<第四八章 動乱 後編>
彼らがどこに集まるか、ギリギリまで分からない。
彼らが集会を始めたら警察から電話がかかってくる手はずになっている。
俺は日常生活をおくりながら、その連絡を待つ。
首謀者児玉の休みは調べてあるが、それ以外の日も一応家で待機している。
連絡が来たら俺はすぐに車で向かう。運転は次郎だ。
次郎には警察関係の仕事だということだけ伝えてある。
一回目は失敗した。
俺が到着した時にはすでに集会が終わった後だった。
児玉他を監視している者が警視庁へ連絡し、警視庁から外務省、外務省から俺の家へ連絡が入る。
今回は監視場所の近くに電話が無くて連絡が遅れたのだ。
それに、俺の家は秘密ということになっていて連絡に外務省を経由するので余計に時間がかかったのが原因だ。
報告のために一応警視庁へ行くと、
「今回は残念だった。
奴らは毎回場所を変えてるから、こればっかりは運次第。
次に期待しよう」
一週間後、俺と次郎は警視庁で待機していた。
帝都のはずれにある俺達の家で待つより中心にある警視庁で待ったほうが連絡が来てから現地に行く時間が短縮できる。
それに連絡後すぐに動ける。
そこで一時間以上待っていたら最初の連絡が入った。
児玉とは別の男を監視していた刑事から、男が料亭へ入ったというのだ。
恐らくそこが今日の会場だろうと俺と次郎は車で急行した。
運が良いことに今日は児玉が遅れたせいで始まりが遅れたみたいで、俺が到着した時は乾杯の直後だった。
俺達二人が来ることを聞いていた現地の刑事が教えてくれた。
「それでは私は中を探ってきます。
何かありましたら、すぐに戻ってきます」
そう言って俺は料亭の中へ向かった。
入口から堂々と入るのはまずいので、いったん料亭の裏へ回る。
中庭へ探査魔法を掛けて探っても人の気配はない。
塀は高くよじ登れそうにない。
そこで飛び上がらないように気を付けて自分自身に軽く浮遊魔法を掛ける。
そして地面を蹴り塀を飛び越えた。
ふわりと地面に降り立つ時、音はほとんどしなかった。
誰にも気づかれなかっただろう。
抜き足差し足で一番人が多く集まっている部屋を目指す。
それはすぐに見つかった。
庭に面した一番奥の部屋だ。
中には十人以上の人間が集まっている。
集会が始まってすでに一時間近くたっていて、多少の酒が入っているみたいで声が大きい。
この全員に隠密魔法を掛けるのは骨だ。
しばらく部屋の外から会話を聞くことにした。
寒いことは寒いが我慢できないほどじゃない。
「議員は選挙で選ばれた人間だ。その議員をないがしろにすることは法治国家として許されんだろう」
「だが、その選挙制度自体が間違っている。
金を持っている人間しか選挙に当選しない。
だから選挙制度自体を変え、金が無くとも志と能力さえ高ければ当選するように変える」
「具体的には」
「選挙費用を全額国が負担するようにすれば良い。
そうすれば誰でも立候補でき人物で投票できる」
「それだと、有象無象が我も我もと立候補して収拾付かなくなるのではないか」
「そうならないために、最低必要得票数を設定し、それ以下ならば費用を本人に負担させる。
それか、立候補に他薦を取り入れ住民の何割かの推薦が無ければ立候補できないようにする」
「他薦はしがらみの多い田舎では無理だろうな」
「これはあくまでも現時点での草案だ。
政権取得後に全国から意見を募集すれば良い。
何よりも大切なことは政権を握ること。
そして、この国の進むべき方向を国民に示すことだ。
その後、選挙を行い国民に我々の信を問う。
その結果否定されるならば潔く身を引こうではないか」
「そうだ、その通り」
話を聞いていると納得できる部分もある。
複雑な気持ちだ。
だが、肝心な反乱の話は一向に出てこない。
そして、酒が進み宴は馬鹿騒ぎになっていく。
こうなれば、もう真面目な話は出ないだろう。
お開きになる前に俺は引き上げることにした。
俺が車に戻ると物陰に潜んでいた刑事が近づいてきた。
「どうでしたか」
「駄目です。
自分達の主張を論じ合うだけで肝心の話は一向に出てこない。
証拠どころか、収穫は全くありません」
「そうですか。
そろそろ奴らもお開きにするでしょう。
我々は監視の物を残して引き揚げます」
そう言って刑事はまた物陰へ消えていった。
俺と次郎は報告のため、いったん警視庁へ戻った。
例の二人へ今回のことを報告すると、
「気にしないほうがよい。
証拠が無いということは、まだ計画途中であり反乱は遠いということだ。
反乱は無いに越したことはない」
一人がそう言ったが内心は違うだろう。
軍の反乱を警察の手で押さえて、軍の権威や人気を失墜させたいのだろう。
その悪巧みに手を貸すのは気が引けるが、反乱が成功するのはもっと駄目だ。
「おそらく次が年内最後の集会になるだろう。
忘年会を兼ねるだろうから出席者も多いはずだ。
過去の出席者のほとんどが申し合わせたように同じ日が休みになっている。
となると酒も進み口も軽くなるというものだ」
「来週まで待とう。次回もよろしく頼む」
俺はもう一回やらないといけないと失意に包まれたまま家へ帰った。
その翌週俺はまた警視庁で待機していた。
今度こそは決めてやると警察は本気になっていた。
帝都内の複数の警察署にトラックに乗せた警官を待機させている。
これで彼らがどこに集まろうと、すぐに急行できる。
待機を始めて三十分少々たった頃、連絡が入り始めた。
複数の海軍士官が向島の同じ料亭へ入っていったというのだ。
「今日の場所はここで間違いないだろう。すぐに向かってくれ」
「分かりました。行ってきます」
俺と次郎はすぐに現地へ向かった。
料亭街の近くで車を止めると、すぐに一人の男が近づいてきた。
現場責任者らしい。
「ご苦労様です。
奴らは続々と集まっています。
すでに前回の人数を超えています。
児玉も先ほど中に入りました」
「分かりました。案内してください」
「どうぞ、こちらです」
俺と刑事は歩きながらその料亭の前を通り過ぎた。
前回よりも威厳があって高そうな店だ。
「奴ら今年最後だからと張り込んだみたいですな。
貧乏士官の癖にどこから金を引っ張っているのか」
こんな料亭に一生縁のなさそうな刑事が毒づく。
「では、行ってきます。
さっきの車の辺りで待っていてください」
そして俺は一人料亭へ侵入した。
やり方は前回と同じで難なく中庭へ潜り込んだ。
部屋もすぐに分かる。
二十人近くの人間が集まっているのは一か所しかない。
俺は見つからない程度に近くへ寄り、聴覚の感度を上げる。
今夜は密談をするためか酒はほとんど飲んでないみたいだ。
皆、普通の声で討論している。
今日は何か証拠の一つくらいはつかめそうな雰囲気だ。
俺は急ぎ一度戻って責任者へ伝える。
「今日は何かありそうです。
いつでも突入できるように近くで待機しておいてください。
合図は光です。
室内が突然光ります。
同時に彼らが騒ぎ出すと思いますので、それを合図に突入してください。
突入中止の場合は、また戻ってきます」
「分かりました。ご無事で」
「はい」
刑事の険しい顔が一瞬だけ緩んだ気がした。
俺は再び料亭へ侵入し、男達の部屋へ近づく。
障子が閉められていて中の様子は全く見えない。
声と音だけで判断するしかない。
耳に神経を集中する。
「児玉、藤田の命日は過ぎたんだぞ。
計画は進んでいるのか」
「縁起でもないことを言うな。まだ死んだと決まっていない」
「ああ、そうだね、すまん。俺が悪かった。
それで計画は」
俺はちょうど核心部分の話に間に合ったみたいだ。
懐から数枚の紙を取り出したのであろう音がした。
「これが進行表だ。
こちらが部隊編成になる。
名前は符丁にしてあるが貴様らなら分かるだろう」
別の男へ渡す気配がした。
紙は男達の間を順に回されているようだ。
これは反乱の証拠といっても良いだろう。
結局黒幕の正体は分からなかったが仕方が無い。
存在しないかもしれないし、児玉以外は知らないことも考えられる。
あとは警察の取り調べに任そう。
嫌な仕事はこれで終わりにしたい。
俺は決着を付けることにした。
紙が回され庭側の男の所まできたようだ。
俺は用心のため黒眼鏡を掛ける。
そして光明の魔法を練る。
しばらく目が使えないように多めに地力を集める。
最悪彼らの目に障害が残るかもしれない。
仕方が無い。死ぬよりマシだろう。
そして折を見て魔法を発動した。
その瞬間、部屋中が光で溢れた。
強い光は障子を通して庭まで広がっている。
「おおおおおおおぉ、目がぁ、目がぁぁぁ」
「なんだ、見えん、見えんぞぉーーーー」
「何が起きたー」
部屋の中で怒号が飛び交う。
俺は混乱に乗じて魔法で部屋の側へ転移、障子を開け室内に入った。
そこでは男達が目を押さえもがいている。
辺りを探すと数枚の紙が落ちている。
ちらっと目を通すと時間や場所などが書いてあった。
証拠に違いない。じっくり眺めている暇はない。
男達が正気に戻るかもしれないし、警察が踏み込んでくるかもしれない。
料亭の外で大勢の人が動く気配がした。
その瞬間、俺は紙を掴み転移で庭の片隅の暗がりへ飛んだ。
すぐに料亭へ人が流れ込んでいく。
警察は駆け足で男達の部屋へ向かい、そのまま中へなだれ込んだ。
「全員動くな。警察だ。
内乱陰謀の現行犯で逮捕する」
「なんだ、なぜ警察が」
「暴れるな、大人しくしろ」
部屋はに先ほど以上の怒号が溢れる。
さらに庭からも大勢の人間が室内へ入っていく。
俺はそれを確認してから料亭を抜け出した。
それから次郎の運転で警視庁へ向かう。
直接転移する手もあるが魔法はなるべく見せたくない。
あの二人が俺のことをどこまで知っているか分からないが、知らないならわざわざ教える必要はない。
警視庁では二人が今や遅しと俺を待っていた。
おそらく突入の第一報は聞いているのだろう。
「ご苦労、首尾はどうだ」
「終わりました。
多分、けが人はいないと思います」
俺は証拠の紙を手渡した。
「おお、これか」
二人は食い入るように紙を見る。
「これは……。
やつらはこんな具体的な計画まで立てていたのか。
これなら十分証拠として使える。
ご苦労だった。
これは現場で押収したことにさせてもらう。
それで、言わずとも分かっていると思うがこのことは――」
「もちろん私は何も見ていませんし、何も聞いていません。
今日は夕食の後、ずっと家に居ました」
「ああ、そうだ。そうしてくれ。
礼はいずれ落ち着いてからさせてもらう」
「礼には及びません。
これが私の仕事ですから」
「そうか、分かった。
たった今から君のことは忘れることにする。
しばらくは日本中が大騒ぎになるだろう。
私達も忙しくなる。
料亭に居なかった同調者も捕まえねばならん。
やることは山積みだ。
今日は帰ってゆっくり休んでくれ。
本当にご苦労だった」
俺は黙って一礼し部屋を後にした。
車に乗り込むと次郎が話し掛けてきた。
「疲れたか」
「少し」
その後家に帰りつくまで二人の間に会話は無かった。
自宅には正一と教授が居た。
「終わったか」
「終わりました」
「そうか。問題は」
「特に」
「ご苦労だった。詳しい話は明日にでも聞こう。
今日は疲れただろう。
風呂に入って休みたまえ。
正一君、風呂の用意はできているのか」
「はい、できています」
「よろしい。では、私はこれで失礼するよ」
「送りましょうか」
「いや、結構、外に車を待たせてある。
そうそう、大事な用事を忘れていた。
義雄君、例の件の調査報告だ。
では」
そう言って教授は俺に封筒を渡すと帰っていった。
「ご苦労様だったな」
正一は事情を知らないはずだが、俺の様子を見て声を掛けくれた。
「風呂に入って寝ます」
「ああ、そうしろ、そうしろ。火の始末は俺がしといてやる。
風呂からあがったらすぐに寝るといい」
「そうさせてもらいます」
体は何ともないが、精神的に疲れていた。
やりきれない思いでいっぱいだ。
それでも湯につかっていると、荒立っていた心が少しずつ静まってきた。
彼らはこれからどうなるのだろう。
国のためを思い行動した彼ら。
私利私欲が全くないといえば嘘だろうが、国や国民のことを真剣に考えていたのは事実だ。
ツユアツなら間違いなく死刑になる。家族までつかまる。
この国でそこまではいかないかもしれないが、軽い罪ではないだろう。
俺にできることはない。
この国がもっと豊かになって、これ以上反乱が起きないことを祈るだけだ。
翌日俺は教授から受け取った資料に目を通した。
藤田が失踪したのは昭和四年十二月十六日。
俺がこの世界に来たのは昭和四年十二月。
正確な日付は覚えていないが、年末まで二週間くらいだったと思う。
普通に考えて偶然の一致ではない。
教授は俺がこの世界へ来た正確な日を知っているはずだ。
そして気付いただろう。俺の転移と関係あることを。
万物総量不変の法則。
二つの世界の間でこの法則が成り立つとすると、俺がこの世界へ来たということは、その代わりの何かがツユアツへ行ったことになる。
おそらく俺と反対に彼が飛ばされたのだろう。
海軍の青年士官がツユアツへ行って何ができるのか分からない。
顔も知らない男だが、彼が師匠の役に立つ事を祈るしかない。
せっかく教授の借りを返したと思ったのに、また新たに借りを作ってしまった。
この借りを返すためにまた何かしないといけない。
そう思うとさらに気分が落ち込んでしまった。
その日、事件のことが政府から発表された。
俺は昼のラジオニュースでそれを知った。
正一によると街中では号外が出たらしい。
翌々日には新聞一面に載った。
正一に他の新聞も買ってきてもらったが各紙とも海軍非難一色だ。
この結果を喜んでいる人間も国内に居るだろう。
それが真の黒幕ではないことを祈りたい。
昨日から祈ってばかりだと、ふと気づいた。
あと数日で正月だ。
初詣ではこの国の神さまに色々お願いすることがあるなと俺は思った。
次回更新は次の土日になると思います。




