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<第三七章 戦艦>

 八月の蒸し暑い空気が体にまとわりついてくるある日。

 汗を流しながら先生の授業を聞いていると、突然教授がやって来た。

 背広を着た男の人が一緒だ。

 来るなとは言わないが、せめて事前に連絡してから来てほしいものだ。


「おお、義雄君、久しぶりだな。

 元気にしてたかな」

「私は元気ですよ。教授こそどうなんですか。

 しばらく来なかったですが」

「すまん、すまん、何かと忙しくてな。

 時間が作れなかったのだ」


 悪く思ってそうには全然見えない。

 実際、悪いとは思ってないだろう。


「そうですか。それで、その人は」

「紹介しよう。山口君だ。

 海軍で大佐殿をしている」

「山口です」


 男の人が一歩前に出て名乗った。

 顔は温和な感じがするのに、目は笑っておらず体からは何か圧力みたいなものが出ている感じがする。

 陸軍の本郷中佐と何か共通するものがある。

 年も本郷中佐と同じくらいに見える。

 でも、なぜ海軍さんが来ているのだろう。

 俺とはあまり関係ないような気がする。

 海軍の人と話をするのはロンドンであの偉い人と別れて以来だ。


「義雄君の元の世界では海軍が無かったから、あまり役に立てないとは言ったんだ。

 だが、それでも魔法使いを紹介しろとしつこくてな」

「教授、しつこいとはひどいですよ」


 元の顔がふくよかなので一見笑ってるように見えるが、実はまったく笑っていない。


「満州の石油が利用できるようになりしだい、海軍は今より安く重油が手に入ることで話が付いたはずだ。

 それなのに、まだ魔法を利用しようというのだ。

 しつこいといわれても仕方が無いだろう」

「海軍では海軍なりの魔法の有効な活用方法があるということですよ」

「それでだ、なら海軍で担当者を決めろという話になり山口君が選ばれたのだ。

 この山口君は見た目は大人しそうだが、なかなかのやり手だぞ。

 今は艦隊勤務だが、世界大戦に従軍経験があり、なんと地中海へ行って輸送船の護衛をしていたというのだ。

 米国への駐在経験もある

 潜水艦から戦艦まで勤務経験があり学校の成績も優秀。

 海軍きっての逸材だぞ」


 見た目からは想像できないが、かなり凄い人らしい。

 人は見た目によらないものだ。


「それで、彼なら魔法を見せても良いだろうと連れてきた次第だ。

 義雄君には今度戦艦に乗ってもらおうと思うが、今日のところは顔見世を兼ねて魔法を見せてやってくれるか」


 また面倒くさい話だ。仕事が増えるかもしれない。

 でも、戦艦に乗れるというのは気になる。

 戦艦が凄く大きいというのはちらほら耳にしている。

 どのくらい大きいのか興味がある。

 一度は見物してみたい。


「では、義雄君。大佐に魔法を見せてあげてもらえるかな」

「お願いします」

「分かりました」


 大佐が一言お願いしますと言ってくれたので、少しやる気が出た。

 仕方がない、やるか。

 では何を見せるか。

 本郷中佐と違うものはまずいだろう。

 陸軍と海軍は仲が悪いという話なので、差をつけて後で文句を言われても困る。

 だけど一年も前のことなのではっきり覚えていない。

 空間連結は間違いなく見せているが他はどうだろう。


 まずは転移と空間連結を見せる。

 だが大佐は事前に説明を聞いていたのか、それほど驚かない。

 小声でおぉとつぶやいたくらいだ。

 少しだけくやしい。


 次に俺愛用の万年筆を浮かせたり、動かしたりして見せた。

 これには大佐も少しは驚いたみたいで、今までの人と同じように浮いた万年筆を指で突いていた。


 それと、本郷中佐が知ってるのは探査と視覚強化か。

 視覚強化については言葉で説明しよう。

 探査のことは知っているようなので代わりに探知を見せる。

 俺の万年筆を隠してもらい、それを探知してみせた。

 探査と探知は微妙に違うのだが、まあ良いだろう。


「おお、これは凄い」


 今度は大佐も声を出した。

 そして何か考え込んでいる。

 海軍でどうやって利用するか考えているのだろう。


「その探査というのは何でも調べられるのですか」

「元の世界では森で食料を探すのに使ってました。

 今は鉱石を探すのに使っています」

「例えば敵の艦隊や潜水艦がどこに居るかは分かるのでしょうか」

「やったことがないので分かりません」

「そうですか」

「では、距離はどうですか」

「鉱山の場合、今は五キロくらいが限界です」

「うぅぅぅぅむ……」


 これは実験をやらされそうな感じだ。

 やるとして、どうだろう。

 鉄の巨大な塊を想像すれば良いのだろうか。

 正直できるかどうか、やってみないと分からない。


「興味深いお話をありがとうございました。

 海軍でどのように活用するか持ち帰って検討させていただきます。

 陸軍よりも海軍のほうが魔法の力を生かせそうですよ」


 そう言って大佐は今日初めてニヤリと笑った。



 それから半月後、俺と教授と山口大佐の三人で戦艦に乗ることになった。

 さすがに俺のためだけに戦艦を動かすわけにはいかなかったようで、訓練で出港するまで待ったのだ。

 ちなみに次郎は港で一人待つことになった。

 いくら俺の護衛でも戦艦の中は見せたくないそうだ。


 横須賀の鎮守府に着き、短艇に乗り沖に浮かぶ戦艦に向かう。

 近づいて、まずは大きさに驚いた。

 すぐ側で見ると鉄の壁というか崖のように見える。

 乗ってからも驚きの連続だった。

 とにかく大きい。艦首や艦尾に居る人が小さく見える。


「全長は約二百メートル、重さは四万トン弱、我が海軍が誇る世界最大級の戦艦です」


 大佐が誇らしげに説明してくれる。

 大きさは欧州へ行った時の客船よりちょっと大きいくらいだろうと思うが、高さが全然違う。

 艦橋が高いので客船とは比べ物にならないくらい大きく感じる。

 そして、主砲に近づくとこれまた大きさに驚かされた。

 子供ならすっぽり入れそうなほど大きい。


「世界最大の艦砲です。

 約四十センチあります。連装が四基で計八門積んでいます」


 これだけ大きな大砲の弾が当たったらどうなるんだろう。

 一発で穴が開いて沈んでしまいそうだ。

 それからも大佐に艦内を簡単に案内してもらった。


 俺達が通ると皆が道を開け敬礼してくる。

 こちらまで偉くなった気分になる。

 後で聞いた話だが、大佐は艦長と同じ階級だそうだ。

 となると艦長以外は全員山口大佐より下ということになる。

 相手の態度も納得だ。


 だがどうも雰囲気が少し変だ。

 ざわざわしている気がする。

 聴力を強化して周りの声を聞いてみると、


「軍服を着てないが誰なんだ」

「大佐殿が案内してるんだ、皇族様じゃないか」


 というような声が聞こえた。

 俺と教授は背広姿だ。

 艦長と同じくらい偉い大佐が二十歳そこらの若造を案内していたら、そりゃあ誰だという話になる。

 俺は皇族ではないが華族という設定なので、それほど間違ってない。

 そのまま誤解していてもらおう。


 三十分ほど艦内を見て回った後、個室に案内された。

 個室といっても人が三人も入れば一杯になる小さい部屋だ。


「どうでしたか」

「凄いです。想像以上に大きかったです」

「世界七大戦艦の内の一隻ですからな」


 俺が褒めたので大佐は嬉しそうだ。


「ところで五条通殿のお力を聞いてから幾つか利用法を考えたのですが聞いてもらえますか」

「どうぞ」

「まず、この船と地上を連結することはできるのでしょうか」

「できますが」

「それは航海中でもできるのでしょうか」

「できます」

「それは良い。

 長い航海だとどうしても燃料や新鮮な食糧が不足してしまう。

 補給のためには油槽船などを連れて行くのですが足手まといになることが多い。

 それが無くなるだけでもかなり有効です。

 航続距離が無限になるのと等しい。

 米国の西海岸にでも攻めて行ける」

「連結は一度に一か所しかできません」


 軍艦は何隻かが一緒に航海するはずだ。

 連結するとしても一隻ずつになって手間がかかる。

 船から船へ移るのだって簡単ではないだろう。

 いや、すぐ近くで目に見えているなら転移できるかもしれない。

 人目さえなんとかすれば、簡単に移れそうだ。


「それは問題無い」

「一旦全部戦艦に積みこんでしまえば良い。小さい船には戦艦から分ければ良いでしょう」

「秘密が漏れそうです」

「それはまた方法を考えましょう」


 この人は何か無茶なことを考えているのではないかと心配してしまう。

 教授が何も言わないのも不気味だ。


「連結の穴を通す物に制限はありますか」

「種類に制限は無いですが、重い物は体力を使います」

「そうですか、では、電気とか空気はどうなんでしょうか」

「いけると思いますが……」


 空気はともかく電気はやったことがない。電線を通せば普通に電気を流せるとは思う。

 そんなものをどうするんだ?


「潜水艦です。

 潜水艦は水上を行くときはエンジンで動いて、水中を行くときは電池に溜めた電気で動きます。

 水中では空気が無くてエンジンを動かせないからです。

 それで、この水中が重要なのです。

 潜水艦に積める蓄電池には重さと場所の問題から限りがあります。

 地上から電気と空気を送れれば、水中だけを通ってどこまででも行ける」

「ちょっと待ってくれ大佐。

 連結魔法を使うにはずっと魔法を掛け続けないといかんのだ。

 義雄君を潜水艦に乗せて航海させるわけにはいかんぞ」


 教授が反論してくれた。

 俺もずっと水中での生活は嫌だ。

 船旅でも最後のほうは飽きて陸が恋しかった。

 水中でお日様も見ずに何日も生活したくない。


「可能性の問題ですよ。

 できないのと、できるけどやらないのは違う。

 将来そんなことが必要となる事態が起きるかもしれない。

 そのために知っておきたいのです」

「義雄君の予定は詰まっている。

 そんな実験は難しいぞ」

「それはまた交渉させて頂きます。

 可能性が分かっただけでも十分です。

 魔法の力は我が海軍にこそ必要なものだと分かりました」


 この人は無茶なことを言いそうだ。

 教授が上手く断ってくれるよう期待しよう。


「それと、今度夜間訓練があります。

 お二人も是非観覧ください。

 私としては我が軍自慢の測的班と魔法の力はどちらが上かとても興味があります」


 なにか挑発されている感じだ。

 魔法がただの人間に負けるはずがない。

 ぎゃふんと言わせてやろう。

 教授を見るとうなずいている。

 やって良いということだ。

 今夜が楽しみだ。


「あっ、次郎」


 そこで俺は気が付いた。

 次郎を港に残したままだ。

 日帰りするつもりだったので、次郎には港で待ってもらっている。


「おおそうか、大川君が居た。

 彼には夜間訓練のことは伝えてないな」

「それでしたら、誰か使いを出して伝えましょう」

「それなら問題無い」


 それで次郎には明日の夕方戻ることを連絡してもらった。

 そのまま横須賀で待つか、いったん東京へ戻るかは次郎が自分で決めるだろう。


 その後しばらくして船は出港した。

 波は高くなく、船はそれほど揺れない。

 俺と教授は食事をし、椅子に座ったまま仮眠でうとうとし、深夜を迎えた。

 変な格好で寝たので体は痛いが魔法に影響ない。

 空には半月が昇っている。

 このくらい明るければ十分見える。

 魔法が負けることはないだろう。


 午前一時半、訓練が始まった。

 艦内が急に慌ただしくなる。

 俺たち三人はいぶかしげに見る視線を無視して艦橋に上り展望台みたいなところへ出た。

 夜の風は少しひんやりしている。


「さて、五条通殿、標的役の艦が遠くに居るのですが分かりますか。

 予定ではもうすぐ視界に入ってくるはずです」


 大佐のどうせ分からないだろうという気持ちが伝わってきて、少しいらつく。


「見てみましょう」


 俺は視覚強化を最大にして船を探す。

 大佐は見えない位置に居る標的を探せとは言わないだろうから、どこかに居るはずだ。

 まずはざっと見てみるが見つからない。

 あれっ、おかしい。

 今度は目をこらしてじっくり見ていく。

 そして左前方はるか遠く、水平線に陰みたいに浮かぶ船を見つけた。

 あんな遠くに居るとは思っていなかったので最初は気付かなかったのだ。


「いました」

「えっ」


 俺が指差すと大佐は驚いた。

 というよりも半信半疑のようだ。

 艦橋の上のほうを見て何かを確認し、それから前部の主砲を見た。

 俺が指差してから一、二分たってから主砲が向きを変え、俺が指差したほうで止まった。


「本当に見えてるんですね」

「もちろんです」

「双眼鏡も無しで……」

「月が標的の向こう側にあるので、少し見えにくいですが十分見えますよ」

「距離は、距離は分かりますか」

「それは分かりませんが、ざっと四、五キロは離れていると思います」

「では、もっと暗かったらどうですか。それでも見えますか」

「月齢が三日以上ならギリギリ見えると思います」

「それは凄い……」


 これまで魔法であまり驚かなかった大佐も今度はかなり驚いている。

 これで少しだけ気分が晴れた。


「距離が分からなくても水柱の遠近さえ分かれば……」


 大佐がなにやらブツブツ言いながら考え込んでいる。


「大佐、もう良いですかな」


 教授が声を掛けると、大佐はハッとして事から引き戻された。


「もう十分です。中に入りましょう」


 こうして俺の夜間訓練参加は終わった。

 正味三十分も外に出ていない。

 こんなに簡単に終わってよいのかと心配してしまう。

 艦内ではまだ訓練が続いているようで、ざわつきが治まっていない。


 個室に戻ると、大佐に丁寧にあいさつをして、すぐに転移で家に帰った。

 もう夜中の二時を過ぎているし、緊張が解けて一気に睡魔がやってきて眠かったのだ。

 教授も遅いからと家に泊まることになり、居間で雑魚寝をした。


 翌朝、ハナに起こされた。


「昨日は松川教授が泊まられたんですね。

 大川さんはどうされたんですか」

「えっ……、えーと……、あっ、忘れてた」


 眠くて次郎のことをすっかり忘れていた。

 家に居ないということは次郎は昨夜横須賀に泊まったのだ。

 どうしよう。置いてけぼりにしてしまった。

 人目があるので港に転移することはできない。

 仕方ない、あとで正一に車で迎えに行ってもらおう。

 怒らなければ良いのだが。



 後日、教授が海軍の件で電話してきた。


「山口大佐から連絡が来てな、義雄君に是非とも海軍の砲術学校に入って欲しいそうだ。

 そこで学べば戦艦の測的班で魔法の力を生かせるというのだ」

「それは――」

「ああ、もちろん、丁重にお断りしたよ。

 貴重な魔法使いを戦艦に乗せるなんてもったいない――いや、危ないことはできないからな。

 まだ何か言ってきても私のほうで断っておくから義雄君は安心してくれ」


 ということだった。

 あの人は無茶なことを言いそうな気はしていたが、まさか軍の学校とは考えてもみなかった。

 教授がうまく防波堤になってくれることを期待しよう。


次回更新はあさって3/17(木)19時頃投稿の予定です。

間に合わなかった場合はゴメンナサイ。


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