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<第四章 知らない世界>

「もし――、もし――」


 誰だ、起こす奴は。

 師匠じゃない。

 シギルか。


「大丈夫ですか」


 いや、違う。

 女の声だ。

 女? なぜ、女が?

 娼館で寝てしまったのか。

 俺は飛び起きた。


「ひゃあ」

『うわっ、あぶねっ』


 慌てて上半身を起こしたので、もう少しで女の頭とぶつかる所だった。


「こんな所で寝てたら風邪をひきますよ」


 目の目には俺を覗き込む女が居た。

 確かに女だ。

 なぜ女が居る。

 辺りを見渡すと周りには木が立っていて、側には砂利道が伸びている。

 どこだここは? 家の近くじゃない。

 何があった。

 そうだ、実験だ。

 師匠の実験中に何かが爆発した。

 俺は飛ばされたのか。


『ここは…………』


 俺は声を出そうとして気が付いた。体が重い。薪割りを何時間も続けたときのように疲れ切っている。

 しゃべろうとするが口の中で舌があごに張り付いて上手く声が出ない。

 そして、急に頭の中がすぅーっと冷たくなり、俺は気を失ってしまった。



 次に目が覚めた時、俺は見知らぬ部屋の中で一人寝かされていた。


『どこだ?』


 周りを見渡すと、木や紙でできた部屋の中に草を編んだらしき敷物が敷いてある。

 その上に柔らかい布を敷き、その上に寝かされていた。

 ここはどこだ。

 さっき気が付いた時は森の中に居た気がした。

 だが今は部屋の中。

 さっきの女が運んでくれたのか。

 枕元に木の椀に入れた水が置いてあった。

 毒ではないだろう。

 俺を害する気なら寝てる間にいくらでもできたはずだ。

 それでも用心してほんの少しだけ口にした。


『水だ』


 俺は水を一気に飲み干しようやく一息ついた。

 体はさっきと同じでとてもだるい。それに腹がとても減っていることにも気が付いた。

 頭が動き始めたので何が起きたのか思い出してみる。

 最後は師匠の部屋へ向けて走っていた。

 そして師匠の声がしたと思ったら、とてもまぶしい光に包まれて気を失った。

 森で目覚めて、また気を失って。

 今いる知らない部屋の中で目が覚めた。


 普通に考えたら、師匠の魔法が失敗してどこかに飛ばされたのだろう。

 師匠がどうなったか気になる。

 生きていて欲しい。

 生きていさえすれば師匠ならどこへ飛ばされても転移魔法で帰れる。

 俺も早く魔法で帰りたい。

 だが、今は体調が悪すぎて無理そうだ。体力が戻るのを待たないといけない。


 俺があれこれ考えていると足音が近づいてきた。

 戸が開くと女が何かを乗せた盆を持っていた。


「気が付かれましたか」


 多分さっき声をかけてきた女だ。

 さっきはよく見てなかったが同じ声の気がする。

 見た目だと年は俺より少し下かなと思う。

 純朴で人が良さそうな優しい顔立ちをしている。

 髪を後ろでまとめ、唇に淡い紅をさしている。

 美人とは言えないけど愛嬌があってそれなりに男から声がかかりそうな感じだ。

 だが、着ているものが奇妙だ。見たことも無い服を着ている。

 見たことの無い造りの部屋に、奇妙な服。

 いったい俺はどこへ飛ばされたのだろう。


「お腹はすいていませんか。

 たいしたものはありませんが、カユを作って来ました」


 女が木の椀と匙を渡してくれた。

 椀の中には白くドロドロしたものが入っている。

 その真ん中に赤い木の実のようなものが置いてある。


「熱いですから気を付けてください」

『ありがとう』


 そろそろと口へ運ぶとカユは熱々でほとんど味が無いが、かすかに甘みがある。

 体に良さそうな食べ物だ。

 次に真ん中の赤いものを少しかじってみた。


『うおぉ、何だこりゃ』


 しょっぱくて、酸っぱくて、思わず顔をしかめてしまう。


「あぁ、ごめんなさい。ウメボシが駄目とは思いもしなくて」


 女が笑いを隠しながら申し訳なさそうな顔をしている。

 こんな食べ物は見たことも聞いたことも無い。

 ここはどこなんだ。

 よっぽど遠くへ飛ばされたのか。


 あっ。

 そこで俺はようやく気が付いた。

 女が話しているのはツユアツの言葉ではない。

 言語理解の魔法が自動で働いていたので気が付かなかった。


 言語理解は相手の言うことを理解できるが、自分の言うことを相手に理解させることはできない。

 それでも魔法使い同士なら問題にならない。

 ほとんどの魔法使いは言語理解を使えるからお互い相手の言うことを理解すれば会話は成立するからだ。

 俺はたまに来る外国商人とやり取りするために言語理解は習得していた。


 言語理解を使わないように意識すると、女が話しているのは今まで聞いたことの無い言葉だ。

 俺は師匠の研究の手伝いの為に隣国の言葉を多少は知っている。

 その俺が知らない言葉となると、ツユアツの隣国ではない。

 もっと遠くの国ということだ。

 よく見ると女の顔立ちはツユアツの人間とは少し違う気がする。


『ここは何という国ですか』

「えっ」


『ここは、何という、国ですか』

「はぁ?」


 女が聞き返してきたのでゆっくり話した。

 女の顔を見ると、それでも通じていないようだ。


「ごめんなさい。外国の方ですか。

 見た目からニホン人かと思いました。

 チュウゴクの方ですか」


 俺はとりあえず首を振った。


「違うんですか。

 でも、私の言うことは分かるんですね」


 俺は何度もうなずいた。

 とりあえず、意思は伝わっている。


「私にはどうしたら良いのか分からないので、あとで兄に相談してみます。

 とりあえず、冷めないうちにカユを召し上がってください」


 ニホンとかチュウゴクとかしらない言葉が出てくるということは、とんでもなく遠くへ飛ばされたのかもしれない。

 だけど、今はこのカユを食べることにした。

 なんせ、猛烈に腹が減っている。

 こんなに腹が減るのは生まれて初めてかもしれない。

 師匠と住むようになってから食べ物で困ったことがないからなおさらだ。

 でもいくら腹が減っていても、このウメボシというものは苦手だ。

 せめて、しょっぱさを減らそうと、匙でウメボシをすくい、抽出魔法で塩を抜き出す。

 すると想像以上に魔法が効いて、梅干がほわんと光った。

 魔法は成功して左手の上には塩の粒が乗っている。


「ひやぁああーー」


 女が俺を見て腰を抜かしている。


「わ、わ、わ、わ……」


 そして逃げるようにどこかへ行ってしまった。

 何をそんなに驚いているんだ?

 抽出魔法くらい錬金術師なら誰でも使えるし、そこそこ大きい街なら錬金術師の一人や二人は居るだろう。

 魔法を見たことがないなんて、いったいどれだけ田舎なんだ。

 俺はとんでもない所へ飛ばされたみたいだ。

 俺は家へ戻れるのだろうか。

 なんだか心配になってきた。


次回更新は明日2/8(月)19:00の予約投稿の予定です。

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