表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/50

<第二八章 攻撃魔法>

 満州での一仕事を終えて、俺はのんびりしたかったが周りはそれを許してくれなかった。

 仕事が溜まっている、静子との勉強が遅れているとのことで、忙しい毎日が始まった。

 教授にちょっとだけ愚痴をこぼすと


「それだけ大切な仕事を任されているということだ。

 頑張りたまえ」


 と励まされた。少しうれしい。


「それで今日の研究テーマなんだが――」


 もっと褒めてよと思ったが、教授はもう魔法研究に興味が移っている。

 そうなると俺の愚痴など聞く耳をもたないだろう。


「義雄君は攻撃魔法が使えないということなんだが、今なら使えるのではないか。

 あっちの世界では無理だったのかもしれんが、ここは地力が多いのだろ。

 初めてやった鉱山探査もできたのだから、他の魔法もできる可能性はあると思うのだが」

「んー、どうでしょう」


 魔法使いはなぜ新しい魔法を発明するのに苦労するか。

 それは魔法の根源にかかわってくる。

 魔法とはそもそも何か。

 諸説あり、それぞれ根拠がある。


 多数派の考えは『地力を使い世の(ことわり)を変えること』。

 魔法無しではできないことが魔法ではできる。魔法には地力を使う。

 この二点からの考えで、これを支持する人は地力の集め方を重視する人が多い。

 俺からすると発動面から見た現象を説明しているだけで本質ではないと思う。

 また、少数派として『術者の想像を具現化する力』というものもある。

 魔法は明確に完成形を想起できなければ発動しない。

 この考えの人は想像力を重視し、頭の中でいかに具体的で緻密なことを想起するか日々鍛錬している。

 他にごく一部の意見として『魔法は特別なものではない。世に存在する様々な現象の一つに過ぎない』と考える人も居る。

 着火魔法をほとんどの人が使えることが根拠だ。

 弓や剣に得手不得手があるように魔法にも得手な人と不得手な人が居るだけ。

 魔法使いの能力は生まれながらの素質と本人の努力で決まるという考えだ。


 俺の考えは一番目と二番目を混ぜたものに近い。

『地力と体力を使い世の理を変えることで術者の想像を具現化する』

 要点は体力が必要なことだ。

 おそらく魔法は本来地力のみが必要で体力は必要ない。

 体力を使うのは地力を集め魔力に変換するときの呼び水みたいなものなのだ。

 地力の枯渇で代わりに体力を多く使うようになっただけだと思う。

 そうじゃないと、昔の魔法使いは大規模魔法を使った時に体力が尽きて死なないといけない。

 失敗などで不幸にも死んだ例はあるかもしれないが魔法使いは生き残っている。

 魔法大戦で魔法使いが死んだのは、ほとんどが敵の攻撃によるものだ。


 もっと言うと、魔法の威力は地力の濃さ(と術者の能力)に比例し、量との関係はないと俺は踏んでいる。

 量と関係あるのならば、時間を掛けて地力を集めれば昔のように大規模魔法が使えることになる。

 現実は大規模魔法の再現という話を聞いたことがない。

 魔法は酒と似ている点があると思う。

 薄めた酒から濃い酒を造ることはできない(蒸溜すれば別だが)。

 逆に濃い酒から薄い酒を造ることは簡単にできる。

 また、薄い酒でも大量に飲めば酔うことができる。


 この俺の考えにもいくつか穴がある。

 俺がこの世界で魔法を掛ける際にも地力を集めていることだ。

 濃さだけが必要なら、その場にある地力だけで魔法は発動するはずだが、そうはならない。

 真の魔法理論はもっと複雑なのだろう。誰も発見できていないだけなのだ。



 それで、なぜ新しい魔法が難しいのか。

 新しい現象を想像することが難しいこと、地力が魔力に変換されて発動する機構が解明されていないこと。

 この二点による。

 新しい魔法を作ろうとするとき魔法使いは試行錯誤して何度も実験を繰り返し、たまたま魔法が発動する機会を待つ。

 そして、一度成功したら、また実験を繰り返し再現するのを待つ。

 そうやって何度も繰り返し、やがて安定して発動できるようになったら、初めて新しい魔法として認められるのだ。

 新魔法発明はとても時間がかかる。


 対してすでに存在している魔法を学ぶのはそれほど難しくは無い。

 発動するための情報が文字や絵になっているのだから、それを見れば良い。

 手本として実際の魔法を見ることもできる。


 俺が攻撃魔法を覚えることは新しい魔法を発明することに等しい。

 なんせ、魔術本は無いし、手本を見せてくれる人は居ない。

 攻撃魔法については分類や効果を知っているだけなのだ。

 だが、全く当てがないわけでもない。


「二つほど当てがあります」

「ほう、それは何かね」

「火矢と念話です」


 攻撃魔法は物理魔法と精神魔法に分かれる。

 物理魔法はいくつかあるが、そのうち主なものは四つある。

 火矢、雷矢、投射、力幕だ。

 火矢と雷矢はそれぞれ火や雷を作りだし飛ばす魔法。

 投射は既に存在する矢や石を飛ばす魔法。

 実は投射と移動は同じ魔法だ。

 投射は速度を重視し、移動は動かせる最大重量を重視している違いがある。

 力幕は魔力で透明な膜を作り敵の攻撃を防ぐものだ。

 防御する魔法なのに攻撃魔法に入っているのはおかしいが、分類上他に無かったのだろう。

 大昔にはもっと多くの種類があったが現在は書物上での記録しかない。


「火矢は着火と似ている。

 着火して、その火を移動させれば火矢と同じことになる。

 火矢はその二つを一回の魔法で行う」

「なるほど、義雄君は着火も移動も使えるから、火矢と同じことができるということか。

 となると火の大きさと移動の速さが問題だな。

 遅いと避けられてしまう」


 今の俺でも火矢の真似事はできる。

 ただ火はとても小さく、ゆっくりとしか飛んで行かないだろう。


「それと念話は練習すれば使える」


 念話は精神魔法の一つだ。

 攻撃とは関係ないが相手の精神へ働きかけるという意味で精神魔法に分類されている。

 敵の心へ話し掛けるという攻撃方法がないわけではないが、相手をイラつかせる以上の効果はなさそうだ。

 念話は日本へ来る前に魔術本は読み終わっていたし、師匠からしょっちゅう念話で話し掛けられていた。

 練習すれば使えるようになるはずだ。


「念話はどのくらいの距離まで使えるのかね。

 戦場でも使うということは数キロはいけるはずだが、最大は何キロなんだろう」

「たぶん制限は無い。聞いたことがない」


 ツユアツの首都から家に居た俺まで師匠の念話が届いたことがあるから少なくとも数十キロは届く。


「それが本当ならかなり使えるのではないか」

「使える。ただし、一方向だけ」

「そうだったな。それでも使える場面はあるだろう。

 今後の検討課題としておこう。

 では、今日は火矢の実験でもしようか」


 教授は立ち上がり部屋を出ていった。


「ハナさん、すまんが鍋を一つ貸してくれんか」


 台所から教授の声が聞こえる。

 戻ってきた教授はいたずら小僧のように笑いながら言った。


「火には気を付けんとな。

 でも、焦がしたりへこませたりしてくれるな。

 ハナさんに怒られてしまうからな」



 教授は鍋を庭に置いてある大岩に立てかけた。

 俺はそこ目掛けて火を飛ばす。

 人生初の攻撃魔法だ。


 まずは着火で指の先に火を灯す。

 本当に小さな火ができる。

 次にそれを飛ばす。

 火に移動魔法を掛ける。

 飛べっ。

 火が動いた。


 お、遅い……。とてつもなく遅い。

 蝶が飛んでいるくらいの速さだ。

 ふわふわしながら飛んでいく。

 そして何十秒かの時間がたって、火は鍋の底へぶつかり火花を飛ばして消えた。


「当たったな」

「当たりました」


 使い物にならないことは誰でも分かる。

 教授も俺も口に出さない。


「これをどれだけ速く飛ばせるかだな。

 火の大きさはそれほど重要ではない。

 それよりも速さ、それと発動時間の短縮に重きを置いたほうが実用的だろう。

 まずは相手の目をくらまし、自分の身を守る。それを目標にしよう。

 火矢を使えた方が義雄君も何かと安心だろう」

「そうですね。練習します」


 これが本当に使い物になるのか。

 少し心配だ。



 念話は一人で試すことにした。

 どこでも練習できるからだ。

 魔術書は読んだので後は練習するだけだ。

 書物によると自分の声を相手の耳へ飛ばして、そこから頭の中へ伝える感じだそうだ。

 俺は正一、次郎、ハナを相手に念話を試してみる。

 成功すれば返事があるはずだ。

 結果はすぐに分かる。


 予想通り何も起こらなかった。

 普通はこうなのだ。

 ちゃんと勉強した魔法でも一発目から掛かることは珍しい。

 気長にやろう。


 それから毎日俺は火矢と念話の練習をした。

 火矢は毎日の自由時間に庭で練習する。

 的はハナがどこからか貰ってきた古い鍋を使っている。

 家の鍋を魔法の練習に使ったことがバレたのだ。


「食べ物を入れるものをそんなことに使ってはいけません」


 と、怒られた。

 普段おとなしいハナとは違って少し怖かった。

 ハナは食べ物関係にうるさそうなので今後気を付けよう。


 念話は時間の隙間にちょいちょい練習する。

 食事の前の時間、教授や静子を待つ時間、仕事の休憩時間など。

 どこでも練習できるので都合が良い。


 十日くらいたったある日、いつものように念話を試していた。


「んっ?」


 正一が突然振り返った。


「呼んだか?」

「いや、呼んでない。どうした」

「なんかユシウに呼ばれた気がしたんだ」


 これは成功か。

 さっきの感じを忘れずに、また正一に念話を試してみる。

 そして、三回目の時、


「なんだ」

「何でもない」


 また成功か。

 もう一度だ。


「だから、なんだ」

「何でもない」

「何でもないなら、呼ぶな。しまいには怒るぞ」


 これは成功だろう。

 ためしに台所に居るハナに使ってみる。

 すると、ハナが台拭きを持って部屋に入ってきた。


「もうすぐできますので、もう少し待ってください」


 そこでハナがあれっていう顔をした。

 どうやらハナは俺の生の声を聞いたと勘違いしたようだ。

 台所で声を聞いたのに俺が部屋の中に居るので戸惑ったのだ。

 まれにそういう人が居ると聞いたことがある。

 念話の声が生声と同じように聞こえるらしい。


 コツはだいたい分かった。

 これで念話はほぼ使えるようになった。

 でも、正一をからかうのが面白いので、このことはもう少し黙っているとしよう。


次回更新は明日3/2(水)19時頃投稿の予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ