<第五章 異世界>
思っていた以上に俺は大変な事態に巻き込まれていた。
どうやら、俺は異世界へ来てしまったらしい。
女の兄と話して、だんだん現状が分かってきたのだ。
俺がカユを食べ終わる頃、女は一人の男を連れて戻ってきた。
彼女の兄だろうか。彼女より年上に見える。
背は俺と同じくらいで短い髪に、女と同様見慣れない服を着ている。
そこそこ男前で、しっかり者という感じだ。
女もそうだが、この男も少し色が黒い。
農夫かもしれない。
男はおびえる女をなだめながら、小皿に乗せたウメボシを差し出した。
「さっきやったのをもう一度やってもらえますか」
俺はお安い御用でウメボシへ抽出魔法を掛けた。
さっきは魔法が強すぎたので抑えめでやった。
ウメボシがかすかに光る。
そして、小皿の上でウメボシの横に塩の粒ができた。
男は塩の粒を舐める。
「塩だ」
次に塩抜きのウメボシをかじる。
「辛くない……」
男はとても驚いた顔をしている。
「これはキジュツですか」
キジュツが何か分からないので、俺は首をかしげた。
「まさか、魔術とか」
俺はうなずいた。
男は呆然としている。
ここは、とんでもない田舎で魔法を見たことがないのだ。
「他にも何かできますか」
助けてくれたお礼代わりに俺は魔法を披露する。
体が本調子ではないので簡単で楽な魔法だけだ。
木の匙を浮かせてみたり、動かしてみせた。
なぜか、ここは魔法の効きが良いみたいで少しの力で魔法を使える。
二人はぽかんとした顔でそれを見ていた。
「もう、信じるしかないですね」
しばらくして、男がようやく口を開いた。
「詳しい話を聞かせてもらえますか」
俺はうなずく。
「あなたのお名前は」
「ユシウ」
「油種?」
俺は首を振る。
「ユ、シ、ウ」
「ああ、ユシウさんですか。変わったお名前ですね。
やはり外国の方なんですね」
俺は相手の名前を知らないことに気付いて、身振りで男の名前を聞いた。
「失礼しました。
私の名前は宮鳴正一、こいつは妹のハナです。
それで、ユシウさんはどこの国から来られましたか」
「ツユアツ」
「聞いたことの無い国ですね。
おいハナ、どこかで世界地図を借りてこい」
ハナは立ち上がり部屋から出て行った。
ハナが居ない間、俺は兄から質問責めにあっていた。
「あなたの国では誰でも魔術が使えるのですか」
俺は首を振る。
「あなたは、どうして、あんなところで寝ていたのですか」
それは、身振りで答えるには難しすぎる質問だ。
困った顔をするしかない。
他にも、ここまでどうやってきたのか、なにをしにきたのか、どこへ行きたいのか、一人で来たのか、ニホンに知り合いは居ないのか……。
大半は説明が難しくて答えられなかった。
逆に俺からも身振り手振りで質問した。
ここがどこなのかどうしても知りたい。
「ここは日本の宇佐というところです。
大きな神宮があって有名なんです。
この家はその参道沿いで参拝客相手の商売をしています」
正一の説明に俺が混乱していたらハナが地図を持って帰ってきた。
正一が地図を開いて一点を指差して言った。
「ここが宇佐です」
それは俺が知っているツユアツがある島とは似ているが違う島を指していた。
そして、その形は俺が知っている世界の島とはどれも違っていた。
他国の地図で公開されていないものもあるので絶対とは言えないが、こんな形は見たことがない。
その時、俺は恐ろしい考えを思い付いた。
ひょっとして俺は異世界に来てしまったのか。
そう考えると色々辻褄が合う。
魔法を見たことがない人。
知らない言葉、部屋、服装、食べ物。
微妙に違う島の形。
そして万物総量不変の法則――。
万物総量不変の法則。
それは魔法の大原則だ。
魔法の前後で物の重さは変わらないという考え。
無から有は作れないとも言う。
魔法を使ってもその前後で物の総量は変わらない。ただ地力と術者の体力が減るという考えだ。
魔法を使っても物が増えることはないし、魔法を使えば疲れて腹が減る。
術者の能力や体力以上の魔法は使えない。
師匠がやった異世界との連絡魔法が実は成功していて異世界のものが家へ運ばれた。
二つの世界の間で法則が発動して代わりのものが異世界へ飛ばされた。
それが俺なのかもしれない。
そう考えると納得できる。
まだ仮説にすぎないが、否定するものが無いし、一番説明がつく。
他には元の世界に俺が知らない国があって、そこへ飛ばされたというのも考えられる。
だが、可能性は低いと思う。
空間魔法のおかげで世界のほとんどが探検され尽くしている。
地図もかなり正確なものが作られている。
未知の土地などほとんど残っていないのだ。
いずれにしろ、俺の体力が戻り空間魔法を試したらはっきりする。
俺が今、元の世界に居るのであれば空間魔法で家に帰れるはずだ。
それまでの辛抱だ。
俺が考え込んでいると、正一が話し掛けてきた。
「お困りでしたら、今日はうちに泊まっていかれませんか。
幸い今は季節外れでお客さんが少ないんです」
そして、行く当てもない俺はしばらくこの家の世話になることになった。
この家は正一とハナの他にその両親と祖母、弟の六人が住んでいるそうだ。
残りの四人は夕方あいさつに来た。
四人とも純朴で人の良さそうな田舎の人間という感じだ。
俺のことが怖いのか、一言二言話すとすぐに部屋を出て行ってしまった。
夕食の後、俺は一人で考え込んだ。
俺はどうなってしまったのだろう。
これからどうなるのだろう。
いくら考えても答えは分からない。
一人暗い部屋の中で不安に押しつぶされながら悩んでいたら、疲れからかいつの間にか眠ってしまっていた。
予約投稿するつもりだったのに間違えて普通に投稿してしまいました。
削除するのもなんなので、このままにしておきます。
第六章の投稿を本日2/8(月)19時に行います。