表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/50

<第四四章 呼び出し>

 大統領の打合せ潜入の翌日は全ての予定が中止になり、毅から根掘り葉掘りと話を聞かれた。

 そこまで詳しく聞かれても、たかが十分少々の会話だ。

 そんなに説明することはない。

 それに、『この発言はだれだ』、『こっちは誰だ』ととてもしつこい。

 素人の俺にそんなこと言われてもはっきり覚えていない。

 だいたい初めて見る外国人の会話で誰の声とかとっさに判断できるわけがない。

 俺は記録するのに必死だったのだ。


 翌日からはまた普段の忙しい毎日が始まった。

 半月以上潜入を繰り返していたので、仕事が溜まりに溜まっている。

 やってもやっても次の仕事が残っていて持ち越しになる。

 潜入前の状態に戻るのはしばらく先になるだろう。

 そんな中でも良いことはある。

 ハナが退院してきた。


「長い間留守にしてすみませんでした」


 ハナは迎えに行った正一の車から降りると、迎えに出ていた俺達を見て、深々と頭を下げた。

 再び頭をあげたハナは入院前よりも、ふっくらしている気がする。


「何を言ってるんだ。

 悪いのは撃った奴だ。

 もっというと、旅行に誘った教授や俺だ」

「そうだ、そうだ。ハナは何も悪くない」


 正一も話を合わせてくる。


「そうですね。

 でも、長い間家を空けたことには変わりません。

 きっと家の中は大変なことになってるんでしょう。

 さあ、片付けましょうか」

「ハナ、いきなり無理したら駄目だ。

 正一にやらせればいい」

「俺達だけでもけっこう頑張ったんだぞ」と正一。

「私も手伝いました」と次郎。


 ハナは俺達の言葉を聞き流して、家の中へ入っていく。


「やっぱり……。

 さて、どこから手を付けましょうか」


 ハナが腕まくりをしている。

 やる気満々のようだ。

 俺達の家事ではハナは満足できないみたいだ。

 でも、すっかり元気になったみたいで俺達男三人はホッとしたのだった。



 ハナが戻りようやく俺の生活に平安が戻った。

 ハナが作ったご飯を食べて、仕事をして、勉強をして、魔法の研究をする。

 ただし、休日の外出は控えることとなった。

 また、襲われるかもしれないからだ。

 ただ、大人の休日だけは止められない。

 これは三人の男で話し合って決めたことだ。


「多少危険でも男にはやらねばならない時がある」

「そうだな」

「そうです」


 正一の珍しく良い言葉に次郎と俺は同意したのだ。



 九月のある日、俺は外務省へ呼び出された。

 打合せがあるというのだ。

 毎日転移で通っているが、車で行くのは珍しい。

 数えるくらいしか覚えが無い。

 そして建物に着くと俺は一室へ通された。

 机と椅子があるだけの簡素な部屋だ。

 何の打合せだろうと思っていると、毅が入ってきた。

 そして、そのすぐ後には教授が入ってきた。

 教授に会うのはあの事件以来だから、二か月ぶりになる。


「義雄君、元気そうだな」

「教授もお元気そうで」


 教授は前に会ったときより精気に満ちている。

 太っているのではないが、生き生きとした感じがする。


「今日、義雄君に来てもらった理由なんだが」

「なんでしょう」

「良い話と、悪い話と、聞いてもらいたい話と、お願いがあるのだ。

 それで教授にも関係することなので御足労願った」

「私のことは気にする必要は無い。

 どんどん話を進めてくれたまえ」

「そうさせて頂きますよ。

 では、義雄君どの話から始めようか」


 呼び出された時点で何かあるとは思っていたが、今日は内容盛りだくさんのようだ。

 俺も毎回いいように操られるのは好きじゃない。

 警戒しながら話を聞こう。


「とりあえず、良い話から聞きます」


 これがたいしたことないことなら、後の話を聞かないで帰ってやる。


「良い話というのは、前にお願いされていた旅行の件だ。

 箱根か熱海にでも行ってもらおうと思うのだが、どうかな」

「箱根か熱海ですか」


 名前は聞いたことがあるが行ったことはない。


「何日間ですか」

「九日間だ」

「九日!」


 これまでで最長の休みだ。

 気分が盛り上がってきた。


「しかも、その間仕事は無し。

 毎朝の文書配達だけはやってもらうが、それ以外の仕事は一切入れない。

 北海道行きのときみたいに、どこかを視察することもない。

 完全な休みだ。

 土曜日に東京を出て、翌週の日曜までの九日間になる。

 ハナさんの湯治も兼ねているから短いと意味が無い。

 義雄君にも米国潜入で頑張ってもらったからな。

 そのご褒美だ」

「誰が行くんですか」

「君、ハナさん、宮鳴君、大川君、静子と私の六人だ。

 ただ私は仕事があるので最初の土日と最後の土日だけになる」

「えっ、教授は」

「ああ、私は遠慮しておくよ。

 仕事が忙しいし、またあんなことがあったら顔向けできないからな」

「松川教授は本当に仕事が忙しい。

 新しい部署の一年目だからな。

 そうそう休みは取れないさ。

 それと、今回の費用は全て教授が自分の懐から出してくれることになっている」

「自分は行かないのにですか」

「そのくらいはさせてもらうよ。

 ハナさんに怪我をさせてしまった罪滅ぼしだ。

 このくらいで償えるとは思わんが、私の気持ちだ受け取ってくれ」


 思っていたよりも良い話で驚いた。

 でも、ここで油断してはいけない。

 こんなに休みをくれるということは、その分何かがあるということだ。


「悪い話は」

「全く悪い話というわけではないが、義雄君は納得しないかもしれない」

「なんですか」

「君達一行が襲われた件で一応首謀者が分かった」

「誰なんですか」

「直接の首謀者であり計画したのは陸軍省の大佐だ。

 その他関与したものが軍に一名、民間に一名。実行犯を含めると全部で四名になる。

 実行犯は厳しい取り調べにすぐ根をあげて依頼者――民間人一名のことだ、のことをしゃべったが、そこから上をたどるのに時間がかかってしまった」

「そうですか。それは良かった。

 でも、『一応』というのに引っかかるんですが」

「実は、本当の黒幕は別にいる。陸軍の某将官だ」

「誰ですか」

「その名前を言うことはできない。

 言えば、きっと君は自分で始末を付けようとするだろう。

 それを防ぐ手を我々は持たない。

 だから話すわけにはいかない。

 でも、信じてくれ。

 その男は二度と教授や君達を狙うことはない」

「どうして言い切れるんですか」

「今回のことは異例なことだが天皇陛下のお耳にも入った。

 そして、陛下のお口からはっきりと御不快の念が発せられた。

 そのことを本人に伝わるようにした

 そうなった以上、その男にはもう大義も正義も無い」

「その将官とやらはどうなるんです」

「まずは左遷され、しばらくして予備役になり、退官する。

 全ての公式な職や肩書きから外され監視付きで自宅で蟄居することになる」


 そんなことで済ませてしまうのか。

 裁判で正式に裁くのかと思ったが、それだと俺の存在が問題になる。

 内々で済ませるしかないのか。


「他の関係者は?」

「首謀者とその部下には退官してもらった。

 その後首謀者の大佐は自決。

 その部下は陸軍の機密費の不正使用の罪で軍刑務所で長きにわたり服役することになる。

 実行犯と彼に依頼した民間人の男は一生を病院で過ごすことになる。

 二度と君らの前に現れることはない」


 とりあえず同じ人間から命を狙われることは無さそうで一安心だ。


「君は納得できないかもしれないが、どうかこれで矛を収めて欲しい。

 それに私が言うべきことではないかもしれんが、ハナさんはこれ以上のことを望んでいないと思う」


 俺はしばしの間、一人で考え込んだ。

 俺自身の考えだと、人を殺そうとした人間は殺されて当然だ。

 あの時も俺が怪我をしたり死ぬ可能性だってあった。

 だが、ハナならどう考えるだろう。

 多分、自分のために特別なことをしてもらうことを喜ばない。

 普通に裁かれることを望むだろう。

 この辺が落とし所なのか。


「次は無いですよ。

 もし、万が一同じようなことがあったら、俺は遠慮しません」

「ああ、分かった。心にとめておこう。

 この話はこれで終わりだ。次の話何だが――」

「説明したいこととは何ですか」

「それは話すと長くなるので、先にお願いのほうを聞いてほしい」

「はい、それで」


 俺としてはそれを一番聞きたくない。

 声に嫌な思いが混ざってしまったかもしれない。


「義雄君に外国語の勉強をして欲しいのだ」

「えっ、外国語ですか。また、なんで」


 完全に想定外の話だ。

 新しい任務というか仕事の話だと思っていた。


「義雄君の魔法では会話は理解できても、文字は読めないのだろう」

「はい。

 正確に言うと、『俺には使えない』です。

 外国語の文字を読む魔法もあるにはあります。

 これも正確に言うと、『外国語を読んでいる人の思考を読み取る』ですが」

「いずれにしろ現状は読めないわけだ。

 この前の米国潜入でもし英語が読めたら、もっと多くの情報を取れたと思う。

 今後、外国の情報がどうしても欲しくなることもあるだろう。

 その時のために外国語を覚えて欲しいのだ」

「外国といっても、どこですか」

「まずは英語、できればロシア語と中国語もだ」

「いいですよ」

「本当か」


 毅が体を乗り出してきた。


「ただし、外国語の勉強時間分、仕事を減らしてもらいます」

「それは…………。ううっ、し、仕事は今のままでは駄目か」

「それは駄目というより無理です。

 今でも自分の研究のための時間があまり取れないのに、これ以上自分の時間が減ったら何のために仕事をしているか分からなくなる。

 それなら山奥で人知れず一人で暮らした方が良い」

「給金を増やすのでは駄目か」

「お金をもらっても使うところが無いですからね」


 俺の返事に毅は残念そうだ。

 俺も毎回毎回いいように使われるだけではないのだ。


「今回は温籠さんの負けだな。

 相手の欲しい物を用意せんとは外交官らしくないじゃないか」


 教授が援軍を出してくれた。


「そう言われると面目無い。

 分かった。義雄君の納得する条件を考えておこう」


 毅があっさり引き下がってくれたので、少し拍子抜けした。

 いつもこうならありがたいのに。


「最後の説明したいこととは何ですか」

「今日はそのことが一番重要なのだ。

 松川教授に来てもらったのもそのためだ」

「だから何でしょう」

「我が国の基本方針についてだ」

「へっ?」


 いきなり毅が大上段で構えてきた。

 国の基本方針といわれてもピンと来ない。

 俺には関係ない。

 どうぞ偉い人達同士で話し合ってください、という感じだ。


「急な話で戸惑うことは分かる。

 だから、これから順を追って説明していこう」


 そして、毅の政治の話が始まった。


次回更新は未定ですが最低でも週に一回は更新しようと思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ