第70話:酒場、酔いどれ女と、酒好き男
太陽がさんさんと照らす、昼下がりの午後。
気怠い暑さから逃れ、労働終わりのひと時を楽しむために、男たちはある場所を目指していた。
「フィオナ!キンキンに冷えてる奴、3つ頼むわっ!」
ウェスタンドアを勢いよく押しのけ、汗だくの青年が店主へと気前の良い注文を取りつける。
対して、カウンターに肘をついていた若い店主は気怠そうに立ち上がる。
「おい、元気ねぇなぁっ!!
この店の大事な常連様が来たんだからもうちょっと愛想よくしようぜぇ!!」
女店主は気怠そうにゆっくりと顔を歪ませる。
「お前が暑苦しすぎなんだよ、ジェット。
てか、他にもっと近場の店があるだろ?私を休ませてくんねーかなぁ?」
そう言って女店主がお昼時だと言うのにガラガラに空席を作る店内へと視線を誘導させる。
「おいおい、そりゃお前に態々会うために来てんだろ?
愛した女の為の少しでも力になってやろうと足しげく通う健気な男……。
そろそろ俺に惚れちまってもいいんだぜぇ?」
万遍のどや顔を向ける青年を見て。
女店主はため息を大きくつき、更に眉間にしわを寄せた。
「何が少しでも力になってやろうだ。
うちは夜がメインなんだっ!昼間は仕事増やすだけだから来なくていいっつーの!!」
「へっへ、ホントは嬉しいんだろぉ?」
「……言ってろ。」
黙っていればそれなりにいい男なのにと思いつつ、女店主は注文の品を冷蔵から取り出す。
青年はを冷蔵見つめながら、不思議そうに女店主へと視線を移す。
「……なんだよ。」
「んっ、あっ、いやさ。それ、クーラ~……ほックスだったか。」
「クーラーボックスな。」
「そう、それそれ。
何でお前んとこ、そんなすげぇ奴あんのにこんな店ガラガラなんだよ?
この暑い中なら、寧ろ人がわんさか来てもいいぐらいじゃねぇのか?」
「お前、それ普通の酒の3倍の値段だからな?
その値段でいきなり3杯も注文するような奴がおかしいっての。」
女は心底呆れながら男を見つめる。
「つまり、俺の愛はそれほどに深いってことだなっ!」
「酒3倍の価値しか見いだされてないって、それ侮辱の間違いだろ?」
「ハハッ!なるほど……物は言いようだなっ!」
あっけらかんと豪快に笑う青年に、ただただ女は呆れていた。
「ところで、フィオナ。」
「……何?」
「つまみとか作ってくれね?」
「え……やだ。」
「いや、そこは流石に作ってくれよ。」
「やだ……めんどい。」
「頼むよっ!!こんなうまい酒があんのにつまみなしとか、拷問じゃねぇかっ!!」
「……しらん。」
「じゃあ……そこにある包みの奴くれ。
今気づいたけどよ、なんかすっげぇいい匂いさせてんじゃねぇか。」
「はっ!?それ私のだから、ダメに決まってんだろ!!」
初めて大きな反応を示した女店主に、男は目を細め口角を上げた。
「ほっほう?お前をそこまで動かすとはとんでもねぇ代物と見た……。
冷酒1杯奢ってやるから、半分くれよ?」
「……むぐぅ。」
「小遣いの少ないお前が大好きな冷酒でも堕ちないとは……相当な代物だな。
だが、それ程までに心を揺さぶるものと言う事ならば。
それ以上に冷酒のお供も欲しくてたまらないはずだよなぁ!?」
「……ぐぅ!」
先ほどまでの太々しい表情とは打って変わって。
コロコロと顔を可愛らしく歪ませる彼女を見て青年はそれだけでお腹いっぱいになっていた。
もちろん、最後は彼女の貴重なフェイスショットだけでなく。
半分にされたテリヤキバーガーもしっかりと手に入れて。
「……なんだこれ……うっま。」
「……でしょ?」
「これ、フィオナが作ったってわけ……じゃないんだよな?」
「なんかさり気なくケンカ売られた気もするけど……まぁ、そうだよ。
バークレーって言う、うちの常連の親子の娘さんに教えてもらったんだ。」
バークレーと言う苗字を言われ、青年は少し考えたのち。
ふと、この店の常連の中にその名字の親子がいたことを思い出す。
「あぁ……なんだ、ロッドのおっさんとリリィちゃんのことか。
バークレーとか言うから、一瞬誰かと思ったぜ。」
「あれ?ジェット、ロッドさんのこと知ってんの?」
意外な反応に女店主はぱちくりと目を瞬かせる。
「あぁ、ロッドのおっさんはうちの鍛冶屋の常連でもあるからな。
そもそも親父と昔馴染みみたいらしいしよ。
しかもあのおっさん、あぁ見えて昔は相当な腕の傭兵だったらしいぜ?」
「へぇ~ドーヴさんの知り合いだったんだ。
でもあの、のほほんとした人がねぇ……確かにそれはびっくり。」
ロッド=バークレーは見た目、性格、喋り方、全てにおいてのほほんとした男であった。
故にジェットをはじめ、初めてそのロッドの生業と実績を聞くときは皆が同じように驚くのである。
「……だろ?
で、リリィちゃんの事も知ってるわけ。
あの子は逆におっさんと対照的で面白い子でよ、俺は意気投合しちまったわけよ。」
「あぁ……何かわかるわ。あんたとあの子相性良さそう。」
「お?ヤキモチか?」
「言ってろ。」
「つれねぇなぁ~。
でも、そういうことか。確かにあのリリィちゃんが勧めることだけはあるぜ。」
「私は半信半疑だったんだけどねぇ。
あまりに熱がこもってたから逆にどんなもんか気になってさ。
……この味を知ってしまったのよ。」
「……なるほどねぇ。
ところでよ、リリィちゃんがお勧めするってことはコレ、市場で売ってんだよな?
場所教えてくれよ。」
「あぁ、えっと……確か28番区域の角っちょのとこ。」
「……ん?そこってよ。……昔、親父が使ってた場所じゃねぇか?」
二人は顔を見合わせて、酔いが回り始めた頭で状況を必死に整理し始める。
「あぁ……言われてみれば、屋台とかあんたっちの奴だったような……。
でもお店の人すっごく可愛くて若い子だった気がしたんだけど。」
「あぁ、もしかしてこの前のべっぴんちゃんか!?
いや~その子、確かに美人で俺も驚いたわっ!
てかそういや、木車貸したって親父行ってたっけな。
へぇ~……なるほどなぁ。」
青年が全てのピースを繋ぎ合わせたことに喜んで、彼女へと目を向けると。
そこには……虚ろな表情がこちらを冷ややかに見つめ返していた。
「え、あれ……フィオナさん?ど、どうしたんですか?」
「おい、ジェット。やっぱテリヤキもう一個食いたいから今すぐ買ってこい。」
すぐに異変を察した青年は、ぼやける頭をフルに回転させ状況に対応する。
「フィ、フィオナさん?酔ってます?あ、てかそれ俺の2杯目なんですけど……。」
「……聞こえなかったか?
早く買って来いって言ってんだよ。そのべっぴんさんのとこに行ってよぉ!?」
酔ったフィオナさんが何の琴線にふれたのかを確認した哀れなジェット君。
脈ありを知って嬉しさを感じつつも、逆らったらこじれると察したジェット君は行動を選択する。
「ぼやぼやしてないでさっさと行けやゴラァッ!!!」
きびきびと訓練された兵士のごとく、ジェット君はフォームを定めて目的地へと疾走する。
彼女の誤解を解くのは中々に大変かもしれない。
だが、解けば待っているのはハッピーエンドとも言えるのではないだろうか?
歩む先は尻に敷かれる人生なのかもしれない。
だが、あんな可愛いフィオナの罵倒なら寧ろご褒美ではないだろうか?
ジェット君はにやけ交じりに、もう一人の美人の元へと疾走する。
例えそれが絵に描いた餅、取らぬ狸の皮算用だったとしても。
シュレディンガーの猫、今の彼の幸せは……誰にも邪魔されるモノではないのだ。
サイドラブ、そんなのがあってもいいよねと。




