<第八章 新年>
次の日からも正一がつきっきりで俺に質問をして言葉を教えてくれていた。
それが十日ほど続いた。
その間なんだか分からないが家の中がバタバタしている。
ハナも何か忙しそうにしている。
「ハナ、どうした?」
「ああ、もうすぐ大みそかだからな」
「オオミソカ?」
「一年の最後の日を大みそかというんだ。
家中を掃除して、正月の準備をするんで忙しい。
それに初詣で参拝客が増えるからな、その準備もあるしな。
旧正月と同じくらいに忙しい」
ショウガツ、ハツモウデとか分からない言葉が多い。
「ユシウの国では新年を祝わないのか」
「少し」
ツユアツでは夏至、冬至、収穫祭、建国記念日が大きな祭りだ。
中でも収穫祭を一番盛大に祝う。
新年はそれほどでもない。
あの異変の時、冬至まであと一週間だったと思う。
もう過ぎてしまっている。
今年は冬至の祝いをしなかったなと少しさびしい気分になった。
「正一は?」
「俺か、俺はいいんだ。
人を臨時で雇ったし、こっちの方が重要だからな。
それよりユシウは毎日家の中で気がふさぐんじゃないか。
あまり外には出ないほうが良いんだが、正月くらいはいいだろう。
初詣へ行ってみるか」
「ハツモウデ?」
「この国では新年の初めに神社仏閣へ参ってお祈りする。
それを初詣というんだ」
「いく」
「よし決まりだ。正月には初詣だな。
じゃあ大みそかまでは今まで通り続けるからな」
何か落ち着かない雰囲気の中で正一とのやりとりは続いた。
正一が質問し、俺が答え、正一が書きとめる。
ひたすら、その繰り返しだ。
また、この国の言葉も習う。
そんなことをしていると一日のたつのが早い。
あっという間に大みそかが来た。
朝食の後、ハナが正一を連れてきた。
「今日はこの部屋を掃除しますよ。
兄さんも手伝ってください。
今年は年末の掃除を何もしてないんですから」
「分かってるよ。手伝うよ。
だけどな俺は昨日まで遊んでた訳じゃないんだぞ。
顔役に頼まれたことをやってたんだからな。
仕事だ、仕事」
「そんなことはいいです。
それより兄さんは障子の張り替え。
ユシウさんはこれ。雑巾で汚れてるところを拭いてください」
そう言ってハナに布を渡された。
俺は十年間ずっと一人で家事をしてきたのだ。
掃除は慣れたものだ。
まかせておけと頑張って掃除した。
正一もしぶしぶと障子の張り替えとやらをやっている。
ハナはハタキとやらでほこりを落とし、ゴミをはき出したりしている。
この部屋に物は少ないので俺の掃除はすぐに終わった。
その後は正一の手助けをしたり、ハナの目を盗んで休んだりしている内に今年最後の日は暮れていった。
夕食はトシコシソバというものを食べた。
「年越しそばを食べるとな、長生きできて金持ちになれると言われている。
縁起物だ、縁起物」
正一が説明してくれるが、エンギモノが今一つよく分からない。
それはおいといて、ツユアツでは麺が主食だったので、このソバは食べやすくて美味しい。
米は米で美味しいが、やっぱり麺の方が口にあってるし懐かしい。
夕食の後一人になったが、もうすぐ新年だという実感が湧かない。
ツユアツでは春に年が新しくなるのに、この国では冬至から一週間と少しで年が終わるのだ。
だけどもうこの国の風習に慣れるしかない。
来年には家へ帰る方法に一歩でも近づきたいものだ。
翌朝、正一とハナはいつもと違って上等な服に着飾ってやってきた。
「ユシウ、あけましておめでとう」
「あけましておめでとうございます」
「アケマシテオメデトウ?」
多分新年の挨拶なのだろう。
なぜかハナは朝食ではなく服らしきものを手に持っている。
「せっかくですからユシウさんも着替えてください。
兄のお古で悪いのですが、背の高さは同じくらいなので、そのまま着られると思います」
と、この国の服を差し出してきた。
俺が正一に手伝ってもらい慣れない服に着替えたら、ハナが料理を運んできた。
「おせち料理ですよ」
今まで見たことない料理だ。たくさんの種類の食べ物が箱の中に詰め込まれている。
色もきれいで豪華な感じがする。
「日本ではな、正月にはお節と雑煮を食べ、お屠蘇を飲むんだ」
正一が小さな器にオトソとやらを注いでくれた。
「正月用の酒みたいなものだ。グイッといけ」
少し変わった匂いがするので恐る恐る飲んでみた。
「んっ?」
甘いような苦いような不思議な味のする酒だ。
思わず顔をしかめてしまった。
「はっはっはっ、俺もあんまりうまいとは思わんが、まあ縁起物だ。
飲め、飲め」
「初めての人には難しいかと思ってお砂糖を入れたんですが駄目ですか」
ハナが心配そうに聞いてくる。
「ダイジョウブ、ダイジョウブ」
師匠があまり酒を飲まない人だったので、俺もあまり飲むほうではない。
でも、普通に飲めるし、嫌いじゃない。
残りを一気に飲み干した。
「ユシウさん、どうぞ、お雑煮です」
ハナがお椀を渡してくれた。
汁の中に白い塊と野菜などが入っている。
「中に入っているのはモチだ。
喉に詰まらせんように気を付けろよ」
そのモチとやらは、やたら伸びる食べ物で驚いた。
こんなものは見たことがない。
本当にこの国は変わった食べ物が多いと感心してしまう。
お屠蘇を飲んで口の軽くなった正一はお節に関するうんちくが長い。
この国は食べ物にまで色々こじつけるのだと不思議に思う。
俺としては美味しいものが食べられたら、それで良い。
正一の話を聞き流しながら、お節を堪能させてもらった。
お節を食べた俺達は初詣へ行くことになった。
この世界へ来て初めての外出だ。
近くの宇佐神宮へ初詣に行くのだ。
家の外へ出ると、ちらほらと人を見かける。
正一の家族と例の老人二人以外の人を見るのは初めてだ。
みな綺麗な服を着ている。
正一によると、まだ朝早いので人が少ないそうだ。
これからどんどん人が増えるらしい。
その人々をツユアツの人と比べると服以外かなり似ていると思う。
背の高さはそれほど変わらないし、顔付きも同じような感じだ。
違いとしたら日本の人の方が少し色が黒いかなと思う。
それで日本の服を着た俺は日本人と思われてるようで人に変な目で見られることなく初詣している。
途中で最初に俺が倒れていた場所も見せてもらった。
「ここからユシウを大八車に乗せて運んだんだ。
通りすがりの人に見られて恥ずかしかったんだぞ」
「最初は誰か死んでるのかと思い怖かったです」
正一とハナはおかしそうだ。
良く覚えてないが最初に気が付いたのは、こんな感じの場所だった気がする。
俺が飛ばされたのがなぜここなのか。
意味が有るのか、偶然なのか、さっぱり分からない。
「境内の中だから危ない目に合わなかったんだろうが、これが外だったら身ぐるみはがされてたかもしれんぞ」
と正一が笑う。
その後も道を歩き、とある建物の前に着いた。
「これが本殿だ。
神様がまつってある。
ここのお参りの作法は、二拝四拍一拝と言ってな、二回お辞儀をして四回手を叩いて最後にまた一回お辞儀をする。
俺が先にするから、同じようにやってみろ」
正一がやるのをみながら、なんて奇妙な習わしなんだと思った。
この国の神さまにお願いするなら、そのやり方に従おうと真似してやってみた。
ついでに、早く家へ帰れますようにとお願いしておいた。
こんな感じでこの国初めての正月が終わった。
俺は正月の夜もこの国の言葉を勉強する。
毎日夕食の後はランプの明かりの元、一人で辞書を作っている。
この国の言葉とツユアツの言葉の対比表だ。
他にやる事が無いというのもあるが少しでも早くこの国の言葉を覚えたいからだ。
二週間も一日中正一と話していたので、少しずつこの国の言葉を覚えてきた。
それでも、まだまだだ言いたいことの一割も伝えられない。
否が応でもしばらくはこの国で過ごすしかないのだ。
俺は言葉を覚えることを今年の目標として気持ちを新たにした。
次回更新は明日2/11(木)19時予約投稿の予定です。