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<第三五章 変質魔法>

「とりあえずやってみます」

「おお、そうか。やってくれるか」

「条件があります」

「何だ。言ってみたまえ」

「石油の改質が成功したら、多分仕事が増える。

 これ以上忙しくなるのは嫌です。

 逆に休みを増やしてほしい」


 これを言っておかないと、絶対に忙しくなる。

 最近はダイヤ作成の仕事が無くなり(もう十年分以上作ってある)、金抽出が多いので体力的にけっこうきつい。

 さらに石油改質が入ってきて、体力的には楽な授業時間を減らされたらもっときつくなる。

 だから、仕事時間が増えないのが絶対条件だ。

 休みを増やす、すなわち実質仕事時間を減らすのは追加の交渉材料だ。


「それはもっともな話だ。

 儲かるのなら分け前を寄こせということだな。

 義雄君も報酬があったほうがやる気も出るだろうしな。

 分かった。

 私が責任を持って上と交渉しよう。

 それで、石油が使えるようになるなら安いものだ。

 上も納得するだろう」


 あれ、教授が簡単に了承した。

 ひょっとして、これって、まさか、俺が言う前から落としどころが決まってたのか。

 また、教授の手の上で踊らされてしまったのか。


「善は急げだ。さっそくやってみようではないか。

 実は実験の準備はしてあるのだ。

 隣の部屋へ行こう」


 用意が良いことだ。

 俺は感心して、同時にあきれた。



 隣の部屋には何か球状の金属の物体が置いてあり、そこに器具やら管やらが付いている。


「これが実験装置だ。

 中には重油――正確に言うと重油の元となる分留した重質成分が入っている。

 残りには水素を充填してある。

 これも正確に言うと、水素充填時に混ざった空気や石油の蒸発分もある。

 九割九分水素だと考えてもらって問題無い」

「はい」

「それで、この重油を軽油へ変えると、水素が消費される訳だから気圧が減る。

 気圧が下がることで何らかの反応があったことが分かる。

 いちいち球を開けて中を確認しなくても良いのだ。

 これが気圧計で今は約一気圧を指している」


 教授の指差した先には時計みたいな器具が付いていて、一本の針が数字の"1"を指していた。


「では義雄君、魔法を掛けてくれ」

「ちょっと待って、急です。少し考えさせてください」


 新しい魔法をそんないきなり作れるはずがない。

 落ち着いて考えよう。

 やることは分かっている。

 石油の分子を切って、そこへ水素を付ける。

 まずは、この考えでやってみよう。

 思い浮かべるのは台所で野菜を刻むハナの姿だ。

 一本のネギが包丁でタタタタタンとみじん切りに変わっていく。


「とりあえず、やってみます」


 地力を集め、完成形を頭に思い浮かべ、魔法を発動させようとする。

 結果、何も起こらない。

 気圧計を見るまでもなく分かる。失敗だ。

 まあ、一回目から成功するとは思っていない。


 反応させるにはよく混ぜたほうが良いはずだ。

 これは錬金術の基本だ。

 一回目のやり方の途中に重油と水素を拡販する手順を付け加えて、もう一度やってみる。

 これでも失敗だ。

 新しい魔法だ。こんなものだろう。


 さて、何が悪いか。

 魔力が足りないと魔法は発動しない。

 錬金術はたいてい必要な魔力は小さいが、これは意外と必要量が多いのかもしれない。

 地力を集める時間を長くして魔力を増やしてみる。

 今度こそ成功するか。

 期待しながら魔法を掛けてみる。

 だが、発動した時の独特の感覚が無い。

 失敗だ。

 念のため気圧計を見るが変化していない。

 それから俺は何度も魔法を掛けた。

 思い浮かべる姿を変えてみたり、重油が軽くなるところを想像してみたり、魔力を増やしてみたり。

 何度も何度もやってみるが、相変わらず成功しない。

 成功しそうな雰囲気はみじんもない。


 俺は昼に一旦家へ戻って食事をした以外は合計七時間も魔法を掛け続けた。

 それでも魔法は発動しなかった。

 俺は精神的にも体力的にもぐったりだ。

 新しい魔法は簡単ではない。

 普通なら何年も掛けて完成させるものなのだ。

 いきなり新しい魔法を完成させようとは考えが甘かった。

 この国へ来て魔法がとても役に立ち、調子に乗っていたのだ。

 俺が一人で肩を落としていると教授が声を掛けてきた。


「義雄君、今日のところはもう終わりとしよう。

 この部屋はしばらく義雄君専用だ。

 いつでも好きな時に来て使って欲しい。

 窓には目隠ししてあるし、入り口には鍵を掛けておく。

 焦らずやってくれたまえ」

「分かりました」


 失意のうちに俺は部屋を後にした。

 翌日から俺は時間があると転移でその部屋へ行き魔法の実験をした。

 だが、何回やっても成功しない。

 そんなことを繰り返して一週間が過ぎた。


 俺は風呂で湯につかりながら考えた。

 これはもう駄目なんじゃないか。

 新しい魔法は無理なんだ。

 という消極的な気持ちと、何とかなるはずという楽観的な気持ちが交互に浮かんでくる。


 ここであきらめたら今までの苦労が水の泡だし、待遇改善も勝ち取れない。

 それにこのくらいで断念していたら故郷へ帰るなんて夢のまた夢だ。

 やってやる。絶対に成功させてやる。

 何かが悪いのだ。

 まだ試していないことがあるはず。

 科学的に考えたら複雑なことをしているのではない。

 うまくいっても良さそうなものだ。

 もう一度最初から考えてみよう。


 化学式で考えると炭素の結合を切って、そこに水素原子をくっつけるだけだ。

 んっ? んんっ? 水素原子!

 俺はひらめいた。

 そうか、水素原子だ。

 今まで水素をくっつけることを漠然と考えていた。

 付けるのは水素分子ではなくて、水素原子だ。

 だから水素原子二個でできている水素分子を一個ずつの原子に分解しないといけないのだ。

 まずは炭素の鎖を切る。

 これで切り口が二つできる。

 次に水素分子を原子に分解して、水素原子二個を炭素の切れ端二か所にくっつけるのだ。

 これで、上手くいくはずだ。


 翌日俺は勢い込んで実験した。

 結果は失敗だった。


 今度こそ上手くいくと思ったのに。

 これ以上何を変えれば良いのか

 まだ、何かが足りない。

 さらに、発想の転換が必要なのだ。

 最大の問題点は魔法が発動していないこと。

 これを逆に考えると、実は魔法は発動していることになる。


 となると、器具の故障か。

 さすがに教授も壊れた器具は使わないだろうし、確認しているだろう。

 一応聞いてみるとして、取りあえずは信用しよう。

 となると、俺が魔法の成功を感じ取れない。そして、器具でも計れないことになる。

 ひょっとして反応が小さすぎて気圧に変化が現れないのか。

 まさか、魔法が分子一個にしか掛かっていないのか。


 確かに俺は炭素の鎖を切ることを思い浮かべた。

 ネギをみじん切りにする要領だ。

 だが、ネギ一本分しか考えていなかった。

 それでは駄目なのだ。

 何本も何本も大量に切らないといけない。

 一本ずつ連続で切っていたのでは時間がかかり過ぎる。

 たくさんのネギを巨大な包丁でまとめてみじん切りにするのだ。

 何百本、何千本、何万本もの大量のネギの束をとてつもなく巨大な包丁でザックザックと切っていく。

 そして切り終わるはしから次のネギが切られていく。

 それが繰り返されネギが無くなるまで続く。

 この考えでいけそうだ。

 これなら大丈夫だろう。

 今度こそ上手くいくはずだ。


 次の日、俺は成功を確信して実験室へ転移した。

 そして自信を持って魔法を掛けた。魔力も多すぎじゃないかと思うほど込めた。

 そして魔法を発動する。

 その瞬間、手応えを感じた。

 同時に器具からミシッとかすかな音がした。

 成功だ。

 魔法が発動したのだ。


 最初に改質を試してから二週間以上たっている。

 これまで何回魔法を掛けたか、百や二百じゃきかない。

 千回以上はやっている。

 もう、嬉しくて踊り出したい気分だ。

 さっそく教授に連絡しよう。

 おっと、その前に一応気圧計も確認しておくか。

 どのくらい気圧が下がったのだろう。


 俺は気圧計を見た。


 あれっ、針が無い。

 いや、あった。一番右の赤いところにあって見にくかったのだ。

 これは気圧が増えたということ?


 気体の水素が減って液体の石油と化合するわけだから気圧は減らないといけない。

 なのになぜか気圧が高くなっている。

 なぜだ? さっぱり分からない。

 これは教授に連絡して調べてもらうしかない。

 俺は家へ戻って、教授へ電話を掛けた。


「どうした、義雄君。何か問題か」


 教授は運良く大学に居た。


「石油の改質で魔法は発動しました。

 ですが、気圧計の針が赤いところにあります。

 これは気圧が増えたということでしょうか」

「何っ、本当か。それはいかん。危険だ。

 あの器具は十気圧までは耐えられるようになっているが、それ以上は爆発の恐れがある。

 こちらで調べるから、それまであの部屋に行ってはいかんぞ。

 分かったな」


 教授は慌てた様子で早口でしゃべり電話を切った。

 何が起きたのだろう。

 教授が連絡してきたのは翌週のことだった。


「義雄君、気圧が増えた理由が分かった。

 メタンだ」

「メタンって、あのメタン」

「そうだ、CH4のあのメタンだ」


 炭素と水素の一番簡単な化合物であるメタン。

 一個の炭素原子に四個の水素原子がくっついてできている。


「改質された石油は比重が大きく下がっていたが、同時にメタンが発生していた。

 他にC2H2のアセチレン、C2H4のエチレン、C2H6のエタンも発生していた。

 こいつらは常温で気体だからな、そのせいで気圧が上がっていたのだ」

「えっ」


 そんなものを作る気は全くなかったのに。

 なぜそんなものができたのだ。


「石油を気体にまでしてしまうとは考えていなかった。

 私の判断が甘かった。

 魔法に対する認識を改めたよ。

 使い方によっては危険なものなんだな。

 それにしても容器は余裕をみて耐圧性能の良いものを使っていて良かった。

 これが安物なら壊れて中身が噴き出すか、最悪爆発していたところだ」

「おぉ」


 けっこう危ない状況だったのか。

 分からないから何とも思わなかった。

 今考えると冷や汗ものだ。


「要するに炭素分子を細かくしすぎたのだな。

 だが義雄君、悲観する必要はない。

 これは失敗は失敗でも成功につながる失敗だ。

 やり過ぎたのをちょっと控えるだけでちょうど良いものができるのではないか」


 みじん切りで駄目なら乱切りだ。

 ハナが野菜の煮物を作る時に適当な大きさにザクザクと切っていく様子を思い浮かべるようにしよう。


 後日、実験の準備ができたということで教授と向かった。

 一人では危険ということになって、当面教授が同席することになった。

 教授によると、やり過ぎは爆発の危険があるということなので魔力は少なめにする。

 念のため、中に入っている石油は全てが気化しても爆発しない量にして、容器も耐圧性能を上げたそうだ。

 安心して魔法を掛けられる。


「いきます」


 教授に一声かけてから魔法を掛けた。

 今回も魔法が発動した感覚がある。

 今度こそ上手くいったか。


 石油タンクの圧力計を見に行った教授が大きな声を出した。


「成功だ。圧力が減っている。成功だよ、義雄君」


 教授が俺のところへ来て手を握り締める。


「どうだ、疲れてないか。

 体力の減り具合はどうか。

 大丈夫か」

「大丈夫です。疲れは無いです」

「ようし、重畳、重畳」

「それでは実験を続けよう。

 こっちの容器は結果の分析があるから、別の容器でもう一度やってみよう」


 それから俺はもう一度魔法を試した。

 もちろん二回目も成功した。


 できた石油は分析され比重が下がっていることが確認された。

 だが、実験はこれで終わりではない。

 分子は小さすぎては駄目で気体に成ったり熱量が減ってしまうそうだ。

 最適な大きさに変えないといけないのだ。

 そして、俺は最適な結果を出すために何度も魔法を試す。

 刻む野菜の大きさを変え、包丁の大きさを変え、切る時間を変え、込める魔力の大きさを調整する。


 魔法を掛けてはできた物を分析してもらう。

 結果を踏まえて次回は魔法を調整する。

 その繰り返しだ。

 一個ずつやっていたのでは時間がかかり過ぎるので何個ものタンクを用意する。

 それに少しずつやり方を変えて魔法を掛ける。

 この時、俺は忘れないように何番にどんな魔法を掛けたか記録しておく。

 そして後日検査結果と照らし合わせをする。


 結果満足のゆく結果が安定して出せるようになったのは、最初の成功から二か月も後のことだった。

 俺も大変だったが、検査する人も大変だったろう。

 顔も名前も知らない人だが、一緒に頑張った同志のような気がする。


 だが、実験はこれでも終わりではないそうだ。

 これからは段々容器を大きくしていく。

 最終的にはトン単位での製造を試してみるそうだ。

 それに一度にできる量を増やすために石油と水素の割合を変えたいらしい。

 今のやり方だと高圧力は必要ない。

 タンクは密閉されていれば良い。

 あとは水素の取り扱いに気を付けるだけだ。

 ただし、常圧で行うと一度に添加できる水素の量が少ない。

 そこで水素の圧力を上げて水素と石油の比率を変えることも試したいそうだ

 だが、それは試掘が成功し、石油が安定して送られてくるようになってからの話だ。

 今は実験しようにも、それだけの量の石油が無いらしい。

 それでしばらく実験は休止になる。



 教授と二人でとりあえずの実験成功をお祝いしていると教授が言った。


「義雄君、今回の魔法は新しい魔法だと思うのだ。

 何と名付ければ良いと思う」

「変質?」

「うーん、そうだなぁ。

 分子構造を変更するわけだからな。

 科学的に言うと水素を付けるのだから還元反応になるが、還元魔法というのはしっくりこないな。

 まあ、良いだろう。

 石油を重質から軽質に変えるのだ。"変質"魔法と呼ぶことにしよう」


 俺の発明した魔法第一号(元の世界ではすでに発明されていて俺が知らないだけかもしれないが)は変質魔法と呼ぶことになった。



 石油改質がひとまず落ち着き、土曜日の仕事は午前中だけになった。

 午後は休みで自由な時間だ。

 俺が家でのんびりしていると、買い物から帰ってきた正一が声を掛けてきた。


「今日からユシウも半ドンか」


 ユシウも?

 俺が正一を見ると、しまったという顔をしている。


「どういうこと」

「何でもないよ」

「おかしい。正直に言わないと、これから正一は誘わない」


 なんのことか分かったらしく、正一は隠すことを諦めた。


「いや、役所はな、昔から土曜の午後は休みなんだよ。

 それで世間でも土曜の午後が休みになるところが増えていてな。

 この午後が休みのことを半ドンって言うんだよ」


 俺は世間が休みなのに働いていたのか。

 騙されたような損していたような気持ちだ。

 せっかくの休みの嬉しさも半減だ.


「ユシウは知ってると思ってたよ」


 正一がしれっと言う。

 これは口止めされていたのだろう。

 くやしい。

 いつか、ぎゃふんと言わせてやる。

 だが、仕事が減ったのは良いことだ。

 これから土曜の午後は家でぐうたらすることにしよう。

 そして、たまにハナに頼まれた家の修理とかするのも良いかもしれない。


次回更新は明日3/13(日)19時頃投稿の予定です。

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