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<第四二章 ホワイトハウス 前編>

「それは無理です」


 大統領というと王様だ。

 しかも世界一の大国というアメリカだ。

 警備はかなり厳重だろう。

 満州で陸軍士官の密談に忍び込むのとはわけが違う。


「無理を承知で、そこを何とか義雄君の力でやって欲しいのだ。

 危険だと思ったらすぐに中止してもかまわない。

 やるだけやってくれんか」

「そんな急に言われても」

「いや、急にではないんだ。

 君達が北海道へ行く前から決まってはいたんだが、せっかくの休暇の前に仕事の話をするのも無粋だと、帰ってから話すことになっていた。

 それがあの事件のせいで今日まで延びたのだ」


 旅行の前から決まっていただと。

 ということは、あの旅はご褒美の前渡しみたいなものだったのか。

 今回の依頼を断りにくくするためだったのだ。

 さすが毅と教授だ。やることがずるがしこい。

 今回の依頼は二人が手を結んでいるに違いない。


「やりたくありません」

「そう言わずに、理由だけでも聞いてくれんか」

「理由くらいなら」

「では、背景から説明しよう。

 米国で八年前に施行された移民法で日系移民が狙い撃ちで制限されて以来、両国の関係は良好とは言えなかったが悪いというほどではなかった。

 それが今年になって、米国は様々な会議や交渉で我が国に対して高圧的、かつ強硬な態度を取るようになってきた。

 理由としてはいくつか考えられる。

 一つは米国の景気がいまだどん底であり回復の兆しが見えないため、国民の不満を外国へ向けようとしていること」

「なるほど」


 それは元の世界の歴史でもよくあったことだ。

 魔法大戦の前は特にそうだった。

 魔法の発達で戦争が大規模になり軍備に費用が掛かる。

 その費用のために民の暮らしが厳しくなる。

 不満をそらすために隣国を敵視し緊張関係になる。

 隣国も対抗措置を取るためさらに軍備を拡充するという悪循環に陥っていた。

 その緊張が頂点ではじけて世界規模の大戦争になったのだ。


「二つ目は大統領選挙が目前であること。

 現職大統領はこの不景気に効果的な対策を打てていない。

 この不景気にオリンピックをするなという声まである」


 ロサンゼルスでオリンピックをやっているのは知っている。

 日本選手団が連日新聞をにぎやかせている。


「選挙戦は現職が劣勢でこのままでは負けてしまうだろう。

 そのために日本に対して何らかの大きなことを仕掛けてくる可能性がある。

 十一月の投票日まであと三か月。

 残り時間から考えると今が最後の機会だ」

「そうですか」


 選挙のことまでは知らなかった。

 それは必死になるだろう。

 王様でいられるかどうかの瀬戸際なのだ。


「米国側の態度に対して日本側はかなりの配慮をしている。

 満州油田に関する件は中国との合意形成前に米国へ通知した。

 しかも米国だけへの通知だ。

 公表後は内容通り日本は順次利権を返却し兵も撤兵を開始している。

 米国企業の支那進出も黙認している。

 満州油田の開発にあたっては技術協力を米国の石油会社にも打診した。

 結局破談になりオランダの石油会社と契約することになってしまったが、これは仕方が無い。

 米国は契約料は安いが技術指導は無しの条件で、オランダは米国よりも高いが技術指導を行うというものだった。

 日本としてはまず満州で石油精製を成功させ、その後日本国内に規模を拡大して独自の力で最新精製施設を作りたい。

 となるとオランダと契約するしかない。

 裏には蘭印の石油を輸入したいという思惑もあるにはあったが」

「ふんふん、それで」

「日本は米国の機嫌を取るため、いくつか提案もした。

 米国のガソリン、機械油、工作機械の輸入拡大。

 米国自動車会社のエンジン工場の日本誘致等々。

 それなのに米国は乗ってこない。

 それで我が国は米国の真意を計れずに苦慮している」

「それは外務省の仕事でしょう。俺は関係ない」

「それは、そうなんだが。

 外務省も努力しているのだが、今年に入って明らかに潮目が変わっている。

 それに外務省としてはあからさまに米国の機嫌を取ることはできない。

 そんなことをしたら、英国など他の国が我も我もと押し寄せてくる。

 他に国内の対米感情も考慮しないといかんし、海軍の対米論者を調子づかせたくない。

 予算増額を要求してくるだろうし、軍縮条約の改正撤廃を言い出しかねん」

「んぅー」


 思わずため息というか唸り声が出てしまった。

 海軍はまだそんなことを言うのか。

 同じ国の人間が一致団結とはいかないものだろうか。


「政府も軍も現時点で米国との戦争は考えていない。

 そこまで状況は逼迫していないし、戦えば必ず負けることが分かっている。

 なんせ、海軍の戦力が対米七割しかないのだ。

 そもそも鉄も石油も米国に頼っている現状で米国と戦うのは無理だ」


 俺は米国を旅行してよく分かった。

 米国は大国だ。

 国土の広さ、人口の多さ、都市の発達、工業力と日本は何一つ勝てない。

 最初東京に来たときはなんて大きな街だと思ったが、ニューヨークと比べると小さく感じてしまう。

 ビルの高さと多さはまさに桁違いだった。

 俺としてはそんな大国がなぜ周りの国を併合しないのか不思議なくらいだ。


「ということで米国の真意を探り、妥協点を見つけるための情報が欲しい。

 万が一を考えこれまで危険な依頼は控えてきたが、今度ばかりは仕方が無い。

 君に頼むしか手が無いのだ」


 んー、悩ましい。

 危険なことはやりたくないが、満州でうまくいったのだから今回も何とかなるかもしれない。

 駄目で元々、様子を探るくらいはいいかもしれない。

 将来もっと切羽詰ったときに慌てて潜入するより、今の内から慣れておいたほうが良い気もする。

 でも、まだ、毅は何か隠している気がする。

 今まで裏の裏が無かったことなど無い。

 もう少し話を聞いてみよう。


「米国がどんな手を打ってくるか予想は?」

「外務省が想定している一つは日系移民の帰国推進。

 ただ移民が居るのは主に米国西海岸、特にカリフォルニアがほとんどなので選挙戦をひっくり返すほどの影響はない。

 二つ目は米国企業の支那への大規模進出。

 これは、なぜ日本に喧嘩を売るのかの理由にならない。

 日本は反対も邪魔もしていないからだ。

 他に澎湖諸島(※)の租借、満州利権の米国への売却などがあるが、どちらも世界の流れに反する。

 主要各国の間では、植民地を今のまま固定して争いは避けようという風潮だ。

 米国が要求してくる可能性は低い」

「なるほど」


 分からない部分もあるが、とりあえずうなずいておく。


「二国間で問題になることが多い貿易面では、日本が輸入超過で赤字。

 我が国が文句を言いたいくらいだ。

 ということで米国の意図がさっぱり分からない」

「それで俺が断ったら、どうなります」

「米国の出方を待つことになるだろう。

 それとこれは言いたくなかったのだが……」

「なんですか」

「松川教授の立場が悪くなる」

「はぁ? なぜ、教授の話が出てくるんです」

「最近、松川教授は義雄君が稼いだ金を猛烈に使っている。

 北海道の施設や、他にも色々と。

 もちろん、しかるべき筋の許可を得ての話だ。

 教授には成算があるのだろうが結果が出るのは何年も先になる。

 周りからは目の前の問題も解決できないのに金を使う金食い虫だと言われている」

「それは教授のことで俺は関係無いです」


 教授の尻拭いまではやってられない。


「教授と義雄君を同一視する者も多いのだ」

「それはおかしい」


 ちょっと待って欲しい。

 多いって具体的には何人だ。

 そもそも俺や教授のやっていることを知っているのは極少数のはず。

 どうせ文句を言ってるのは数人なんだろう。

 そのくらい毅が説得してくれればすむ話だ。


「それは毅の仕事だ」

「もちろん説得はしている。

 だが、年寄りは頑固なんだ。

 それに必ずしも合理的な考えをするわけでもなく、正しい答えを出すわけでもない」


 それは何となく分かる。


「今回の仕事にあたって良いことが二つある」


 なんか、やる前提で話をされている気がする。

 まだ、返事をしていないんだが。


「まず、大統領執務室の場所は分かっている」


 毅が図や写真を出してきて見せながら説明する。

 写真に写る建物は懐かしい。

 米国旅行の時に見た。

 白くて美しい建物だった。


「執務室は正面から見て、この左側の部分のここにある。

 庭に面しているので、窓があるから侵入は可能なはずだ」


 毅が上から見た図の楕円形の部屋を指す。

 俺はてっきり大統領も正面の部分に居ると思い込んでいた。


「もう一つ、大統領は選挙活動の真っ最中で全米各地へ出かけている。

 そのため警備が分散されて手薄になっているはず。

 それにくわえて今まさに米国ではオリンピックが行われている。

 決行はその終了後、大統領がワシントンへ戻った直後を狙う。

 多少気も緩んでいるだろうし、仕事も溜まっているだろう」

「本当ですか。逆に警備が強化されているなんてことは」

「おそらく大丈夫だ」


 そんな不確かな話で潜入させられるのか。

 ちゃんと調べているのだろうか。

 不安になってしまう。


「いずれにしろ、警戒はかなり厳重だと思われる。

 警備はいたる所に居るだろう。

 見えないところも注意して欲しい。

 危険な場合や魔法の秘密がばれそうな場合はすぐに潜入を中止してくれ。

 義雄君の代わりはいないんだ。

 くれぐれも命を大切にして行動して欲しい」


 それなら行かせるなと言いたいが黙っておいた。


「それから念のために会議室など他の場所も覚えておいてくれ。

 何かの役に立つかもしれん。

 それと写真機を渡しておく。

 使いかたは大川君が知っているはずだ」

「何に使う?」

「機密書類を見つけても義雄君は英語を読めないだろ。

 その時は、これで写真を撮って欲しい。

 出発前までに使い方をよく覚えておいてくれ」


 どんどん話が面倒になっていってる。


「それとこれが――」

「まだ、あるんですか」

「すまんな。

 主要人物の写真だ。顔を覚えて欲しい」

「そんなのどうでもいいじゃないですか」

 同じ内容でも誰が発言したかで重みが違ってくる。

 大統領なのか国務長官なのか、単なる大臣なのか」


 それはそうかもしれないが覚えきれるだろうか。

 顔写真だけ見せられても似たような顔に見える。

 よし、髪の毛の量で覚えてやろう。


「決行は九日後の八月十八日、現地時間の午後九時。

 日本だと午前八時。

 それまでに準備をしておいてほしい」

「ということは、昼間の仕事は」

「もちろん、休みだ」


 いつもの仕事が休みになるなら、やってみても良いかなと思えてきた。

 少しやる気が出てきた。


「それで、交換条件ですが」

「おっ、何だ。何か欲しいものでもあるのか」


 何にしようか。

 考えていなかったので、すぐに思いつかない。

 ここはやはり、怪我をしたハナのために何かしてやりたい。

 となると、旅のやり直しが良いか。


「どこか旅行へ行きたい」


 それで毅はピンときたようだ。


「そうだな。それは良い。。

 どこかの温泉へ行って湯治(とうじ)するのも良いだろう。

 結果次第だが考えておこう」

「約束ですよ」


 こうして俺は米国大統領官邸へ潜入することが決まった。



 準備といってもたいしてやることはない。

 次郎からカメラの使い方を聞いたことと、隠密魔法の復習をしたくらいだ。

 それとワシントンへ飛んで、ホワイトハウスの下見をしてきた。

 昼間に一回と夜に一回行った。

 道路から柵越しに中を見るだけだがやらないよりかは良いだろう。

 そこで見物している振りをして人間を対象に探査魔法を掛けてみた。

 すると、想像以上に人が居たので驚いた。

 外から見えないよう巧妙に隠された場所に人が居る。

 他にも巡回している人も居る。

 念のため犬を対象に探査してみると、犬まで居た。


 隠密魔法にとって犬は相性が悪い。

 隠密は元々動物を狩るために作られた魔法だから、もちろん犬にも魔法は掛かる。

 だが、人間より犬の方が耳も鼻も良いので先に気付かれてしまうのだ。

 当日は風向きまで考慮しないといけない。

 簡単ではないと俺はあらためて思い知らされた。


※澎湖諸島: 台湾本島の西方五十キロにある島々。日本が領有。


次回投稿日は未定です。

多分、3/29-31の間になると思います。


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