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<第三九章 視察旅行 前編>

長くなったので前後編に分けました。

 噂をすれば影ということわざが日本にはある。

 本郷中佐から教授の話を聞いて数日後、当の教授本人から電話が来た。

 北海道へ視察旅行に行かないかというお誘いだ。


「北海道で例の決戦用爆撃機の秘密工場と飛行場の建設が始まったのだ。

 これから何度か行ってもらうことになるから、義雄君に場所を覚えて欲しい。

 それで、観光を兼ねて視察へ行こうと思いついたのだよ」

「俺は行かなくて良いです。

 行く必要ができたら行きます」


 一瞬また旅ができると思ったが、どうせ教授の計画することだから何か裏があるに違いない。

 そうそう何回も騙されない。断るに限る。


「観光は君だけのためじゃないぞ。

 ハナさんにもたまには息抜きが必要なんじゃないのか」


 そうか、ハナか。

 確かにそうだ、ハナは毎日毎日俺達のために家事をしてくれている。

 たまには楽をさせてやりたい。

 教授にしては良い思い付きだ。


「分かりました。みんなで行きましょう」

「宮鳴の二人と大川君には君から話しておいてくれ、詳しいことが決まったらまた連絡する」

「はい。それで教授――」


 話を続けようとしたのに、教授は早くも電話を切っている。

 せっかちな人だ。

 前に聞いた本郷中佐の話を伝えようとしたのに言いそびれてしまった。


 旅行か。

 だんだんワクワクしてきた。

 遊びのための旅行は生まれて初めてだ。

 完全に仕事抜きなわけではないけど、旅には変わりない。

 北海道には何があるのだろう。

 次郎にでも聞いておこう。


 毅と静子はどうするんだろう。

 教授に聞くのを忘れてしまった。

 次郎は護衛だから付いてくるとして正一をどうするか。

 正一は毎日が息抜きみたいなものだから連れて行く必要はない。

 だが正一を残していくと誰が食事の支度をするのかという話になる。

 ハナも兄と一緒のほうがなにかと心安いだろうからついでに連れて行くことにしよう。


 その後教授から手紙が届いた。

 参加者は俺、教授、ハナ、正一、静子、次郎の六人。

 毅は仕事が忙しいらしく、高原先生は遠慮して断ってきた。

 計画では一週間の旅だ。

 七月上旬に出発して、汽車で札幌まで移動して観光、その後現地へ行って視察、最後は連結と転移で帰ってくる。

 残念なことに帰りも汽車ということにはならなかった。

 俺も教授もそこまで休みは取れないのだ。

 でもその間、俺の仕事は外務省の文書配達以外はすべて休みになる。

 文書配達は十分もかからないので無いも同然。

 とても楽しみだ。



 そして当日の朝、俺達は梅雨のさなかに出発した。

 家を出るときは雨が降っていた。

 教授と静子とは東京駅で待ち合わせしている。

 家から駅までは教授が手配した車が送ってくれた。

 至れり尽くせりだ。


 駅に着くと教授と静子はもう来ていて俺達を待っていた。


「ハナさん、久しぶりだね。元気にしていたかね」

「松川教授、お久しぶりです。

 この旅は兄と私をお誘いくださり、本当にありがとうございます。

 北海道というより、東京より北は初めてなのでとても楽しみです」


 ハナが丁寧にお辞儀した。

 なのにおまけの正一は挨拶一つしない。


「ハナさんには美味しい物をたくさん食べさせてもらったからね。

 ありがたく思っていたんだよ。

 今日からしばらくはみんなの世話を忘れて楽しんでくれたまえ」

「ハナは観光で遠出は初めてじゃないか。

 楽しむといいぞ」


 正一はお気楽なものだ。

 そこが良い所でもあるのだが。


 汽車ではハナと静子が並んで座り、男四人が向かい合って座った。

 雨で窓を開けられないのが残念だ。


「このままずっと雨かなぁ」と正一。

「梅雨の真っ最中だからな」と次郎。

「北海道に梅雨は無いぞ」 と教授。


「えっ」

「ほんとですか」


 教授の言葉に正一と次郎が驚いている。


「雨が降らんわけではないが、本州みたいに雨が続くことはない」

「そうなんですか」

「知りませんでした」

「それなら向こうは晴れてるかもしれませんね」


 話を聞いていたハナが座席越しに会話に混ざってきた。

 ハナも普段よりはしゃいでいるように見える。

 俺達は周りからどのように見えるのだろう。

 親とその子供達だろうか。

 教授以外は年が近いので兄弟で通じるだろうか。

 これだけ年の近い五人兄弟は少ないが無くは無い。

 教授も俺達くらいの子供が居ても良い年だ。

 ひょっとして子供のいない教授は親気分を楽しんでるのかもしれない。


 本郷中佐の話が気がかりだったが、教授と二人きりになる機会がない。

 それに皆の楽しい気分に水を差すのも気が引けたので、旅の終わりにでも話すことにした。



 一日目は仙台泊だ。


「この辺りに数年後飛行場を作る予定だ。

 場所をしっかり覚えておいてくれたまえ」


 教授のことだから何も無いことはないと思っていたが、そんな先のことまで考えているとは少しだけ恐れ入ってしまった。

 飛行場建設予定地を見せられた後は温泉旅館へ移動する。

 場所、場所で車が用意されていて教授の段取りの良さに感心する。

 教授になる人間というのは、こういうところまでできないと駄目なんだろう。

 教授本人が手配したのではないかもしれないが。


 二日目は青森、三日目は青函連絡船で北海道へ渡って函館に泊まった。

 四日目に札幌へ移動そこから少し離れた定山渓という温泉に泊まった。

 大きい湯船というのは良いものだ。

 家の小さな風呂と違って王様気分を味わえる。


「なかなかいい温泉だなあ」


 正一が知ったような口を利く。


「正一は温泉にはよく行くのか」と次郎が聞くと、

「大分には日本一の温泉別府がありますからね。何度か行きましたよ」

「おお、別府か。それは凄い。一度行ってみたいな」

「ぜひ行きましょう。案内しますよ。

 地獄巡りは死ぬ前に一度は見ておいたほうがいいです。

 赤いのやら青いのやら泥が沸いてるのやら、そりゃあもう見ものです」

「それは一度見てみたいな」


 俺は別府に行ったことがない。

 宇佐から初めて東京へ行くとき、有馬温泉というところに泊まった。

 そこもなかなか良いところだったが、別府はもっと凄いのか。

 正一に負けたみたいで少し悔しい。

 俺も行ってみたい。


 その日の夜は豪華な食事も出て、若い男三人はしこたま酒を飲んだ。

 今度こそ教授の酔った姿を見られるかと思ったが、酒に強いのか酔っぱらわない。

 酒に酔った勢いで、


「教授は酔わないんですかぁ」と絡んだら、

「紳士は人前で醜態を晒さないものだ」


 と返された。

 いつか教授を酔わせてやる。

 素の教授を見てやるのだ。

 と思いつつ俺は一番に酔い潰れてしまった。


 翌五日目は丸一日札幌観光だ。

 雲は少なく良い天気だ。旅に出て初めて良い天気に恵まれた。

 ここは東京よりも涼しくて湿気が少なく過ごしやすい。

 気候はツユアツに似ている。

 故郷のことを思い出してしまった。

 懐かしんでいると、最初の目的地は当たり前のように飛行場建設予定地だった。


「ここは近い内に空港ができる。

 義雄君には探査で何度も来てもらうことになるだろう」


 教授の言葉に気分がぶち壊しだ。

 だがそれ以降は普通に観光だった。

 道の広さ、土地の広さは東京とは違う。

 北海道へ来たんだなと実感できる。

 気分転換できて良いのだが、一つだけ困ったことがあった。

 車二台での移動なので、どこへ行ってもどんなお大尽が来たのかと周りから注目を集めてしまう。

 それが少し恥ずかしかった。

 そしてこの日も定山渓に泊まった。


 六日目、目的地へ行く日だ。

 朝早くに宿を出て、札幌駅へ向かいそこから汽車に乗る。

 それは帯広という街の郊外にあるらしい。

 今日は雲が多いが雨は降っていない。

 窓を開けられるのが良い。

 正一が寒いと文句を言うが開けたままにしてやった。


 予定地に着いたのは夕方近くだった。

 もう五時近くのはずなのにまだ日が高い。

 夕方の気配は全くない。

 俺が不思議そうに空を眺めていたら教授が気付いて教えてくれた。


「東京より緯度が高いし、夏至からそれほどたってないから日は長いぞ」


 そういうことか。

 ここは東京よりも昼が長いのだ。

 昨日は早めに宿へ戻ったので気付かなかった。


 あらためて周りを見渡すと一面荒地と畑だ。

 人家はポツン、ポツンと数えるくらいしかない。

 こんな所へ工場を作れるのだろうか。


「なぜ、こんな所を選んだんですか」


 気になるので教授に聞いてみた。


「鉄道から適度に離れていて、近くに適度な大きさの街があるが周辺に民家が少ない。

 鉄道を通じて港につながっている。

 肝心なのは冬は極低温で雪が少ないこと。

 寒くないと低温実験ができんからな。

 要するにそこそこ便利で秘密が守りやすく冬に寒いところだ。

 北海道は土地が安いというのもあるぞ」

「なるほどー」


 納得した。

 超大型飛行機らしいから工場も格納庫も滑走路も大きいのだろう。

 広大な敷地が必要なのだ。

 たしかにここは土地が安そうだ。


 転移で来るときのために場所を覚えろと言われたが、こんな所だと人に見られてしまう。


「次来る時までに転移用の部屋を用意しておく。

 最初は人の居ない深夜にでも来ようじゃないか」


 教授にしてはのんきな答えだった。


 この周辺に宿泊施設は無いので帯広まで戻って宿に入った。

 最後の日も宿に温泉があったのは嬉しかった。

 しかも湯の色が茶色と珍しい。

 湯につかりながら旅の疲れを癒してのんびりする。

 それにしても旅も明日で最後かと思うと名残惜しい。

 あさってからはまた忙しい日々が始まる。

 仕事のことを考えると気分が台無しなので、明日までは忘れることにしよう。

 その日の夕食は最後の夜ということで今まで以上に飲み過ぎてしまった。


次回更新は明日3/20(日)19時頃投稿の予定です。

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