第47話:平穏、寝ぼけた平和と、漂う不穏
「眠い……。」
小鳥のさえずりさえ聞こえない時間に私は目が覚め、ベッドから這い出ようとする。
それに合わせ、シュルシュルと紙の包帯が私の胸に絡みついてくる。
「おはよう……甘えん坊さん。」
最近、この位置が定位置となり始めている。
朝はサラシとなり胸に絡みつき
食事時になると人型モードになって、他愛ないスキンシップを求めてくる。
そう言えば……あの一件以来、シャッハ君の方の食事と言うか、アレがなくなった。
つまりは絆を確かめる必要がなくなったと言うわけで嬉しいような。
でも母としての役割が減って、少しだけ寂しいような……ちょっと複雑だ。
そんなことを考えつつも起き上がろうとする私の服の裾を、小さな手に引っ張られる。
おや……もう一人の甘えん坊さんもお目覚めだ。
「デア……やっ……。」
小さな腕が私を行かせまいと、私の腰をがっちりと捕えてくる。
私はいつもの様に離してもらうために
その甘えん坊さんのぶどう色でサラサラ髪を、優しく撫でてやる。
「プリニアも一緒に起きない?」
「やっ……。」
そう駄々をこねて、プリニアはふかふかのベッドへと潜り込んでいく。
「もう、マイノちゃんは起きて、朝ごはんの準備を始めてるんだろな~?」
「……やっぱ、起きる。」
マイノちゃんパワー恐るべし。
「フフッ……そうだね、折角の早起きだし一緒にお手伝いしに行こうか。」
「……ん。」
そう言って、プリニアは新しくできた友達のために眠い眼を擦って、頑張って起き上がる。
―――あれから、数日が過ぎた
最初の頃こそ、プリニアはエリックを含め、私以外の人間には警戒を示していた。
いや、正確には私にも思うところはあったと思う。
だがそれも、時間と共にゆっくりと解決し、今では私にこんな調子で甘えるようになった。
それに、いつの間にかマイノちゃんとも仲良くなってるし。
何だかんだでプリニアの凍っていた心は、ゆっくりとその温かさに溶かされていっている。
ただ……
食堂へと降りていくと、プリニアが私の後ろに素早く隠れる。
この反応で、食堂に誰がいたかが明白になる。
「おはようございます、ミコトさん。……それと、プリニアさん。」
敵意を示している……わけではない様なのだが、エリック君には未だこの調子だ。
「プリニア、ちゃんとおはようの挨拶はしようね?」
私の言葉に渋々了解したプリニアは顔の上半分だけをエリック君へと覗かせる。
「……おはよう。」
「はい。おはようございます、プリニアさん。」
エリック君がしゃがみ込むのと同時に、素早くまた隠れてしまう。
悲しそうなエリック君の顔が、私をいたたまれない気持ちにさせる。
「プリニア、エリック君と少し話があるから先に調理場に行っててくれる?」
「……ん。」
その瞬間、プリニアはまるで忍者の如く、微かな足音と共に消え去る。
まぁ……蜘蛛って素早いよね、うん。
こういうのを目の当たりにすると、この子は人ではないのだなと改めて実感する。
「……エリック君、大丈夫?」
細やかな労いを哀れなエリック君へと掛けてあげる。
「いえ……当然の報いと言う奴です。」
「いやいや、そんなことはないでしょう?」
「ありますよ……まさか、自分の妹より年下の子にあんなことをしてたなんて……。」
確かに……気持ちはわからんでもない。
年上のお姉さんを相手にしていたと思ったら、実は幼女だったわけで。
あの煽りは酷かったらなぁ……。
ただ実際の年齢をプリニア自身に確認したところ、エリック君とそう変わらない様で。
まぁ、それでも精神年齢は幼女と大差ないのだけども……ね。
成長とは時間ではなく、経験した物事の数でも決まると私は思っている。
この数日プリニアと接してみて、出会った頃の印象とはがらりと変わった。
特に、もっと明るい感じの子だと思っていたわけなのだが……。
蓋を開けてみれば、かなり大人しい感じの子だと言う事がわかった。
出会った時の悪女っぽい口調も誰かを真似ただけみたいで
……普段は喋ること自体少ないのだ。
よって、エリック君の罪悪感も膨れ上がっていると言うわけだ。
「あの時は生死が関わってたし、後悔してもどうしようもないって。」
「それは……わかってるのですが……。」
「起こってしまったことはどうしようもないんだし。
お詫びをしたい気持ちがあるのなら、これからあの子のために何かしてあげて行こ?」
覆水盆に返らず。
だが、だからこそ……後悔ではなく、未来を変えていくことが大事なのだ。
「そう……ですね、頑張ってみます。」
「大丈夫、あの子は優しい子だから、すぐにわかってくれるよ。」
「……はい。」
正直、プリニアの事を忘れている私が何様だと言う話なのだけどね……。
まぁ、この二人は優しいから、きっと時間が解決してくれるはずだ。
それに関しては、私は心配してはいない。
だから……今解決すべきは……。
「エリック君、これからの事なんだけどさ……。」
「はい。」
「どのくらいあればいいかな?……お金。」
そう……何事もお金が必要なのだ。
4人もの人間が生活をしていくためのお金がなっ!!
「いや、ミコトさん……正直、そこはそんなに思いつめなくても大丈夫ですよ?」
「……え?」
「贅沢……は流石にできませんが、食費に関しては切り詰めるほど困ってはいません。」
「な、なんでっ!?」
「そもそも、我が家の家計で一番困ってたのは家賃だけでしたから。」
「え……全然理解できてないだけど……。」
「えっとですね……森に行ける時点で食料ってのは確保できるんですよ。」
「え……つまりそれは、自給自足できるってこと?」
「はい、今まで食べていた物は全部森で取ってきたものが原料です。」
「はぇ~……。」
えっと、それはつまり……養う人数は多少増えても変化ないと言う事か……。
食糧不足の問題がないって……いいなぁ異世界。
「え……でもだったら何で、門番の仕事なんてしてたの?」
「えぇ……ですから、家賃が結構するんです、ここ。
もちろん、この前の依頼で手に入れた果実の報奨金で半月分は稼げてますが。」
……ん?
待て、あの果実の依頼って結構な高額報酬だったって聞いたはずだけど?
食費のいくらかになるとは思ってたけど、家賃換算だとたった半月分って……何その物価。
「その話が本当なら、ここの家賃って高すぎない?」
「えぇ……。」
「他に安い土地ってないの?」
「いえ、ここだけが高くついてるだけですね。」
「だったら、なんでここに固執してたの?親の形見だから?
でも、そんなの本人たちが体調崩し始めてたら意味ないじゃん!」
「形見ってことも確かにあります……。
でもそれよりもここは、ジェンキンスさんに勧められた土地だからってのが理由ですね。」
ジェンキンス……えっと誰だっけ……確か、前にこの名前聞いたはずなんだけど……。
……そうだ、お金の工面もしてもらってるとか、門番のバイトのコネを貰ったとか言う
ノートン兄妹の知り合いと言う人の名前だ。
「でも待って、だったらお金を工面してもらってたのって……。」
「えぇ、ですから家賃の一部を肩代わりしてくれてるんです。」
なんか……急に話がおかしくなってきたぞ……。
「だったら、なんでその人はもっと安い土地を勧めないの?」
「他に安全が確認できる土地がないそうです。
マイノのこともありますから、そういう面で費用が大きくかかってしまうのは仕方ないんですよ。」
「エリック君、そのジェンキンスさんって人のこと信用しすぎてない?」
「ミコトさん、あまりジェンキンスさんのことを悪く言うのはやめてください。
彼は父の昔からの知り合いで、本当に信頼できる人なんです。」
信頼できる人ねぇ……。
「ごめん、エリック君。わかったわ。」
今のところは……ね。
もう少し暇が出来たら、個人的に調べてみよう……騙されやすそうなエリック君を信用して、ね。
「でも、そう言うことなら、現在のお金に関する心配はしなくていいってことね?」
「はい、ミコトさん達のおかげで冒険者としての自信もつきましたし。
冒険者として稼げるのなら、簡単な仕事でも門番のバイトより稼げますから。
何故、昔の自分はあんなに自信がなかったのかと、不思議になるくらい馬鹿だったなと思ってます。」
まぁ……君、ほんと強いもんね。
魔王の幹部とも防戦だったとは言え、タイマン張ったわけで……自信出来ない方が不思議だもんな。
私に関しては理性がなかったとは言え、完全に勝ったし。
「それに関しては異論ないよ。正直予想以上にエリック君、大物なんじゃないかって思ってるし。」
「いや……流石にそこまでは思ってるわけではないですが……。
ただ、なのでミコトさんには、この家に残っていてほしいんです。」
「む……それは私が戦力外通告と言いたいのかな?」
「そんなことはありません。ただ……二人の事は心配なんです。」
「マイノちゃんとプリニアの事?」
「はい。」
「でも、それならプリニアがいるから心配なんてないんじゃ?」
「プリニアさんの強さは間違いありません……ただ、うまくやれるかについてはやはり心配です。」
確かに……力で解決するのは最終手段であって、問題をバレない様にするかが大事だもんな……。
プリニアは寧ろ、幼い分頼りないと言える。
「エリック君の言い分はわかった……正直こっちも残ってやりたいことはあったんだよね。」
「……よかった。」
そのよかったは、私を危険に晒したくないと言う気持ちもあるんだろうね……このお人好しめ。
「でも、だったら……私はエリック君に確認しておきたいことがある。」
「確認したいこと……ですか?」
そう、確かに私の目的はエリック君を更生させることだった。
つまりは自信を持たせることであったわけで、すでに事は成せたと言える。
だが……冒険者を続けるかについては、別の話なのだ。
「エリック君……宿屋、まだ継ぐ気はある?」
そう、私たちは次のステージへと進むときが来たというわけなのだ。
ちょっと早足な気もしますが、新章スタート。
そろそろ宿屋の経営も触っていきたいなと、グルメタグつけたのもあるしね。




