結婚して貰えない女
「ねえ、そろそろ結婚のこと、どう思っているの?」
三十路女にとって、この言葉は大きい。
人から――大体は自分より上の御姉様方からが主で、聞かれてしまうと塔子は苦笑いを返すしかなかった。
しかし今、その言葉を発したのはなんと自分自身。
その言葉を投げかけられた、目の前に座る二つ年上の彼氏はいつもと同じ、何を考えているのかわからないような笑みを浮かべていた。
「『んー、まだ早いんじゃない?』ってなに!?もう30なんですけど!!」
ガン、と机に叩きつける置いた中ジョッキの音は、ざわついた居酒屋の中では周りの喧騒に埋もれてしまった。
思い出すだけでムカムカする気持ちを、生ビールで流し込めたらいいのに。
「まあまあ修さんにもなにか事情とか理由あるんでしょきっと」
事の終始を吐き出した塔子を宥めるように付き合いの長い友人の双葉は言った。
「そうかもしれないけどさあ…理由聞いても誤魔化されるし」
信じたい。信じてる。けど、こんな状態では嫌でも疑ってしまう心があるのが実情だ。
そんな塔子の思いなど双葉にはお見通しらしい。
「さすがに片手で足りない年数を付き合ったアラサー女を今更ポイするような惨いことはしないでしょうよ」
塔子の右手の薬指が鈍く店の蛍光灯の光を反射させていた。
助川塔子は彼氏――富士川修とは付き合って今月末で五年になる。さっき双葉はああ言ったけれど、まだ片手で足りる。ギリギリだけど。
修と塔子の出会いは会社だった。職場恋愛。
修は若くて仕事も出来てイケメン、というなんともハイスペックな男で、モテないはずがないモテ男である。
塔子も例に漏れず、入社早々に憧れた口だ。とはいえ、平々凡々な自分が付き合えるとはまったく思っていなかったし、向こうから告白されたときは青天の霹靂状態で変な声が出てしまった。そういうところが修のツボだったらしいが、塔子としては今でも納得はしていない。
会社内の恋愛や結婚は禁止されていないけれど一応秘密。もし別れてしまったときに面倒なことにならないようにという暗黙の了解だと塔子は思っていた。それももう五年も経ってしまうと、知られていたほうが誰かがせっついてくれていたかもしれなかったな、と思わないでもなかった。具体的に言うと少しお節介なところがある塔子自身の上司が。塔子の右手の薬指に気付いているのかいないのか分からないけれど、お見合いとかいる?と聞いてくれるような優しい上司が。
数年前は合コンとかするか?取引先の若いやつ声かけてやるぞ?と言われていたのがいつの間にかお見合いに変わっていたのに気付いたときにはいつか後ろから刺してやろうか、なんて思ったりもしたのは双葉にすら話していない。
「助川さん、ちょっと頼んでもいい?」
ぼんやりと仕事をしていたら、突然声をかけられて現実に引き戻された。
思考を切り替えるように、相手の名前を呼ぶ。
「富士川さん。なんでしょうか?」
「ちょっとこの見積もり作ってほしくて。17時には欲しいんだけど」
腕時計と内容と手元の仕事を見比べてから塔子は了承した。ぼんやりと出来るくらいは手元の仕事は落ち着いているし、先にこの見積もりを片付けてしまえば十分17時には間に合うだろう。
「ごめんね、よろしく」
ころん、と飴を転がしてから拝む仕草をして自身の席に戻る姿を目で追いながら思う。
……そういうのをサラッとこなすから、モテるんだろうなあ。
机の上に転がっている蜂蜜の飴は最近の塔子のお気に入りなのは勿論把握済みなんだろうなあ、と思いつつも早速口に放り込んで、塔子の意識はモニターと仕事に向かった。
見積書の入力を一通り終えて、ぐっと伸びをした。
頼まれていた時間まではまだ余裕があるし、すこし休憩してからチェックをして提出しよう。財布と携帯を手に、フロアを抜けて自販機へと向かう。
「終わりそう?」
ちょうど打ち合わせを終えたところなのか、修に声をかけられた。
「ええ、あとチェックしたら提出できますから、もう少し待っててもらっていいですか」
「わかった。いつも早くて助かる」
きっとこの人に仕事を頼まれたら誰でも真っ先に手を付けるのだろうなんて思わせる甘いマスクを眺めながら紙コップのコーヒーを傾ける。
有難う、という言葉と柔らかな笑顔を見るために。
時間制限があったからとはいえ、塔子も他の仕事を差し置いて彼に頼まれたことを優先しているのだから人のことは言えないけれど。
休憩スペースには修と塔子の二人きりだった。修もすぐに戻るつもりはないのか、自販機のコーヒーを購入して、塔子の座っている正面の椅子に腰かけた。
「そういえば、佐藤が結婚するって聞いた?」
たわいもない雑談。ちくりと胸に刺さる棘のような言葉。甘い声。
「そうなんですか。彼女いるって言ってましたもんね。早いですね」
貼り付けた笑顔に彼は気付いているだろうか。
佐藤は塔子の部署の後輩の営業で、まだ25だったと思う。男でその年で結婚は早いといっても差し支えないだろう。目の前の男なんてもう32だ。
先日した話をもう忘れているのか。結婚の話を切り出した彼女に対して宙ぶらりんな回答をしておきながら、他の年下の男の結婚話を持ち出すなんて。
こんなことばかり考えることにも、そろそろ疲れてきた。
塔子はぐいっと一気に紙コップを煽ると、お先に戻ります、と修の返事も待たずに立ち上がってフロアへ戻った。
頼まれていた見積書のチェックも済ませ、まだ空いたままの修の席にそっと置いた。
小さく息を吐けば、疲労感が増したような気がした。
早く残りの仕事も終わらせて、帰ろう。
定時まであと数時間もない。今日は残業もせずに帰って、ご飯を食べて早く寝よう。
考え事ばかりするのは疲れた。
ゆっくりお風呂に入るのも疲れがとれるかもしれない…
そんなことを考えながら手元の仕事を順番に片付けて、定時のチャイムを聞いてからパソコンをシャットダウンした。
ロッカーに置いている鞄を取りにフロアを出ると、会議室のほうから明るい声がした。
「やだぁ、富士川さんも冗談言うんですねー!」
「なにそれ、俺なんだと思われてるの?」
楽し気な声に思わず顔を向ける。
打ち合わせが終わったのだろう、営業部の若手の女の子と富士川が連れ立って歩いていた。
(ああ、お酒が飲みたいなあ)
ポケットからスマホを取り出して、そっと視線を逸らしながら塔子はその場を離れた。
その背を見ている視線に気づかないまま。
双葉にメッセージを送ったものの、「ごめんねー!今日は無理!」と絵文字とスタンプですげなく断られてしまった。
駅を歩く周りの人々の足取りは軽い。ああそういえば今日は金曜日だ。
双葉もおそらく会社か友人と飲み会なのだろうなあ。塔子も予定入れておけばよかった、とため息ばかり零れる。
最寄り駅に隣接したスーパーに寄って総菜やお酒を買い込んでから、自宅へ帰ると鞄もその辺に投げ捨てるように置いて、リビングのローテーブルでビールと枝豆を開ける。
どうせ明日は土曜日だ。予定もないし片付けは朝やればいい。
そういえば、しばらく修と会う約束をしてない気がする。芋づる式に彼との予定がないことを思い出してしまった。
会社の人に見られるのが嫌で、出掛けるよりも家で会うほうが多い。お互いが合い鍵を持っていることもあり、約束をしないで会うこともザラだった。
それが楽だと思っていた。
もしかしたら、それがすれ違っていたのかもしれない。
(あ、これはまずい)
一本ビールを空けたところで、自分の思考が悪いほうへと転がっていくことには気付いていた。
疲れもあって、悪い酒になっていることにも。
それでも、塔子の手は次のビールに伸びていく。
二本目を半分くらい一気に飲んだら、涙が出てきた。
なんで泣いてるのかわからない。
えも知れない不安感があった。
残り半分を一気に煽って、そのまま塔子はその場に寝転がった。
このまま寝てしまってなにも考えずに済むならば。
リビングで一人、目を閉じた。
ううん、と無意識に身動ぎをして、うっすらと目を開ければ、徐々に意識が覚醒していく。
寝返りを打てば、ベッドの脇の窓のカーテンからうっすらと日差しが差し込んでいて、昨夜のことを思い出してあーやっちまったーと塔子は頭を抱えたい気分になった。
むくりと起きてから、違和感を感じて小首をかしげた。
「起きた?」
「修さん…?」
「うん、おはよ」
「おはようございます…?」
タイミングよく部屋を覗き込んだ恋人に、挨拶を交わして、はっと気づく。
昨日はリビングのローテーブルでお酒を飲みながら寝てしまった記憶なのだけれど。
「だめでしょ、あんなとこで寝ちゃ。風邪ひくよ」
「うわああああああやっぱり!え、修さんいつ来たの?」
「夜」
修と塔子はお互い一人暮らしで、それぞれの合鍵を持っているから、部屋にいること自体は問題ない。困るようなこともない。
だがしかし。
「とりあえずシャワー浴びたら?あの状態ってことは帰ってなにもしてないでしょう」
「そのとおりでございます…」
まさに塔子が考えていたことを指摘されて、頭が下がるばかりである。
やれやれとわざとらしく肩をすくめながら、修はリビングに引っ込んでいった。
塔子がさっとシャワーを浴びて頭も身体もすっきりさせてからリビングに行くと、修はローテーブルでコーヒーを飲みながらテレビを見ていた。
机の上にはほかほかと湯気を上げるホットサンド。
「わ、美味しそう。修さんの分は?」
「俺は先に食べたから」
「そっか、ありがとう。いただきまーす」
ああいいなあ、と。
結婚したら、こういう日々なのだろうか。
優しくて穏やかな。
そう考えて、先日の彼に言われた言葉がよみがえる。
『んー、まだ早いんじゃない?』
つきりと心に棘が刺さる。
コーヒーを口に含めば苦さがいつもより際立っているような気分になる。
「塔子?」
マグカップを持ったまま止まっていた塔子を覗き込むように修が声をかける。
その表情は怪訝そうにも見えるし、心配しているようにも見える。
「今日、は、カフェオレにしよっかな」
誤魔化すようにカップを置いて立ち上がって冷蔵庫へと足を向ける。
どうしたいんだろうわたしは。
『まだ』ってあたりが狡い。
のらりくらりと逃げられているような物言いには不安が過る。
結婚をする気が本当にあるのかなんて考えてしまう。
双葉はああ言っていたけれど、別れ話を切り出されたら。
三十路も過ぎた平々凡々なしがないOLの身では次が見つかるような気がしない。
もう合コンではなく婚活パーティーかお見合い?
ふっと上司がお見合いをセッティングしてくれそうだったのを思い出した。
案外、なんとかなるのかもしれない。
今度少し詳しく聞いてみようか。
「とーうーこー?」
冷蔵庫の前で思案に耽っていた彼女に、なんかおかしくない?と修がつつく。
こんなに考えているなんて思いもしないんだろうなあ、と塔子はため息を吐きたくなる気持ちを必死に飲み込む。
「最近忙しかったから疲れてるのかも。ちょっとぼうっとしちゃって」
「そ?せっかくなら出掛けようかと思ってたんだけど、やめとく?」
ちょうどテレビの情報番組では最近封切りになった映画の話題が流れていた。その中には、塔子が見たいと思っていた映画もある。
「大丈夫、行こう。映画見たいし、久しぶりに駅前のイタリアン行きたいな」
いいね、と修がうなずけば今日の予定は大体決まった。
二人で過ごした週末はゆったりとしていて、安心するものだった。
心の翳りは見ないようにした。考えないようにした。
定時も過ぎて、手元の仕事の山も大体落ち着いてきた。
就業時間は終わっているから帰るか残業を続けるかは悩ましいところだ。
キリがついたとはいえ、まだ多少仕事は残っているし、もう少しやっていこうかな。
ぐっと身体を伸ばしながらそう決めたら、コーヒーでも買いにいくかと携帯と財布だけ携えて自販機のある休憩所へと向かうことにした。
そこでは、営業部の後輩の女の子たちが休憩がてらしゃべっているようだった。
別に嫌味ったらしくなにか言うつもりはない。
塔子自身もそこで休憩していくつもりだったし、先客がいるなら飲み物だけ買って、場所を変えるか席に戻るかしようかな、なんて考えたくらいだった。
「そういえば、助川さんってさ、結婚しないのかな」
そこに、自身の名前が聞こえてこなければ。
大きな声ではないけれど、入り口まで聞こえてしまう声。
開けっ放しのドアは本来の役割を成していないため、音が立たなかったのも彼女たちを油断させてしまった一因かもしれない。
思わず入り口で足を止めてしまった。
よりにもよって今その話題を出してくるか。が何故バレたのだろう、と思わず考えてしまう。
言い出した彼女にとっては純粋に疑問だったのだろう。まだ就職して数年の、アラサーに足を突っ込んでいない彼女にとっては。三十路越えの女が結婚していないことが。
会話している二人からはちょうど入り口の塔子が見えないのだろう。
この空気じゃ中に入りにくい。しかし、そのあとに続く言葉が気になってしまうのは致し方ないと思う。
「指輪してるよね。彼氏はいるんだろうな。そういう話したことある?」
「ないよ」
おお、よく見ているな、と塔子は自身の右手の薬指を見た。
修と付き合って一年たった時に買ったペアリングだ。
流石に修は休みの日にしかつけていないが、塔子は事務なので仕事中も付けたままだった。
「でもあれ結構長いよ。わたしたちが入社した時にはもうつけてたもん。いつからつけてるかは知らないけど」
「よく覚えてるね」
よくよく会話を聞いていると、一人が興奮しているだけでもう一人は相槌を打っているだけだった。まあ先輩の色恋沙汰に特に興味ないのだろう。先日塔子が振られた後輩の結婚話のように。
そういえば、今興奮して話している彼女はあの日修と楽し気に話していた営業部の女の子だ。
「それにしても、助川さんって確かもう三十越えてたよね。その年で長く付き合っている彼氏が居るのに結婚して貰えないって結構ヤバくない?」
ガン、と頭を殴られたような気分になった。
彼女の言うことは尤もだ。でもそんなこと、まだ20代半ばに差し掛かったばかりの若い彼女に言われなくても自分でよくわかっていた。
もう最近こんなことばっかり考えてて嫌になる。泣きそうだ。
ガタン、と物音がした。
びくっと塔子の肩が大きく跳ねた。無意識に音を立ててしまったのかと。
二人の話す声以外の音のない部屋ではその音は大きく響いて、二人も物音のほうへと振り返る。
やばい、と塔子の背中にひやりとしたものが走る。
二人は目を見開いていた。そりゃそうだろう、噂話の本人が立っているのだから。
「塔子が結婚しない理由は、俺がもうちょっと待って、って言ってるからだよ」
少しわざとらしいくらいの声音は、聞きなれたテノール。
塔子も目を見開いて振り返れば、塔子の後ろで修が笑っている。
あ、でもちょっと怒ってる、というのはこの場では付き合いの長い塔子にしかわかっていないと思った。
「富士川、さ、ん?え?うそ?え??」
興奮していた彼女の瞳が塔子と修を見比べるようにきょろきょろと目線をさまよわせ続けた。
修はにっこりともう一度口の端を上げると、何も言わず塔子の肩に手をまわしその場を後にした。
どういうこと!?と悲鳴のような声がどんどん遠ざかっていく。
わたしも聞きたい、と修の顔を見るがその顔はまっすぐ前を向いたまま、わたしの肩を抱いたまま歩いていく。
会議室へ塔子をそっと促すと、使用中の札をかけてから修も後を追う。
「悪い」
「それは、何に対しての謝罪なの」
藪から棒な態度で、キッと塔子は修をにらみつける。
いろんな感情が彼女の胸を苛んでいた。
先日の修の言動や態度、極めつけの彼女の言葉。
最後は彼に直接非はないのかもしれない。けれど、間接的には結婚もせず放っておいたことが原因と言えよう。
怒っていいのか、悲しめばいいのか、もう彼女の脳は判断することを放棄していた。
「俺の我儘に付き合わせたこと」
「我儘な自覚はあったのね」
むすっとした捻くれた言い方をしながらも修を見て、塔子は目を瞬かせた。
「修」
「ん?」
「なんで、わらってるのよ」
そう、修は笑っていた。隠す気もないのか、いつになく嬉しそうだ。
「ごめん」
「だから何に対しての謝罪なのかはっきりしなさいよ」
怒りたいのにそんな顔をされては怒りにくい。塔子の眉が情けなく少し下がる。
「意地悪しちゃったことに対して、かな」
「いじわる、」
「塔子のその困った顔を見るの、結構好きなんだよね」
ああいえば見れるかなって思って。それから、俺のこといっぱい考えてくれるかな、って。
笑顔で、それも少し照れたようにそう言われてしまって塔子は肩を落とすしか出来なかった。
どんだけ悩んだと思ってるのか。
「ばか」
「うん」
「あほ」
「うん」
「ほんとばか」
「うん」
「きら「それは言わないでほしいかな」
「・・・ばか」
「そろそろ帰ろうか」
仕事はキリがついているんだろうと見透かしたように頭を撫でられてまた口を尖らせた。
ころころと変わる彼女の表情につられるように修の目じりがすこし下がり、そっと塔子の額に唇を落とした。
「なっ…なにっ!!かいしゃ!!」
「誰もいないって」
「そういう!問題じゃなくて!」
「じゃあ帰ろ」
「そういう問題でもなくて!!」
「そういう問題だよ。帰って、話をしよう」
「…なによ、今更」
「うん、ごめん」
「謝れば許されるとでも思ってるの」
「許してもらうために話し合いたいかな」
「どんな顔で戻ればいいのよ…」
「だからさっと荷物取って帰ろう」
今度は瞼に唇を落としてから、修は踵を返した。
「ほんの出来心だったんだよね」
修の部屋で、彼が淹れてくれたコーヒーに口をつけると、修がぽつりと言った。
あの後、デスクの上をさっと片付けてパソコンを落とし、挨拶もそこそこに逃げるように会社を出た。
駅へと続く道の途中のコンビニの前で待っていた修に引かれるように彼の部屋へと来ていた。
「そんなにショック受けてると思わなくて。気付かなくて、ごめん」
「ショックなんか」
「先週の金曜さ、怒られたんだよね」
きょとん、と塔子が目を瞬かせる。
「結婚する気がないんなら別れちまえ!って。会社の前で待ち伏せされてた」
誰に、なんて言わなくてもすぐにわかった。
塔子に対しては宥めるようなことを言いながらも、修に怒ってくれた親友を思って目頭が熱くなる。
「気付いたらそのまま家に行ってた。でも寝てたし、起こすのもなって思って朝になったら、また言えなかった。ごめん」
修はチェストから小さな箱を取り出した。
「格好、つけたくて」
昨日、受け取ってきたばっか。
そっと中の小箱を彼女に向けて開く。
きらきらと輝くダイヤモンド。傍らにピンクダイヤモンドが寄り添っている。
1週間や2週間で用意できるようなものではないのは一目でわかった。
きっと彼も考えてくれていたんだ。
タイミングが、悪かった。
「ごめんなさい」
「え」
「あ、ちがう、そうじゃなくて、」
まるでプロポーズを断るようなタイミングになってしまって慌てて頭を振った。
「ちゃんと、考えてくれてたのに。疑って、ごめんなさい」
指輪をそっと受け取り、左手の薬指にはめる。
「にあう…?」
向かい合って座っていた距離ももどかしく、修は机を回り込んで彼女を抱き寄せた。
「似合うよ。結婚、してください」
「わたしで、良ければ」
よろしくお願いします、と続けようとした言葉は、彼の唇に吸い込まれて音にならずに消えていった。




