第40話:勇者語り、覚醒する狂気と、覚醒する者
―――時の刻みと共に変化していく状況に、僕は翻弄されていた。
文献でしか見たことのない魔神。
元の髪をさらけ出し、臆しもせずに勇敢に立ち向かっていく新緑の少女。
圧倒的力量差で魔神を制圧する白き御使い様。
何もかもがおとぎ話の様な出来事だった。
もしも、今見たことを詩にすることが出来たのなら
きっと僕は名のある吟遊詩人になれたことだろう。
―――無論、生きて帰れたらの話だけれど
真っ赤に髪を燃え上がらせた少女は・・・僕へと剣先を向けていたのだ。
思い起こせば、魔神が倒れた辺りからおかしかった。
少女は普段からは想像できないような怒気を纏っていた。
御使い様は変化をいち早く察して、魔神から離れてその少女眺めていた。
いや、表情が見えないだけであれは驚い動けないだけなのかもしれない。
御使い様にとって彼女は・・・血の絆を感じる存在だと思うから。
だが、そんな想いを引きちぎる様に
生命の終わりを迎えた魔神を、少女は持っていた盾で殴り続た。
何度も殴りつけ、その度に魔神の鮮血が飛び跳ねる。
それに伴い、彼女の新緑の美しい髪を真っ赤に染め上げていく。
豹変していく狂気を、僕らはただ眺めることしか出来なかった。
いや・・・まだ僕はいい。
僕の位置からは彼女の背中しか見えず、明白な状況は見えない。
だけど・・・御使い様は違う。
その凄惨な光景を目の前で瞳に焼き付けている。
愛している者が変わっていく様を受け入れることが出来ぬままに。
―――ダメだ。
こんなのはダメだ、このままにしてはいけない。
「ミコトさんっ!!!」
僕は叫んだ。
その行為が最悪どのような結果になるかは分かっていた。
でも今止められるのは・・・きっと赤の他人の僕だけだから。
ここで逃げたら、この少女に救ってもらった恩を仇で返すも同然だから。
少女がこちらの声に反応し、行われていた狂気がピタリと止まる。
それと共に、髪先の色がほんのりと元の美しい緑を取り戻していく。
―――良かった。
どうやら、考えていた最悪は回避できたようだ。
こんなことならもっと早く勇気を出しておけば良かった。
そうすれば、御使い様も傷つかなかったかもしれない。
「ほんと我ながら不甲斐な・・・
僕は全てがもう終わったのだと、最悪は回避されたのだと。
そう勝手に安堵していた・・・振り向いた彼女の姿を見るまでは。
―――少女は・・・笑っていた。
身を鮮血で彩り
深紅の赤い瞳を光らせ
その歪んだ笑顔を僕に向けていた。
少女がまるで何事もなかったように元の口調で話しかけてくる。
口ぶりから、少女は正気に戻っている。
そう確信しているはずなのに。
不気味に笑うソレは・・・僕には悪魔にしか見えなかった。
頭では恐怖なんて感じる必要はないと理解できているのに。
身体が・・・心が言う事を聞かない。
僕の身体は勝手に動いて、悪魔から逃げようとする。
・・・違う、彼女は悪魔じゃない。
彼女は僕の恩人なんだ。
僕なんかのために怒ってくれた温かい人なんだ。
怖がる必要何てどこにもない、どこにもないはずなのに。
なのになんで・・・なんで・・・。
葛藤する僕を見て、少女の笑顔が・・・怒りに変わった。
―――そして少女は何かをぼそぼそと呟きながら
背丈よりも遥かに大きな魔人の金棒を、ありえない怪力で引きずって駆け出す。
最悪の結果が訪れようとしている。
それもありえない光景を添えながら。
時はゆっくりと流れながら迫ってくるソレを無理やり瞳に焼き付けようとしてくる。
狂気で光る赤い瞳が、獲物を前に歪む笑顔が、地面を抉る金属の重低音が
僕の心をじわじわと恐怖で染め上げていく。
どうして、さっきの魔神ごときに恐怖なんて感じていたのだろうか?
どうして、こんな化け物を心の温かい人間だなんて錯覚してたのだろうか?
どうして、さっさと逃げなかったのだろろうか?
どうして、この人に関わってしまったのだろ・・・
―――何を考えてるのだ
何を・・・くだらない思考を回しているんだ!!
この人に会わなかったら、きっと僕はいつか命を断っていた。
この人に会わなかったら、もう一度冒険者になるなんて考えもしなかった。
この人に会わなかっ・・・違う、そうじゃない。
「この人に会えたから・・・・・僕は前に進めたんだっ!!!」
―――僕の瞳に映る者が、悪魔から彼女に変わる。
瞬きを止め、迫ってくる彼女をしっかりと捉えきる。
ベルトのボタンを外し、鞘に収めたままの剣を両手で抱える。
焦るなよ、焦って逃げれば、方向転換されて結局逃げ場がなくなる。
ギリギリまで引き寄せる、引き寄せて・・・
「衝撃伝波っ!!」
剣先に力を込め、勢いよく地面を突く。
その衝撃の勢いでギリギリまで迫っていた金棒を避けきる。
その勢いのままにもう一度相手との距離を大きく離す。
僕が作った衝撃による土煙を上書きするように巨大な爆煙が立ち上がる。
あのままあそこにい続けたらと思うと、嫌な汗が頬を伝ってくる。
前のパーティだったら
煙幕が出来て動きづらくなったって、怒られてる所だなぁきっと。
僕は煙幕が張っているこの隙に立ち上がり、態勢を立て直す。
―――勝利条件は・・・彼女を正気に戻すこと
だから、狙うべきは・・・ダメージが癒えていない腹部!!
煙幕から闘気剥き出しの彼女が飛び出してくる。
まだ彼女との距離はそれなりにある、だから・・・
「・・・軽量化足。」
身体を軽くし、確実に避ける準備を整える。
そしてもう一度ギリギリまで引き付け・・・今度は後方に避けるっ!!
横なぎに振られた金棒が空を切る。
彼女の構え方がさっきと少し違っていたから警戒していてよかった。
間違いない、彼女は一撃目の失敗を改善して二撃目を打ってきた。
つまりは冷静な判断が下せ・・・
いや、どちらかと言えば野生の感と言うべきか。
どっちにしろ、三撃目はもう一度様子見をしよ・・・
・・・いや違う、守るだけでは相手をただ有利にしていくだけだ。
確かに、現状においては戦闘経験で彼女よりも僕の方が有利だ。
だが、あの抜群の戦闘センスは経験をも覆す何かを秘めている。
だから・・・
―――攻めるっ!!
「衝撃伝波っ!!」
今度は足に衝撃を伝え、前方への加速補助にする。
攻めに転じたことで、彼女の顔に一瞬の表情の乱れが生じる。
・・・狙い通り。
これで彼女から新たな奇襲を受けることはなくなった。
後は、こちらの攻撃を畳み込むだけ!!
―――彼女が笑う
その大きな棍棒が、僕めがけて放り投げられた。
僕の加速は止まらない。
金棒の加速も止まらない。
ただまっすぐに金棒に吸い込まれるようにぶつか・・・りはしない!!
「重量化っ!!」
飛んできた金棒の下に潜り込むように、身体が地面に叩きつけられる。
そして、金棒は僕の後方へと消えていく。
僕が攻撃に転じ、進行方向を絞れば、必ずこうなると信じていた。
彼女の戦闘センスは抜群だからこそ、必ずこの返答を選び出してくれると。
後に残されるのは、驚愕を隠せない無防備な彼女一人だけ。
これで勝負は決まった。
あの金棒さえ無くなれば、大きな脅威はない。
―――だが・・・油断はしない、そして隙も与えはしない
決めるときは一瞬で・・・確実に決めきるっ!!
・・・僕は冒険者としてはポンコツだ。
それは僕自身がよく分かってる。
ここまで戦えたのだって邪道を組み合わせただけのただの幸運だ。
それでも僕は
ポンコツなりに積み上げてきた経験に
妹が信じてくれた期待に
そして、彼女が与えてくれた勇気に
「・・・・・応えたいっ!!」
そして僕は狂える恩人に・・・渾身の一撃を叩き込んだ。




