第51話:迷歩、逃げる塩味と、近づく魔の手
これじゃない……。
違う、これも甘い……。
これは……!?
「もっと甘ぁぁぁぁぁああああああああああああい!!!」
私は頭を抱え、度重なる甘すぎる壁に押しつぶされていた。
まず私に課せられた課題は甘くないパンを創り出すこと。
だが……お手本となる、その甘くないパンを探し出すことが出来ずにいた。
「それならスープを飲めばいいじゃないですか?」
「ちっがーうっ!!メイン料理で塩辛い物が食べたいの!!」
「えぇ……。でもそれじゃ、スープの役割が無くなるじゃないですか。」
「それは……ぐぬぬ。」
そうなのだ、そもそもここの食文化の概念自体がおかしいのだ。
甘い食べ物がメインを張り、その箸休めにスープと言う構成。
言うなれば、主食ドーナッツで食事を済ます甘々スイーツな文化っ!!
随分前にその世界の文化を大切にすると言ったな……だが、それもここまでだ。
私がっ!どうしても塩辛い物を食べたいから、絶対にその文化をぶっ壊すっ!!!
「あぁーーなのに甘い奴ばかりが私の前に現れるぅうううう!!」
「ミコトさん……脳内の会話をそのまま引き継いで喋らないでください。
流石に何言ってるのか、わかりません。」
「うっさい!こっちはそれどころじゃないんだっ!!」
「何をそんなに意固地になってるんですか……。
だから、そんなに辛い物が食べたいなら、スープの方で探しましょうよ。」
だから、それはメインじゃないからダメなのっ!!
第一、スープだって甘みは必ず付いてくるし。
サブを変えたって、メインが変わらなきゃ私の満足度が満たされるわけがな……。
「いや……その案、いいかも……。」
「でしょう?」
エリック、お前天才か?
「そうだよ……塩辛い方がサブだと思ってるからダメなんだよ。
サブをメインと考える人間を探せば、自ずと塩辛い派が現れるはずだよっ!!
フフフ……フフフフフ……。」
「……ミコトさーん、暴走してませんかー?」
さっそくスープ巡りを……と言いたいところだが。
今日は流石にもう、お腹の方が限界だ。
「と言う事で!スープの材料を変えるだけ買って帰るぞー。」
「何が、と言う事でなんですか!?
あっ、ちょっとミコトさん、一人で勝手に納得して行こうとしないでください!
衝動だけで買い物するはやめてくださいっ!」
何か、後ろの騒いでいる奴がいるようだが、そんなことは気にしない。
やると思い立ったら、思うがままに行動する!それが漢ってもんでしょう!!
……ま、今は女なんですがね。
―――後ろの荷物持ちが、ねちっこく呪詛を呟き続ける。
「……絶対、後のこと考えてないですよね。」
まったく、男のくせにグチグチと鬱陶しい。
ちょっと買い物袋一杯になる程度買っただけじゃないか。
「ちょっと荷物がある程度で女々しいなー。」
「そうじゃないです、無計画にお金を使うのはどうかと言う話ですっ!」
「安全を取ってたらいつまでたっても先には進めんのだよっ!
人生はいつだってギャンブルなのだからねっ!!」
「名言っぽく言っても、言ってることはダメ人間な発言ですからね?」
「とにかくいいのっ!人間、前進あるのみっ!」
「……もういいです。で、次はどこに行くつもりなんですか?
もう残りのお金もほとんどないですよ?さっき衝動買いのせいで。」
「最後が全然許してないんだよなぁ……。
まぁ、いいや。
そもそも次は見に行くだけだから、お金使う予定はないし安心したまえ。」
「見に行く?……何をですか?」
「アレよ。」
そう私が指さすは、賑わう市場から少し外れた、裏路地に近い静観な区域。
冒険者たちが己の誉のために、静かにそして真剣に向き合う場所。
そう……。
「鍛冶屋通り……ですか?」
「そうよ。」
大して誇れるほどもない胸を張り、私は万遍のどや顔をする。
私だって飯の事ばかり考えているただの豚ではない。
戦えない豚はただの豚って奴さっ!!
「いやいや、だからお金ないんですってば!」
「いやいや、だからお金使わないって言ってるじゃん?」
エリックが訝しそうに私を見る。
まぁ、エリックからすれば「何言ってんだコイツ?」でも間違ってはいない。
だけど、エリックにその顔されると凄く殴りたい。
「よくはわかりませんが……鍛冶屋通りはやめましょう。」
「ん……なんで?」
金もないのに冷やかしするなって事か?
「ミコトさんはただでさえ目を引くんですから、もう少し自覚を持ってください。」
……目を引く?何の話だ?
……うーん。
「もしかして……髪の事?確かにまぁ、バレたらまずいけどさぁ。
それを言い出したら何も行動できなくない?」
「いや、そうではなくて。ミコトさんは……女性なんですから。」
「……あぁ……そっか。」
そういやそうだったな。
私……女だったな。
「え、でもさ。別に私は大丈夫じゃ……。」
「僕との出会った時の事、忘れてないですよね?」
あ……そういや私……犯られそうだったわ。
え!?待てよ……じゃあさ……。
「私って結構、美人枠なん?」
「そう……だと思います。」
ふ~ん?
「なにさエリック、歯切れ悪いな。
ミコトさんはで世界一美人で可愛いですっ!とか、褒め称える所でしょ?」
「あっ……いやその……ミコトさんは……か…かわ……。」
「照れんなよエリックっ!」
「ぐぇっ!?」
荷物を抱えた男の背中を思いっきし叩いた女は、上機嫌でにやけ出す。
「いやそっかぁー、私って美人かー、美人な~のかぁ~。」
考えて見れば、さっきから妙にチラチラ見られてたような気がするし。
店主たちのサービスも良かったような気がしてきた。
現世ではどちらかと言えばまるでモテていなかった私にとって、初めて体験するこのモテ度。
モテると言っても今は男にだが、それでもこの優越感には堪らないものがある。
「そっかぁー何か照れるなぁ~。」
「で、ですから、もう少し自分の身に気を使ってください。」
確かに……私は既にもう酷い目には遭っている。
あれはシャッハ君と出会ってすぐで、ルードに出会う前。
女として身体を最悪の形で自覚させられた……最低の屈辱。
あの時はシャッハ君を迎えに行くことで頭がいっぱいで、それどころじゃなかったけど。
今思うと……。
改めて記憶に思い揺さぶられる女としての自覚。
そしてそれと共に来る未知なる不快感が……私の胸をきつく締める。
これは女になった私の気持ちなのか、それとも私に居座る彼女の物なのか。
それはわからない。
だが、だからこそ……私はこの痛みを鵜呑みしない。
彼女であれ、私であれ。私がいる以上……私に泣き寝入りはさせない。
辛いことは可能な限り忘れればいい。
だが、その時が来るときは……必ずそいつに清算させてやる。
この恨み……彼女には忘れさせても、私は忘れてねぇからな……糞ハゲぇ。
「ミコトさん……?」
「……あぁ、ごめん。何でもない。」
取り敢えず、その時が来るまでは無理に思い出すのはよそう。
人生は楽しんだもの勝ちなのだからね。
「わかった。ちゃんと気を付けるよ。」
「よかっ……。」
「ま、だが行くんだがね。」
「え、なんでっ!?話聞いてましたっ!?」
いや、身の危険は十分理解したよ?
でもさ、それとこれとは話が別なわけで。
「そんなこと言ったって、いつかは行かなきゃなんだし避けてもしょうがないでしょ?」
「いや、でしたら、僕が代わりに調達してきますし。」
んー……でもねー。
「それじゃ、意味ないんだよ。私が見に行くことに意味があるからさ。」
「じゃ、じゃあ……せめて僕の知ってる治安のいい店にしてください。
下手に選んで、よからぬ輩に目をつけられたら……。」
「エリック。心配してくれるのは嬉しいけどね。それをしだしたらダメだよ。
多少危険があったとしても、情報ってのは複数の場所から手に入れないといけない。
エリックのお勧めの店も行ってみたいけどね?
まずは普通の店を見る必要もあると思うんだ。」
「でもですね……。」
「それに、危なくなったらエリックが助けてくれるんでしょ?
私はエリックの事の信頼してるよ?」
「いや……それをここで言うのは……ずるいですよ……。」
「へへっ、いや~すまないねぇ。これも美人の特権って奴って事で。」
「……そう思ってるなら、くれぐれも迂闊な行動はしないように。
少なくとも、僕からは離れて行動はしないでくださいね?」
「ういうい。エリック先生、よろしくお願いしまーす。」
「もう……調子いいんですから……。」
――――私とエリックは鍛冶屋通りに向かうべく、再度足を動かし始める。
もしもエリックがいなければ、恐怖で足は前に進まなかったかもしれない。
だが、信頼できる誰かがついて来てくれるおかげで、私の歩調はただただ軽い。
やはり友人とは……ほんとに良い物だ。
私たちは良さそうな鍛冶屋を探し通りをうろついていると、ふと狭い路地を見つける。
そして、目についた少し風変わりな看板に、心なしか吸い込まれて行く。
……鍛冶屋『パンデモリング』。
看板の装飾が何と言うか……凄く禍々しい。
だが、店自体は大きくもなく小さくもない普通な面構えであり。
それなのに、ただならぬ何かを感じる……。
「隠れた名店……見つけちゃったかなぁ?」
ちょっと調子づいてそんな風に言ってみたものの。
エリックは何かしら止めて来るかと思ったが、意外とそんなことはなく。
……と言うか、なんか呆けてる。
さっきはあんなに気を引き締めろ的なこと言ってた癖に……頼むぜ、相棒?
さて……実際の所は当たりかハズレか。
心配と期待を胸に、私はその悪魔の扉に手をかけたのだった。
友達は大事、はっきりわかんだね。
間をあけてもみようとしてくれる人がいて、感謝しかありません。
完結は確実にさせます。




