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<第三二章 潜入>

 部屋で待機している間に、次郎と打ち合わせは済ませておいた。

 作戦というほど練ったものではない。

 俺が一人で建物の外へ出る。

 窓の外から隠密魔法を掛ける。

 室内へ転移。

 会話を盗み聞きする。

 そこで何かの証拠が出てきたら、俺が念話で次郎へ合図。

 次郎は館内の照明を丸ごと切る。

 俺がその間に証拠を奪って待機部屋まで転移。

 次郎と佐伯さんは一般客を装ったまま退出し帰宅。

 以上だ。


 この作戦が使えるのも今回は好条件がそろっていたからだ。

 まず月齢が三日で最適の明るさである。

 天候も良く、夜の屋外でも短時間なら耐えられる。

 対象の部屋には窓が付いている。

 相手が二人と少ない。

 ここでは停電が珍しいことではない。


 これだけ条件が良ければ単純に魔法の力に頼ったほうが良いと、俺と次郎の意見が一致した。


「それじゃあ頼んだぞ」


 次郎が佐伯さんを連れて部屋を出た。

 俺が転移するところを見せないためだ。

 俺は転移する前に念のため隣の部屋との壁に耳を当ててみた。

 聴覚強化魔法を最大限に掛ける。

 隣の部屋から何かぼそぼそと話し声がするが何を言っているかは分からない。

 音が小さいしはっきりしない。

 それに他の部屋からの音も雑音として混ざっていて余計に聞き取りにくい。

 これで済んだら簡単だなと一応試してみたが駄目だった。


 それで俺は建物の外へ飛んだ。

 場所は先日下見をした時に見当を付けておいた。

 中庭の茂みと塀の間の暗闇だ。

 番犬もおらず転移は誰にも見られずに成功した。

 それから暗闇の中を静かに目的の部屋へ近づいていく。

 場所は建物の見取り図から分かっている。

 窓から明かりが漏れている。

 ということは目隠ししていないということだ。

 中がのぞける。

 こんな寒空の下、中をのぞく奴などいないと油断しているのだ。


 ゆっくり片目だけで中をのぞく。

 窓は曇っているが人は判別できる。

 よし、このまま隠密だ。

 中の二人に一人ずつ隠密を掛ける。

 練習のおかげで一呼吸、二呼吸で魔法を掛け終わった。

 掛かったかどうかは俺には分からない。

 念のために確認しないといけない。

 万が一掛かっていなかったら部屋に転移したとたんに大騒ぎになる。


 ほんの軽く窓を指で叩く。

 コンと音がする。

 暗闇の中思ったより音が響いて、俺は心臓が止まりそうになった。

 それでも中に二人は気付かない。

 念のためにもう一度、さっきよりほんの少しだけ力を強くして窓を叩く。

 コン。

 普通なら気付きそうな音がした。

 それでも中の二人はこちらを向かない。

 おそらく隠密は掛かっている。


 行くぞ。転移だ。

 俺は覚悟を決めて部屋の中へ転移した。


 室内の明るさに一瞬目がくらむ。

 だが、のんびりしていられない。

 転移の際に隠密魔法が切れたかもしれない。

 急いで魔法を掛けなおした。

 こういう時、声を出さずに魔法を掛けられる俺の流派は便利だ。

 二人は俺に一切気付くことなく会話を続けている。

 卓の上の料理はほとんどなくなっていて、話が盛り上がっているようだ。



「――本当なら今月中に決起する予定だった。

 油田発見の話を聞き、成り行きを注視していたら行動が遅れてしまった。

 今年中の決起はもう間に合わない」


 安本大尉だ。

 今、今月中とか恐ろしいことを言ったような気が。


「そんなことはないだろう。

 この程度の寒さなら我が軍は十分戦える」


 もう一人は知らない人だ。


「そうだろうな。

 だが、満州軍との戦いがもつれた場合、それか満州軍が戦いを避け奥地へ逃げた場合、輜重が問題になる。

 冬の満州で輜重を維持するだけの兵力が我々には無い。

 寒さに負けてしまうことになる。

 予定通りに今月決起し冬の間に防備を固めていれば満州軍など怖くもない。

 関東軍だけでやることができた」

「状況は刻一刻と変わっている。

 作戦はそれに応じて柔軟に対応しなければならん」

「それはそうだが」

「やるからには絶対に成功させねばならん。

 万に一つの間違いも許されん。

 伸びたおかげで冬の間にじっくり計画を練れるではないか。

 計画は進んでいるのか」


 突っ走りたい安本大尉をもう一人がなだめているような感じだ。

 本当に安本大尉が首謀者なのか。


「ああ、元々の計画を手直しすればよいから、大筋はできている」

「なら、いつやるのだ。

 雪が解けて足元が固まったらすぐか」

「普通はそう考えるだろうな。

 だから我々はその裏をかき、三月に動く。

 雪は残るがその分地面は固い。馬車も動かせる。

 寒さについては防寒具を十分手配するが、兵には大和魂で我慢してもらう」


 三月とは……。

 安本大尉の計画は毅の上を行っている。

 危ないところだった。


「そいつはいい考えだ。

 東京の奴らの驚く顔が目に浮かぶぞ。

 肝心の作戦はどうだ」

「大筋はな。

 まずは我々中隊長の連名で合同訓練を上申する。

 上は血気にはやる若い者の憂さ晴らしだと了承するだろう。

 そして、訓練名目で出営準備をする。

 後は、粛々と作戦を実行して既成事実を作り上げる。

 だが、問題がいくつかある」

「なんだ、弾薬か?」

「いや、弾は問題無い。

 火薬庫の下士官は真っ先に仲間に引き込んであるし、担当士官は農村出身で俺達に好意的だ。

 見て見ぬ振りをしてくれる」

「では何だ」

「ロートル連中をどうやって動かすかだ。

 我々だけではどうやっても満州半分は占領できない。

 関東軍全部でもやや足りない。

 関東軍を丸ごと引き込むのは大前提だ。

 その為には初戦で圧倒的に勝ち、破竹の勢いで進軍し、もう後戻りできないところまで一気に突き進む。

 そうすれば上の臆病な連中も仕方なく勝ち馬の尻に乗っかろうとする」

「うむ」

「さらに、日本全国へ檄文を送る方法を考えている。

 ことを起こすと味方になりそうな将校の自宅にも檄文を送る。

 対象の選定と自宅住所の割り出しは国内に居る仲間がやっている」


 日本にも仲間がいるのか。

 そこまで大がかりとは思っていなかった。

 事態は予想以上に深刻みたいだ。


「それに新聞にも檄文を掲載させたい。

 だが、新聞屋は政府に脅されると載せないかもしれない。

 そこでまずここの日本語新聞に脅してでも掲載させる。

 と同時に国内の主要新聞、ラジオにも同じ物を送りつける。

 満州で公表されたものなら新聞各社も掲載するかもしれん」

「それは上手い考えだ」


 色々考えているものだと、少し感心してしまった。

 ここまで来たら聞けるだけ話を聞こう。


「国内で同調の声が大きくなれば、朝鮮軍も動いてくれるかもしれん。

 そうなれば占領は確実なものとなり、既成事実が完成する。

 政府も乗っかるしかなくなる」

「それで一番の問題というか検討すべき点は張学良を確保するかどうかだ。

 これで作戦が大きく変わってくる。

 奴をさらうとなると、かなりの人数をそちらへ割かねばならん。

 奴の護衛と間違いなく銃撃戦になるだろう。

 それに奴の予定と決起日を合わせねばならん。

 かなりの制約となる」

「それは難しい問題だ。皆の意見も聞きたいな」

「それに参謀とも相談しないといかん」

「それで具体的な編成はできているのか」

「おおかた固まってきた。

 まずは張を確保しないほうだ。

 元の決起計画を修正している。

 これだ」


 安本大尉が懐から数枚の紙を出して相手へ渡した。

 俺は静かにその後ろへ回り込み、視覚強化でその文字を読む。

 そこには手書きで部隊名や場所などが書かれている。

 これなら証拠になりそうだ。


 できれば紙を手放した瞬間を狙いたい。

 俺はその時を待つが、男は紙を手にしたまま読み続けていて離さない。

 どうしよう、もうやってしまうか。

 もう少し待つか。

 俺は一人悩む。

 魔法の痕跡は残したくない。

 紙をしまうギリギリまで待とう。


 その時、男は一通り目を通し終わり紙を卓の上へ置いた。

 今だ。


『次郎さん、明かりを消してください』


 俺は次郎へ念話で話し掛けた。

 だが、すぐに証明は消えない。

 何かの手違いか。

 じりじりと焦る時間が流れる。

 早くしないと紙がしまわれてしまう。


 その時、突然照明が消えた。


「くそっ、停電だ」

「またか」


 本当に停電が多いみたいで二人は慌てない。

 俺は視覚強化を最大にする。

 そろりそろりと近づき、音がしないようにゆっくり紙を掴んだ。

 良し。


『成功です』


 俺は念話で次郎へ伝え、すぐに待機部屋へと転移した。


次回更新は3/8(火)19時頃投稿の予定です。


しばらくは火木土日の週四日更新にしようと考えています。

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