第66話:白銀の兜、それと哀れな大男
男は走っていた。
白銀の鎧をガチャガチャと鳴らし、それはそれはコミカルな動作で男は走っていた。
エリック=ノートン。
彼の身辺調査をし、問題が処罰の有無があるかの判断をする……それだけの要件だった。
寧ろ、彼と言う男は『銀色の風』の悪評により否定的な意見を聞くことはあったものの、
彼個人に対する評価を出すものは誠実で真面目と言う、肯定的な意見しか聞かなかったし。
だから、一番近しい他人である彼女の意見に問題がなければ、この話はこれでで終了。
そんな簡単な要件のはずだった。
……はずだったのだ。
「神よ……何故わざわざこの油断している時に、このような出会いをさせたんだっ!?
それに何故……何故っ……!!」
男は兜の中の顔を真っ赤に燃え上がらせ。
張り裂けんばかりに振動する心臓を掴もうとして、鎧に邪魔され、彼は悶え……吠える。
「何故、何故何故何故何故ええぇぇぇぇぇぇぇぇーー!」
フードを取り去り、美しい黒髪が乱れ解け、その中から現れるあどけなく整った美しさ。
その情景がスローモーションで彼の頭の中で何度も再生される。
綺麗な瞳に、整った鼻立ち……小ぶりの唇は塞ぎたくなるほどに可愛らしく……。
止められない邪な考え達が、彼の武勇で身に着けた紳士的なアイデンティティを崩壊させていく。
彼の中での一番の葛藤は彼女に惚れたことではなく、乱れた己の自制心だったのだ。
彼の頭は……愛しい彼女の事で一杯になっていた。
―――だがここで、彼は重大な案件に気づいてしまう。
エリック=ノートンは……彼女と一体どんな関係なのかと。
血縁関係のない男女が一つ屋根の下で夜を何度も過ごす。
それはつまり……ただならぬ関係なのではないかと。
彼の足がピタリと止まる。
舞い上がり、熱量を発していた身体が一気に冷却されていく。
そして彼は思うのだ……舞い上がっている場合ではないと。
惚れた女は既に別の男の物になっている可能性。
エリック=ノートン、敵、愛する者を奪った男、許さっ……。
「いやいやいや……何を考えてるんだ、俺は。」
まだ、そうだと決まったわけではないのだ。
それに彼女の事を思えば、自分の様な男よりも、彼の様な誠実な男と一緒にいた方が……。
「……幸せなのだろうか。」
彼女を想う権利を自分は持っている……そう思っていた。
だが、あの一夜の営みこそ。
心の弱った彼女に漬け込んだだけの身勝手な行為だったのではなかろうか?
思い返せばあの時、彼女は拒んでいなかったのではなく、拒めなかっただけなのではなかろうか?
それは感謝からの同情だったのか。
それとも、生きるために強者の欲望を受け止めたのか。
彼女も好意的に受け止めてくれていたと思っていた行為のその実は非道だったのではなかろうか。
献身的だと思っていたことが……身勝手で一方的な物であったと知り、彼の心は深く沈む。
―――その実はミコト=ミヤウェーの方も彼の事を好いている訳だが……
その真実を語るものはいなかった。
彼女と別れた後に、わざわざこの街に留まり鎧姿でこっそり探し続けていた、この……
……不器用で、身体に似合わず献身的なこの大男を評価する者も、ここにはいなかった。
鎧の大男は兜を脱ぎ、大きなため息をつく。
既に冷え切った頭を風に晒し、己の所業に後悔しながら……来た道を名残惜しく振り返る。
瞳を閉じ、心のありかを見定める。
そして、これから成すべきことを彼はひと呼吸共に決断する。
その鉄の決断を胸に……ルードリッヒ=マグダウェルは揺れる心を兜で覆った。
やっと登場させられた、そんな思い。




