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<第三一章 隠密魔法>

 満州へ行く前に隠密魔法の練習をしておかないといけない。

 隠密は万能な魔法ではないのだ

 なんといっても大きな欠点がある。

 それは相手より先に相手を見つけねばならないことだ。


 隠密は自分の存在を消せる魔法ではない。

 自分の方向への認識を散漫にさせるものだ。

 魔法がかかっている状態でも大きな音を立てたりするとすぐに見つかってしまう。

 それに術者が見られている状態で隠密を掛けても、急に目の前から消えるわけではない。

 そのまま認識され続けてしまう。

 だから相手に気付かれる前に相手を発見し先に隠密を掛ける必要がある。

 それから静かに近づくのだ。


 隠密にはさらに欠点が二つもある。

 一つは魔法を掛け続けないといけないこと。

 もう一つは同時に複数の人に掛けられないこと。

 昔の大魔法使いならある程度の範囲に居る人間にまとめて隠密を掛けられたかもしれないが、俺なら一人ずつ掛けることしかできないだろう。

 一人に隠密を掛け続けている状態で二人目に掛けられるか、これもやったことがないから分からない。

 実際に試してみるしかない。

 それに発動時間を短くしないと急に人が現れた時に対処できない。


 練習は二日もあれば十分なはずだ。

 魔法の腕は最初ぐぐっと伸びるが、その後は緩やかにしか上達しない。

 だいたいの魔法は使えるようになって二日目までは大きく伸びて三日目からはあまり伸びなくなる。

 そこからは練習あるのみで数をこなさないと上達しない。

 だから今回は準備に二日もらったのだ。


 まずは正一で試してみる。


「正一、ここに立ってくれ」

「おっ、なんだ、何かの実験か」

「魔法の実験」

「痛くないか」

「痛くない」

「よし、お安い御用だ」


 暇なのだろう。快く手伝ってくれる。

 俺は一旦離れて後ろから隠密魔法を掛ける。

 そして、正一の斜め前へ回り静かに近づく。

 真正面からだと視線をさえぎることになり魔法を掛けていても見つかってしまうことがある。

 三メートル、二メートル、一メートルとゆっくり近づき、最後は正一の肩に手を置いた。

 正一は声を上げてその場を飛びのいた。


「おおぉっ、ユシウか。驚かすなよ」

「ごめんなさい。実験は成功です」

「そりゃ良かった。それで、何の実験だ」

「それは秘密です」

「そんなこと言わずに教えてくれよ」


 正一がしつこく聞いてくるが無視して次郎とハナを呼んできた。

 複数人に隠密を掛ける練習だ。

 何回か繰り返して、隠密で対人の場合の要点が分かってきた。


 まず複数人同時には掛けられない。

 一人ずつ順番になら掛けられる。

 これは以前教授が言っていた複数魔法という範疇には入らないと思う。

 同じ魔法を複数掛けるのは集中する内容が同じなので成功しやすいのだろう。

 そして魔法を掛けるのをやめてもすぐに効果は切れない。

 しばらくたってから切れる。


 これだけ分かれば十分だ。

 あとは発動時間を短くするためにひたすら何度も隠密の魔法を掛けた。

 その間中、正一は何の魔法か教えてくれとうるさかったがもちろん無視した。


 昼には毅から内定相手の情報が届いた。

 関東軍の陸軍大尉で中隊長というのをしている。

 真面目で堅そうな性格に見える。

 真面目だからこそ自分の考えに固執してしまっているのだろうか。

 俺はいったん満州へ飛び、一緒に届いた毅からの連絡文を置いてきた。

 出発前日も一日中魔法の練習をし、そして当日を迎えた。


 同行するのは次郎だ。

 どうするか聞いたら、


「俺は護衛だからもちろん一緒に行く。

 付いていけるところまで付いていく」


 ということで次郎と一緒に連結と転移で満州へ移動した。

 現地案内人との待ち合わせ場所へ行くと、そこには一人の女性が待っていた。


 女性なら女性と前もって言っておいてほしかった。

 男としか考えていなかったので、少し驚いてしまった。

 年は二十歳とちょっとくらいだろうか。

 俺と次郎の間という感じだ。


「案内役の佐伯です。よろしくお願いします」

「大川です。こちらが小林です」


 次郎が挨拶するが俺は偽名(今の日本名も偽名だが)を使うことになっている。

 表面上は次郎が主で俺が副ということにする。


「女性だとは思っていませんでした」


 次郎も意外だったみたいだ。

 危険性のある秘密の仕事に女性とは普通考えないだろう。


「男女の連れのほうが怪しまれませんので、私が選ばれました。

 時間もあまりありません。

 状況をご説明します」


 佐伯さんはいたって普通の平凡な顔をしているのに、せっかちなのだろうか。

 もう少し、満州は東京より寒いでしょうとか、会話が会ってもよさそうなのに。

 などと考えているうちに佐伯さんの説明が始まった。


「関東軍に不穏な動きがあるということで二週間前に我々が派遣されました」


 我々ということは複数の人だ。


「それ以来、中心人物とみられる安本大尉を中心に監視し情報を集めています。

 彼らは先々週と先週で一回ずつ料亭――といっても日本と違って個室で食事をして若い娘が給仕をしてくれるところに集まりました。

 全員が一度に集まるのではなく、二回の参加者は違います。

 安本の休みの日に集まれるものが集まったのだと考えています。

 そこで彼らは密談しているようです。

 その参加者が安本と行動を共にしているとみられ、現在五名が判明しています。

 全部で何名が参加しているのかはまだ分かっておりません」

「それで、どうするのでしょう」

「おそらく今週も彼らは集まるでしょう。

 その際になんとか彼らの密談の内容を聞けないかと考えています。

 しかし、彼らの使う料亭は造りがしっかりしているせいか、隣の部屋からでは全く会話が聞き取れません。

 ですが、お二人ならなんとかできると聞いております。

 いったいどうするのでしょう」

「それは機密事項であり、お答えできません。

 私達には秘密装置があるとしか」


 俺のことだ。


「分かりました。

 これ以上はお聞きしません。

 それで具体的なやりかたですが、料亭の経営者には金を握らせています。

 安本が料亭に来たら連絡があり、隣の部屋へ案内してもらう手筈です。

 大川さんと私が夫婦、小林さんはその弟という設定で良いかと思います。

 料亭に入った後はお二人にお任せします」

「分かりました。それで良いでしょう。

 他に何かありますか」

「お二人用に着替えを用意しています。

 その格好だと寒いですし、ここに住んでいる日本人とは雰囲気が違います。

 お二人には瀋陽在住日本人になっていただきます」


 満州は寒いので厚着をしてきたつもりだったが、まだ足りないのだ。

 ここはどれだけ寒いのだろう。


「昼はまだましですが、夜はかなり冷えます。

 こちらを使ってください」


 佐伯さんが出してきたのは、膝近くまでありそうな長さで毛皮の襟が付いた厚手の外套、これまた毛皮でできた帽子、手袋など一式だ。

 たしかにこれなら暖かそうだ。


「着替え終わったら、まずは料亭を案内します。

 外観だけでもご覧になってください。

 その後は、この部屋で連絡を待つことになります」

「いつまで?」


 俺は発音がまだ外人ぽいので黙っていろと言われていたが、思わず聞いてしまった。


「連絡があるまでです。

 おそらく数日中に彼らはまた料亭に集まるでしょう」

「集まらなかったら」


 今度は次郎が聞いてくれた。


「三日待って集まらなかったら、その時は次の手を考えましょう。

 ですが軍内に忍び込むのは難しいですし、彼らの内の一人を寝返らせるのはもっと難しい。

 やるとしたら、安本大尉の部隊の内の一人、下士官辺りが良いでしょう、これを取り込んで彼らに接近させることです。

 このやり方は時間がかかるし警戒されるかもしれない。

 料亭でなんとかするのが一番やりやすいのです」


 行き当たりばったりな気もするが仕方ないのだろう。

 佐伯さんは俺よりもこういった秘密の仕事に詳しいのだろうから、とりあえず従おう。

 もっと危険なことも想像していたので、それに比べたら安全なやり方だ。

 やる時は俺の魔法で臨機応変に対応する。


 着替えた俺達は次郎の運転で料亭へ向かった。

 その建物はレンガ造りでかなりしっかりしている。

 これなら音は聞こえないだろう。

 まあ、そういう場所だからこそ彼らは密談の場所に選んだのだ。


 それから俺達は部屋に戻って待機を続けた。

 そこは集合住宅の一室で、この建物もレンガ造りだ。

 暖房がしっかり効いていて、とても暖かい。

 東京よりも暖かいくらいだ。


 部屋の中で俺と次郎は二人で待たされる。

 隣は寝室になっていて寝台が二つ置いてある。

 ここで最大三日間待機させられる。

 次郎はやることがないので黙って目をつぶっている。

 また、瞑想でもしているのだろう。

 俺は体力を使わない程度に隠密魔法の練習をする。

 ここ数日の練習の成果か、一瞬とまではいかないが数秒あれば発動するまで上達した。

 元々狩りで時々使っていたので慣れるのは簡単だった。

 結局その日は何事もないまま終わった。


 次の日も朝から待機だ。

 毎朝の日課の在外公館巡りをやって、毅宛ての報告を置いてくると何もやることがない。

 佐伯さんが食事を運んでくる以外は誰も来ない。

 こんなことなら冒険小説の一冊でも持ってくれば良かった。

 本当に退屈だ。

 魔法の練習も飽きてしまった。

 やることが何もないというのは二日目にもなるとかなりきつい。

 そして満州二日目もそのまま終わってしまった。


 満州三日目。本当に退屈でつらい。

 もうこのやり方は駄目だと思ったり、今夜こそ必ず来ると思ったり、他にやり方は無いか考えたり、余計なことばかり考えている。

 暇な時ほど時間のたつのは遅い。


 時刻は七時少し前、今日も駄目だったかと諦め、夕食が来るのを待っていた。

 そこへ佐伯さんが急いだ様子で入ってきた。


「連絡がありました。安本大尉が現れました」


 それを聞いた次郎はかっと目を開いて立ち上がった。

 俺は慌てて外套と帽子、手袋をつかみ佐伯さんへ続く。

 外はすっかり暗くなっている。

 ちょうど良いことに今日は新月の二日後。

 このくらいの明るさが一番良い。

 普通の人には何も見えないが、視覚強化が使える俺なら歩くのに不自由しない。

 満月だと明るすぎるし、新月だと暗すぎる。


 料亭に着いたのは七時過ぎだった。

 すぐに部屋へ案内された。

 佐伯さんが店の人から話を聞いて戻ってきた。


「彼らは二人で来ています。

 隣の個室へ居て、もう料理が出始めているそうです。

 それで最後の料理が出た時点で連絡が来ます。

 彼らが話をするのはその後だと考えています」


 いつ人が入って来るか分からない状態で秘密の話はしにくいだろう。


「店の人間は大丈夫ですか。

 裏切って奴らに情報を流したりしませんか」


 次郎が良いことを聞いた。

 その可能性は有りそうだ。


「その可能性は有りますが、そこは信じるしかありません。

 我らも人員に限りがあるので、よその人間を利用するしかありません。

 それより私達も簡単に食事をしましょう。

 何も頼まないのは店員に不審に思われます」


 佐伯さんが店員を呼び、何かを注文した。

 どれも聞いたことがない料理だった。

 しばらくして運ばれてきたのは、肉を焼いたり煮たもの、パンに似た物などが出てきた。


 肉を一口かじると、懐かしい感じがした。

 この硬くて癖のある味は、


「この肉は?」

「羊ですね。この辺りではよく食べられています」


 やはり羊か。ツユアツでたまに食べていたが、日本では食べたことがなかった。

 パンみたいな丸いものは割ると中に何か詰められている。


「これは?」

「パオズです。これもよく食べられています」


 他に刻んだ肉とかを生地で包んだものがスープに入ったものなど、食べたことが無いものばかりで意外と楽しめた。

 期待していなかっただけに嬉しい。


「美味しかった」

「ああ、うまかったな。

 国外に出たら、やっぱり現地の物を食べないとな」


 次郎も満足したようだ。


 食事を終えお茶を飲んでいると、店員が入ってきて佐伯さんに何か耳打ちした。


「彼らの料理が全部出たようです」


 部屋の空気が一転して引き締まる。

 よし、ここからが本番。俺の出番だ。

 俺は気合を入れた。


次回更新は明日3/6(日)19時頃投稿の予定です。

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