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<第四一章 退院>

<第四一章 退院> 1932年 七月

 ハナの居ない毎日が始まった。


 俺は病院で目覚めた日の夕方、教授に連れられハナに会いに行った。

 ハナは俺を見るなり、


「すみません、個室で偉そうに横になっていて。

 すぐに退院して、みなさんのお世話をしますから。

 本当にすみません」


 ベッドの上で何度も頭を下げている。


「いいから、いいから。

 ハナは何も悪くない。

 悪いのは犯人だから」

「でも、お食事とか困るでしょう」


 そこで俺は気が付いた。

 ハナは俺が丸一日寝ていたことを聞かされていない。

 知ったら今以上に恐縮してしまいそうなので黙っておこう。


「大丈夫、俺は元の世界で十年間ずっと家事をやってた。

 料理も掃除もできる」

「お仕事でお忙しいのに、そのうえ家事までなんて」

「正一も次郎も静子も居る。

 俺達のことは心配しないで、ゆっくり休んで。

 怪我を早く治すことだけ考えれば良い」


 そこまで言って、俺は静子のことをすっかり忘れていたことに気が付いた。

 彼女はどうなったんだ。


「ハナさん、義雄君の言うとおりだ。

 早く元気になって、また美味しい料理を食べさせてくれたまえ」

「はい、分かりました。

 私はもう退院できると思うのですが、お医者様がまだ早いと言われて。

 でも、この通り何ともないんで――」


 腕を回そうとしたハナは言葉を詰まらせ、顔をゆがめた。


「無理をしてはいかん。

 せっかく治りかけてるものまで悪くなってしまうぞ」

「すみません」


 これではまだ退院できないと自分でも分かってハナは悲しそうだ。


「今は大人しくして早く怪我を治すのがハナさんの仕事だ。

 旅が少し長くなったくらいのつもりで、ゆっくり骨休めしなさい」

「はい」


 そして、俺と教授は病室を後にした。

 俺はそのまま退院することになり、どうやって帰ろうかと思っていたら、正一と陸軍の松浦さんが俺を迎えに来てくれていた。


「ユシウ、大丈夫か。

 倒れてるお前を見つけた時はたまげたぞ。

 ハナのために無理をさせてすまなかった。

 今回は本当にありがとう」


 珍しく正一が真面目に頭を下げた。

 正一も妹のこととなると人が変わるのだ。


「俺があの時何とかできてれば誰も怪我をしなくてすんだ。

 すまない」


 あの時とっさに攻撃魔法を撃てていれば犯人を倒せたかもしれない。

 少なくとも犯人をひるませたり、目くらましになったかもしれない。

 攻撃魔法は自分や仲間を守るために必要なのだとあらためて思ったのだ。


「一番悪いのは今回のことを計画した奴だ。

 そんな奴のために我々が委縮する必要はない。

 なんともないことを見せてやろうじゃないか」


 俺と正一が互いに謝りあっていると教授が良いことを言った。


「松浦さんはなんでここに」

「ああ、大川君がまだ帰ってないことを知った本郷中佐が不用心だと寄こしてくれたんだ」


 中佐は本当に気が利く人だ。



 家に帰ったが、すぐに元通りの生活というわけにはいかない。

 次郎が居ないので、俺と正一と松浦さんの三人の生活だ。

 俺は次郎が帰ってくるまで仕事を休むことになり、やることがない。

 正一が買い物へ行き、松浦さんが料理する。

 ハナほど家庭的な献立ではないが、普通に食べられる料理だ。

 男なのに意外だなと思っていると、


「下士官は何でもできないといけませんから」


 と教えてくれた。

 軍隊とはそういうところらしい。


 四日ほどして次郎と静子の二人が北海道から戻ってきた。

 行きと同じで汽車で帰ってきたので時間がかかったのだ。

 俺は空間連結で連れて帰ろうと思ったが、帯広とでは危険だということで止められた。

 代わりに警察の人を札幌まで送った。

 公衆安全課という次郎と同じ部署の人らしい。

 次郎と交代して今回の犯人の取り調べをするのだ。


 次郎は俺と正一の顔を見るなり土下座した。


「本当に申し訳ない。

 俺が任務を果たしていればハナさんを傷つけることも、義雄を危険な目に合わせることもなかった。

 本当なら辞職して腹をかっさばかないといけないところだ。

 だが、俺はこれで終わりたくない。

 もう同じ過ちはしない。

 だからもう一度機会をくれないか。

 次はためらわず必ず先に撃つ。

 絶対だ。約束する」


 次郎は土下座したまま動かない。


「次郎さん頭をあげてください。

 ハナのけがは大したことなかったんですから。

 それにハナを守るのは次郎さんの仕事じゃないでしょう。

 兄の俺が守らなきゃいけなかったんです」

「そうですよ。俺も次郎さん以外の人なんて考えたことありませんから」

「また三人で仲良くやりましょう」


 正一が次郎の手を取り立たせる。

 次郎は涙ぐんでいる。


「いいのか」

「もちろんですよ」と正一。

「本当にいいのか」

「はい」と俺。


 次郎が手の甲で涙をぬぐう。


「よし、俺も男だ。

 もう女々しいことは言わん。

 これからもよろしく頼む」

「はい」

「こちらこそ」


 次郎は半分泣いて半分笑っている。

 つられて俺と正一も半分泣いて半分笑う。

 三人とも鼻水まで垂らして顔がぐしゃぐしゃだ。



 俺達三人は手を握り合った。

 日本には雨降って地固まるという良いことわざがあるが、俺達三人の仲もそうなるような気がする。


 俺達の青臭い成り行きを見ていた静子がクスクス笑っている。


「静子さんは、怪我は無かったのかい」

「私はなんともありません。

 でも、あの時、何もお役に立てなくて……」


 正一の問いに静子がさっと表情を曇らせる。


「静子さんはあの後大活躍したんだぞ。

 すぐに温籠氏へ連絡したり、宿の人を言いくるめたり、事を隠すために血の跡を消したりした。

 俺なんかよりよほど優秀だよ」

「いえ、そんなこと。

 父に言われたことをしただけです」


 次郎が褒めると静子が珍しく照れている。

 静子はたまに女らしいところを見せるのが可愛い。



 その翌日からハナが居ない以外は元通りの生活に戻った。

 ハナがいなくても何とかなっている。

 毅は急に人は見つけられないので男三人で何とかしてくれと言ってきた。

 俺達もハナ以外の人に来てもらう気は無かったので問題無い。


 掃除は昼間に正一がやる。

 正一はハナの見舞いにも行くので忙しそうだ。

 いつも暇にしているのでちょうど良い。

 普段のハナの苦労を身に染みて知るだろう。

 洗濯は日曜日にまとめてやることにした。

 風呂に毎日入れなくなったが、寒くないので水浴びで十分だ。

 朝飯は前の晩の残りをかき込むし、昼食は出先の人に用意してもらうことにした。

 仕事が長引いて夕食の支度ができない時は出前を取ることもある。


 俺は数年前まで全部一人でやっていたのだ。

 それに次郎も軍隊生活の経験で料理以外一通りのことはできる。

 静子もいつもより早くやってきて料理を手伝ってくれる。

 男三人でもなんとかなるものだ。

 ちなみに正一は隣の家で一人寝るのが寂しいらしく、居間で寝起きしている。


 そんな生活が一週間ほど続いて、ハナの退院も近いと次郎の話を聞いていた時、毅がやって来た。


 俺の顔を見るなり、すまない、まだだと謝った。

 ハナ襲撃の黒幕のことだ。

 まだ一月もたたないので、俺もすぐに見つかるとは思っていない。

 何の用だと思ったら、


「重要なお願いで来た。

 少し難しい仕事だ」


 と真面目な顔で言ってきた。

 ああ、来た。

 これは絶対に面倒な奴だ。


「米国大統領の官邸へ潜入して欲しい」


 それは少しどころではなく難しすぎるだろと俺は思った。


今週と来週は年度末などで忙しいので週末だけの更新になります。

次回更新は3/26(土)19時予約投稿の予定です。

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