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<第三章 異変>

「ユシウがここに来てもうすぐ十年になるな」

「そうですね」


 夕食の時に師匠が突然気持ち悪いことを言ってきた。

 これまで食事の時はほとんど会話なんてなく、あっても修行に関することくらいだった。

 なのに、今日に限って俺の事を話題にするなんて。

 薄気味悪いし、何か嫌な予感がする。

 そんな俺の雰囲気を悟ったのか師匠が話を続けた。


「もうすぐ、新しい魔法がものになりそうだ。

 うまくいけば国から褒章が出るだろう。

 そうしたら、お前に新しい魔法の許可をもらってやろう。

 十年も修行したんだから次の段階へ進んでも良い頃だ。

 精神魔法が良いと思ってるんだが」


 俺は少しの間、口がふさがらなかった。


 精神魔法――。

 攻撃系の魔法の中で物理魔法と違い相手の精神に働きかける魔法だ。

 幻覚、幻聴、睡眠、読心、催眠、隷属などがある。

 攻撃系とは言いにくいが師匠が日常使っている念話もここに含まれる。

 他に特殊なものとして捕虜の尋問や評定所で使われる真贋もある。


 精神魔法を覚えれば魔法使いとしての道がぐっと広がる。

 師匠のように補助魔法の研究者として生きるだけでなく役所や軍で働くこともできる。

 それに日常で師匠の念話に答えるのにいちいち走らなくて済む。

 この家に来てから一番嬉しい出来事だ。


「はい、精神魔法がいいです。

 お願いします。

 嬉しいです。

 めちゃくちゃ嬉しいです」


 もう、師匠がすごく良い人に見えてきた。

 ぶっきらぼうでいつも機嫌が悪く口数が少ないのは新魔法の為に苦労していたからだと思えてくる。

 将来は俺も師匠みたいな人生になるのかなと思っていただけに叫びながら走り回りたいほど嬉しい。


「そうか、分かった。

 近い内に最後の実験をするから、それまでもう少し待て」


 そう言って師匠は自分の部屋へ引き上げた。

 俺は後片付けをしながら浮かれまくっていた。

 生活の心配が無いとはいえ、代わり映えの無い生活に飽きていたのも事実だ。

 それに師匠は多分六十を超えていて、かなりの年寄りだ。

 もし、師匠に何かあったら俺は路頭に迷うことになってしまう。

 俺が使える魔法くらいだとろくな働き口が無い。

 良くてどこかの二流商人の運搬係というところだ。

 それが師匠の言葉で将来の展望が開けてきたのだ。もうワクワクが止まらない。

 やる気が湧きあがってくる。


「精神魔法にも色々あるからな。

 どの許可をもらおうか。

 一番使えるのは読心かな。

 でもこれを覚えると人間不信になるというし。

 一番金になるのは真贋。

 これだと一生それなりの生活が保証される。

 やっぱり、すぐに使えるのは念話だ。

 まずは念話を覚えてから、難しいのを試そうか……」


 目一杯修行してやる。そして、一刻も早く精神魔法をものにするのだ。

 俺は許可がでしだい念話が使えるように、精神魔法の魔法書を読み込んだ。

 本当は許可の無い魔法書を読むのは違法だが、魔法使いの弟子については黙認されている。

 それからしばらくの間、俺は人生最良の日々を送った。



 師匠のあの話から八日目、ついに新魔法の最終実験が行われることとなった。

 師匠が国からの依頼で研究しているのは異世界との接続だ。

 これには理由がある。

 最後の魔法大戦以来、各国は戦争で攻撃魔法を主力に使えなくなった。

 地力の枯渇である。


 それまでの戦争は魔法使いが主力で攻撃と防御に大規模な魔法を使っていた。

 先の魔法大戦の頃になると、魔法技術の発達で世の中の地力を使い尽くすほどの規模になっていた。

 大戦の結果、各国は荒廃し、多くの人が死に、地力のほとんどが失われた。


 最初はただ大規模魔法が使えなくなっただけだった。

 大魔法使いも少数だが生き残っていた。しかし、三十年もたつと凄腕魔法使いは皆亡くなってしまった。

 残ったのは地力の不足で魔法の修行に事欠き、技術がなかなか上がらない魔法使い達だ。

 各国は人口を増やし兵力を増やすことに努めたが、このツユアツの国は火山の影響で土地が痩せている。

 食料を増やすことができず人口を増やせない。

 だが、その反面他の国よりも地力の濃度が少し濃い。

 地力が地中深くから湧いてくるという説の根拠になっている。

 それでツユアツでは錬金に力を入れている。錬金により上質なもの珍しいものを作り他国へ売り、その金で兵を増やすという考えだ。

 また、錬金は兵器の性能を上げることにも役立っている。

 高品質の金属を使うことで高品質の武器ができるからだ。


 だが、錬金頼りの政策にも限界が見えてきた。

 他の国でも少しずつ錬金魔法は進むし、製法の漏洩もある。

 ツユアツのものはだんだん売れなくなってきていた。

 そこで最後の手段としてツユアツが極秘に始めたのが異世界との連絡魔法の開発だ。


 この世には良く似た世界が星の数ほど在ると考えられている。

 その根拠は歴史上何度か現れた異能人だ。

 この世界の人間とは違う能力や知識を持つ人々。

 異能人はまれに現れては歴史に名を残していく。

 また、この世界の人間が神隠しに会うのは異世界へ飛ばされてしまうからだと言われる。

(大部分は犯罪に巻き込まれたのであろうが)


 師匠の研究は、いつどこへ来るか分からない異能人を待つのではなく、魔法で異世界とこの国をつないで、人・物・知識を入手するものなのだ。

 俺が知っているのはここまでだ。

 いくら師匠と弟子とはいえ、新魔法の秘密は教えてもらえない。

 師匠がしかるべきところへ報告し認められ、褒章を貰い、初めて俺が教えてもらえる。

 弟子に心を許しすぎた魔法使いが功績を横取りされた例はいくつもある。



「前から言ってあった通り、これから最終的な実験を行う。

 成功すれば異世界との扉が開かれるはずだ。

 ユシウ、お前は念のため家から離れたところで待っていなさい」


 師匠はさすがに緊張しているようだ。

 いつもの仏頂面がこわばっている。


「承知しました。

 師匠、必ず成功させてください。

 俺、祈ってますから」


 俺は本当に心から祈っていた。

 失敗したら、精神魔法を覚えられない。

 今までと同じ退屈な毎日が続くことになる。


「ああ。実験が終わったら呼ぶから、それまで待っておれ」

「はい」


 そこで俺は畑の手入れをしながら時がたつのを待った。

 だが一刻、二刻と待っても師匠の念話が来ない。

 俺は待ちきれず家の横で薪割りを始めた。

 それに体を動かしていたほうが気がまぎれる。

 額に汗が浮かび、腕に疲れが出始めた時、それは起こった。


 突然師匠の部屋の方向で何かが光り大きな音がしたのだ。


「し、ししょおおおおーー」


 何が起きた。

 師匠は無事か。

 俺は師匠の部屋へ向かって走り始めた。

 その時、頭の中に師匠の声が響いた。


『ユシウっ!、来ちゃいかん。逃げろ、逃げるんだ――』


 その直後、さっきよりも大きな光と音がした。


 そして、俺は師匠の声を最後まで聞くことなく意識が途絶えてしまった。


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