第52話:魔性ノ本、侵される男と、溶け行く女
扉を開けた先に待っていた物は薄暗い店内……ではなく、長い廊下だった。
天井につけられた紫色に照らすカンテラが妖艶な空気を演出する。
長い廊下の両枠には隙間なく本棚が敷き詰められていて、奥に扉が見えた。
―――うん、おかしいぞこの店。
雰囲気がまず怪しい以外の何物でもないわけだが、それよりも……この廊下だ。
この廊下は長すぎる。
仮にこの長さの廊下を作るにしても、少なくとも家4件分の敷地が必要だ。
実際に外から確認した訳ではないのだが、現実的に考えてそんな立地にするメリットはない。
となると……やばいな、もしかして魔族関連か?
いやいや、とんでもギミックってだけでそう判断するのは早計か。
ただ最近、マジでそんな遭遇ばっかだからなぁ……。
気になりはするが、ここは一旦……。
―――だが、そんな私の心を悪魔の蔵書が鷲掴む。
「『新・初心者でもわかるシンプル和食超大全集』……だと!?」
おい待て、何だこれは。
おい待て、ホントに何だこれは。
おいコラ、これって……。
「レシピ本じゃないかっ!?」
余りの衝撃に手が震えながらも、すぐに手に取って読んでみる。
「……。」
間違いない。
これは間違いなく、2002年製の日本語のレシピ本だ。
少し古めではあるが、この製造年月日なら私が知ってるレシピはほぼ網羅されているだろう。
残念なのは、洋食のレシピが入っていないことだが……。
だが、和食だけでも私にとっては十分な価値の代物であり。
そして何よりこの本……予想外の特典付きなのだ。
書き込みが……食材の欄に書き込みがあるのだよ。
そう、恐らくこれは……この世界における対応した食材のメモ書きが。
あぁ、ほんと。
探し物と言うのは、予想外の形で出会うものとは聞くが、こうもすぐに出会えるとは。
しかも、一石五鳥レベルなまさかのメモ付きのレシピとか。
運がこっちに向き始めてるのと言う事なのだろうか?
何だかんだプリニアの一件で自身についての情報も手に入ってるし。
こう考えると、昔に体験した幼馴染の玲子ちゃんのパンチライベント並みに運がいいぞ。
昔から不運も多いが、何だかんだ運がいいイベントは多かったりするし。
良い風が吹き始めたな、うん。
まぁ何にせよ、この本の存在により、計画は変更。
この本は是が非でも入手したい。
とは言えそうなると、このままこの本を持ち逃げするしかないわけだが……。
でも、それは流石になぁ……。
でも、どう考えてもこの先に進むと絶対恐怖イベントなんだよなぁ……。
でも、欲しいんだよなぁ……。
でも、盗みはやっぱなぁ……。
……うーむむむ。
「……よしっ。お金を置いて、持ち帰ると言う事にしよう!」
うん……我ながら名案だ。
まぁ、値札がないのでいくらなのかはわからないわけだが。
元の値段が1200円と仮定して、この世界の金額で換算、それを3倍ぐらいすればええやろ。
我ながら雑な気もするが、これならば盗みにはならない。
うん、きっとそう。
私は、もしもの時用に持っていたルード支給のお財布を取り出す。
勿論、今がそのもしもと判断してだ。
この世界のランチを500円だと仮定すると、一食3銅貨だから……。
1000円で6の……8銅貨ぐらいか。
まぁ、ちょっと色付けて20銅貨として、2銀貨で。
よし……あぁ、良い買い物した。
「と言うわけでエリック、欲しい物は手に入ったから早くここ出よ……。」
―――私が本から目を離すと同時に、奥の扉が閉じる。
そして私は致命的な過ちを犯したことに、ここでようやく気づく。
エリックが……いない。
と言うよりも……どう考えてもあの扉の先に行ってしまったのだとわかる。
そして、エリックが私に黙ってこんな怪しい場所に進んで進んでいくとは思えない。
だとすれば……何かに先導され、『行かされた』のか……。
そもそも、今思い起こせば入る前のエリックは少し……いや、かなりおかしかった。
まさか、いきなり催眠系の魔術が襲ってくるなんて予想できるわけないのだが……。
それでも、気づけよ私ぃ……。
私は本を戻し、扉の前まで小走りで進んでいく。
ざっと周りの本の種類や、本棚やカンテラの古さを確認しつつだ。
何かしら、この家主の手がかりになるものがあればと思ったが……今一人物像は掴めない。
金や話し合いで解決できる相手ならばいいのだが……。
最悪のケースで考えるのが妥当なようだ。
―――汗ばむ手が扉のノブがぬるりと湿らせる。
待っているのは鬼か蛇か……やっぱり悪魔か。
だが、今回は敵がいると先に分かっているし。
謎の操り能力はエリックには効果があっても、私には効いてないと言う事実。
そして、災害に遭遇する前に実際に準備が出来ると言う事は、不幸中の幸いとも言える。
焦るな私、そして落ち着け。
そう……ポジティブに、そして冷静に行こうじゃないか。
私はドアノブから手を離し、判断を変える。
そして……戦闘に入るための前準備を開始した。
「シャッハ、全身抱擁。」
目や鼻などの基本行動に支障が出る部位は避け、シャッハが私の全身に絡みつく。
つまりは……全身トイレットペーパーの包帯女の完成だ。
後は服を脱ぎ、このピンクの液体が入った小さな小瓶を取り出す。
そして、この液体を私は身体に振りかける。
予想以上に冷たくて少しエッチな声が出てしまう。
いや、自分で自分の声をエッチな声と表現するのもあれかもしれないが。
ま、美人だし。
あ、それと名誉のために言っておくが。
私は痴女でもないし、この小瓶に入っている液体も如何わしい物ではない。
いいか!本当にそんな特殊性癖はないからなっ!!
誰にしてるのかよくわからない言い訳を済ませ、次の指示を出す。
「シャッハ、色素吸収。」
これでこの液体を、シャッハが全身のトイレットペーパーに行き渡らせる。
覚えさせるのは大変だったが、ここまで出来るようになる我が子は本当に天才だ。
「えらい、えらい。」
腕に巻き付いたトイレットペーパーを軽く摩り、賢く優秀な我が子を褒める。
しかるのも教育に大事なことだが、褒めるべき場所はしっかり褒めることもじゅうよ……。
「あっ、こらシャッハ!?嬉しいのはわかったけど今そんなに動かないでっ!?」
これの欠点は身体の全てがシャッハに包まれることであり……。
そう、下着もなので……だから、動かすとヤバいいぃぃっ!?
褒めた手前、喜ぶ我が子を怒ることは出来ずにしばしの間もだえ苦しむ。
うぅ……こんな事してる暇はないのに……。
まぁ何にせよ、下準備はこれで完了。
これがプリニアの提案で、新たに教えてもらった果実の特性を利用した。
私が使える現状最強クラスの新技。
その名も……。
「隠蔽装甲」
それはまるで、溶けゆく幽霊が如く……私の全身がその姿を消失させたのだ。
今回はちょっと面白い展開思いついてね。
結構くだらない内容に大きな伏線張ってあったり。
あと休みの早い時間帯に提供できなくて申し訳なく思う、次回は頑張る。




