つ美しい龍がオレを待っていた。
『クロイス。私を蔑ろにするとは良い度胸ですね』
「すまんすまん」
オレの幼い頃からのパートナー。
《皇龍》ペリシュナである。
竜ではなく龍という所がミソで、違いを語ろうと思えば面倒だから省くが、彼女なら暴竜君を三秒で消し炭に出来ちゃう。
「すまんついでにもう一仕事頼まれてくれ」
『知りません。勝手になさい』
そっぽを向かれちゃ困る訳だが、チョロ龍ことペリシュナちゃんはチラチラとこっちを伺うように見てる。
「頼むよシュナ。暴れ竜を退治しなきゃ、オレの首が飛ぶぜ?」
『………』
じっとその目を見つめ続ける。
『ひ、人の世の理は知りませんが、私も暴竜は始末して置かなければと思っていた所です』
グググっとペリシュナの首がオレの前まで下がって来た。
「ありがとな。さっさと済ませて空デートしようぜ」
『お黙りなさい。そのような瑣末ごとで私が喜ぶと思わないように』
びったんびったん動いている尻尾が騎士を吹き飛ばして瓦礫を作ってるみたいだが、気付かないフリをしとくか。
「愛してるぜシュナ。オレが死ぬまで側に居てくれよ」
言い終わらない内にドゴオオオオっと急上昇しちゃってるが、首筋がプルプルしてるから聞こえてるんだろうなぁ。
『なら、耐えなさいクロイス。私が唯一認めた存在よ』
あー、すっげーかーいーわー。
ちょっと本気で不老の研究とかしようかな。
びゅーびゅーと過ぎ行く景色に笑いながら、ぼんやりと未来に思いを馳せてみる。