<第七章 質問>
今後の見通しが立たないまま朝が来た。
昨日と同じくらいの時間にハナがやって来た。
「おはようございます。
この部屋には慣れましたか。
何か不自由はありませんか」
ハナがてきぱきと朝食の準備をしながら話し掛けてくる。
元気の無い俺を気遣ってのことだろう。
優しい心根の持ち主だと思う。
「昨日と同じようなものでごめんなさい。
嫌いなものがあったら、おっしゃってくださいね。
それと、今晩は何にしましょう。
何か食べたいものはないですか。
えっと、鳥はどうでしょう。
お好きですか」
俺は大きくうなずいた。
考えてみると、この家に来てからまだ一度も肉を食べていない。
食べ物に少し物足りなさを感じていたところだ。
「それは良かった。
昼の間に用意しておきますね」
とハナが笑みを浮かべて言った。
どんな鳥料理が出るかと想像を楽しんでいると、昨日と同じように朝食の後すぐに正一がやって来た。
「ユシウさん。ちょっとお話があるのですが」
真面目な顔をしているけど、困ったような気まずいような雰囲気を出している。
言いたくないけど、言わないといけない。
まるで、俺が師匠へ失敗の報告をするときみたいだ。
こんな時、読心の魔法が使えれば便利なのだけど、知らないから仕方が無い。
「ユシウさんは、今すぐどこかへ行く当ては無いんですよね」
俺はうなずくしかなかった。
これからどうすれば良いか、全く見当が付かない。
とりあえず食べ物と寝る所を確保しないと、たちまち今日から浮浪者になってしまう。
「ユシウさんさえ良ければ、しばらくこの家で過ごしませんか」
正一が俺の目を見つめてくる。
「お金のことは心配しないでください。
昨日来た年寄り二人が出してくれることになっています。
たいしたおもてなしはできませんが、食事の支度は六人も七人も同じようなものですから。
それにこの辺りでは困った参拝客を助けるのは普通のことなんです」
俺がすぐに返事をできないでいると、正一の口調が申し訳なさそうな感じに変わった。
「その代わりという訳ではないんですが、ユシウさんのこと、ツユアツの国のことを色々教えて欲しいんです。
魔術なんてこの国には無いものですから、昨日の二人がとても興味をもって……、詳しく教えてもらえとなりまして……。
これからどうするかが決まるまでで良いんです。
それまで、この家で過ごされてはどうでしょうか。
それで、そのお暇な時間にお国のことなど教えてもらえばと……」
正一は昨日の二人に言わされてるんだろう。
そう考えながら俺はうなずいた。
考えても正一の言うとおりにするしかないし、俺にとってもありがたい話だ。
泊めてもらった恩もある。
ここを出て別の人を頼るとしても、その人が正一より良い人だとは限らない。
それほど話したわけではないが、正一は悪い人間には見えない。
「いいんですか。それは良かった。
何か困ったこと、ご入用の物があればハナに申し付けてください。
呼べばすぐに来るはずです。
私はちょっと昨日の二人に話してきますので失礼します」
そうして正一はそそくさと出て行った。
断っていたらどうなったかな、なんて想像をしながら待っているとしばらくして正一が戻ってきた。
「それでは、さっそくなんですが、お話を聞かせてください」
ということで色々聞かれることとなった。
今までみたいに単に質問と回答を繰り返していては少しもはかどらないので、まず簡単な言葉を教えてもらった。
はい、いいえ、難しい、多い、少ない、ある、ない……。
ついでに、会話もいくつか習った。
ありがとう、すみません、好き、嫌い、いる、いらない……。
これで少しは話が進むだろう。
正一は何か書かれた紙を取りだし質問してきた。
質問することをまとめているようだ。
「まずはツユアツの場所を教えてもらえますか」
と、正一は世界地図を広げた。
そう言われてもこの地図には無いのだから答えられない。
「無い」
そう言って、地図をどける。
「どういうことですか?
この地図には載ってないということですか。
地図に無い国なんでしょうか」
どう言えば、分かってもらえるだろうか。
世界はいくつも有って、それが同時に存在しているなんて難しいことは説明できない。
悩んだ末俺は紙に星を描いた。
大きめの太陽と水星、金星、地球、火星、月。
月まで描いたところで正一は気が付いた。
「分かりました。これが地球ですね」
俺は大きくうなずいて、もう一つ太陽から月までを描いた。
そして片方の地球から、もう片方の地球まで線を引いた。
「えっ!
ということは、別の星から来たということですか。
どうやって?
なぜ?
何のため?」
正一が早口でしゃべりだしたのを落ち着かせて、部屋の端から端まで転移して見せる。
「あぁ、その魔術で飛んできたということですね。
で、何が目的で? なぜ、あんなところで倒れていたんですか? 元の所へは戻れないんですか――」
また正一が続けてしゃべるのを手で制する。
「ムズカシイ」
「なるほど、説明するのが難しいということですか……」
俺の一言に正一は落ち着いたようだ。
正一はけっこう興奮しやすい性質みたいだ。
「せかしてしまって、すみません。
突拍子もない話で、あまりに驚いてしまって。
分かりました。
時間はあるので、ゆっくりやりましょう」
そうして俺は少しずつ説明をし、言葉を覚えていった。
その夜の食事は鳥と野菜を鍋で煮たものだった。
ハナに正一がくっ付いてきている。
「私もご相伴させてもらってもよいですか」
「はい」
「ユシウさんとできるだけお話しして色々知りたいと思いまして。
というのは口実で、この鳥鍋があまりに美味しそうなんでね。
私も食べたいなぁと」
「兄さんたら、もう」
ハナが苦笑いしている。
それで正一も一緒に食べることになった。
ハナも介添えで居るので三人だ。
酒も少し出た。
正一は思ったよりも愉快な男で、飲むとさらに陽気になる。
笑いながらの食事は本当に楽しいと、俺は心の底から思った。
こんなに楽しい食事は何年振りだろう。
まだ子供の頃実の親と住んでいた時以来だろうか。
この夜から夕食は毎日正一と一緒に食べるようになった。
次回更新は明日2/10(水)19時予約投稿の予定です。