<第二七章 大油田?>
翌日、本郷中佐は二台のトラックを用意してきた。
普通の車だと荒野は走れないのでトラックにしたそうだ。
一台目は中佐が運転し、松浦さんが地図係、そして俺。
二台目は次郎が運転する。
なぜこうしたかというと、まず俺と松浦さんは一緒に乗らないといけない。
地図の細かい確認をする必要があるからだ。
そして松浦さんと長い付き合いのある中佐が運転したほうが意思の疎通をとりやすい。
となると次郎が一人で乗ることになる。
少しかわいそうな気もする。
「全員が一緒に乗れば?」と俺が聞くと、
「それだと車が故障した場合に立ち往生します。
鉄道沿線とはいえこのあたりは治安が良いわけではありません。
馬賊が出る恐れもあります」
ということで二台で行くそうだ。
荷台には予備の燃料や簡単な測量器具、雑多な荷物、そして布をかぶせられた何か。
「これは?」
「それは武器です。馬賊は武装してますからね。
こちらもそれなりに用意しておかないと」
機関銃という連続して弾が出る武器らしい。
ツユアツには無かったものだ。
それがトラックに一台ずつ。
他にも木箱に入った何かがある。
俺はちょっと怖い気がしてそれ以上聞くのを止めた。
「では出発しましょう。
今日は海まで行く予定です。
そうすれば町があり途中で野宿することもありません」
日が昇ってまだそれほどたっていない肌寒い中、俺達は瀋陽を出発した。
ちなみに俺は朝一番で毎日の日課の在外公館巡りを済ませているので、ばっちり目がさえている。
最初のうちは整地された土の道で車は順調に進んでいく。
両側には小さい家が立ち並び、それなりの街だということが分かる。
まだ朝早いのに人々はすでに動き始めている。
外見は日本人に似ているが着ている物が少し違う。
外国に来ているんだと実感する。
試しに探査魔法を使ってみたが反応は全くなかった。
しばらくすると家の数は減り畑が増えてきた。
道も悪くなり車がけっこう揺れる。
だが、それはまだましなほうだった。
畑が減りほとんどが荒野という景色になってきたところで、松浦さんが中佐に何かを言った。
「ここから、道を外れて昨日の反応があった方向へ進みます。
五条通殿は反応があったら教えてください」
「分かりました」
いよいよここからだ。俺は気を引き締めた。
道を外れたとたん車は上下左右に大きく揺れ始めた。
道が悪いので車は速度を上げられない。
しゃべると舌を噛みそうだ。
それでも中佐は平気そうで俺が退屈しないように話し掛けてくる。
「本当は馬の方が良かったのですが、私も松浦も馬には乗れませんから。
五条通殿は馬は乗れますか」
「乗れません」
馬車には乗ったことがあるし馬の手綱を引くことくらいならできるが、馬には乗ったことがない。
子供の頃、田舎で馬は貴重品であり乗る人は居なかったし、師匠と暮らしてからは転移でたいていの用事は片が付くので馬に乗ったことはない。
「私は子供の時分、騎兵にあこがれました。
何といっても馬に乗ってる兵隊さんはかっこ良いですから。
士官学校に入る頃はまだ騎兵の栄光が残っていたのですが、今ではすっかり時代遅れになりつつあります。
寂しいものです」
「そうですか」
「日本の子供は誰でも一度は馬賊になって満州の荒野を駆けまわることを夢見るんですよ。
ですから、今日も馬賊が出てくれないかと期待しているんです」
馬賊は馬に乗った賊だろう。
そんなものを見たいとは意外と物騒な人だ。
「もし、出たら」
「もちろん、戦います。
後ろに積んでる軽機(軽機関銃)でなぎ倒します。
憧れの相手ですから男として一度はやってみたいです」
中佐はとても楽しそうに話をした。
俺はもちろん馬賊など出ないように願っていた。
中佐の世間話を聞いているうちに車は昨日の反応地点へ近づいてきた。
中佐の顔付きも先ほどまでの楽しそうな顔から精悍な顔に変わってきた。
「そろそろ昨日の場所です。
五条通殿は魔法をお願いします」
「分かりました」
俺は石油だけを対象に探査魔法を掛けた。
対象の種類を絞ったほうが精度が良くなる気がする。
そして魔法を掛け続けていると、反応が返ってきた。
「来ました。二時の方向」
「二時の方向、承知しました」
中佐が車の向きを変える。
ちょっと右や左など向きを微調整しながら進んでいく。
向きがすぐに変わるので車の方が細かい探査はやりやすい。
そうして、反応が大きくなると同時に、かすかな別の反応も返ってくるようになった。
「降りてみましょう」
中佐の指示で全員車を降り、俺は探査を掛けなおす。
今度は垂直方向にも気を使って魔法を掛けた。
すると、反応は下に十度前後くらいの深さから来ている。
「このまま歩いてみましょう」
車はそのままおいて、次郎以外の三人で反応の方向へ歩き出す。
次郎は荷物番だ。
飛行機と違ってゆっくりなので反応の変化が少なく分かりやすい。
雑音のようだった小さい反応も感じ分けることができる。
一キロほど歩いたところで、再度垂直方向を確認すると二十度弱の方向だった。
さらに進んだところで俺は止まった。
「これ以上は無理」
色々な方向から反応が返ってきて区別がつかなくなってきた。
「分かりました。いったん戻って別の場所で試してみましょう」
それから反応方向から遠ざかり、満鉄に平行の向きで海に向かい十キロほど進んだ。
そして、また反応方向に進んでいく。
やり方は同じで車で行けるだけ行き、そこからは歩いて進む。
反応は一回目と同じ感じで返ってきた。
それでこのやり方を繰り返そうとなった。
ただし時間が掛かる。
移動を含めて一か所調べるのに二時間ほどかかる。
昼食を挟んで四か所目の測定を終えた頃には日が傾いていた。
「これ以上は危険です。日が暮れる前に街へ移動しましょう」
中佐の提案で探査を打ち切り、鞍山という街へ向かった。
近くに工場があるそうで東京ほどではないがかなり大きい街だった。
そこで無事宿を見つけることができた。
夕食の時、誰ともなく石油の話になった。
「本当にあるのかな」
「あります。ただし、量と質は知らない」
俺は断言する。
「これだけ広範囲に広がっているのだ。
あるのは確かだろう。
我々に今できる事は反応がある地点を調べ尽くすことだ。
それで、五条通殿に相談なのですが、反応の中心がどこかを調べることはできませんか」
俺は少しだけ考えて答えた。
「とても難しい。強い反応がたくさんあって、区別できない」
中心へ近づくと、まるで耳元で大勢が怒鳴り合っているような状態になって、何が何やら分からなくなってしまう。
「そうですか、となると周辺部を調べて全体の範囲を特定し、中心部は類推するしかないですね」
今の所、それしか方法を思い付かない。
疲れていた俺は食事もそこそこで床に付くとあっというまに眠りに落ちた。
次の日も同じことの繰り返しだった。
四か所の測定をして、海沿いの寒村に泊まった。
宿などないので農家の離れを一件借りて全員で雑魚寝だ。
用心して中佐、松浦さん、次郎の順で見張りをした。
次の日はもっと大変だった。
反応がある地点の反対側へ行こうという話になった。
反応地点は満鉄から五キロから十キロ離れて平行している。
反応地点の反対を調べるということは満鉄から数十キロ離れないといけない。
日本の勢力圏から離れ、人家が少なくなる。
しかし、やらないといけない。
今のままでは、あっちの方角に石油があるというだけなので、どこを掘れば良いか分からない。
せめて全体の範囲が分からないと見当も付けられない。
そして、まずは満鉄から離れて百キロほど西へ進む。
海沿いには人家が多少あるので道らしいものもあった。
だがそこから内陸部へ向かうと完全な荒野だった。
見渡す限りの荒野。遠くに山並みが見えるだけ。
日本と同じ星だとは思えないほどの寂れ具合だ。
「これだけ寂れていると、馬賊すらいないでしょうな」
と中佐が冗談を言う。
その日は荒野真っただ中での野宿となった。
転移で日本へ夜だけ帰っても良かったが、車を残していけない。
車ごと日本へとなると人に見られない転移場所を探さないといけない。
面倒だし時間が無いので誰かが残ることに。
誰かが残るとなると交代する者が必要となる。
俺以外が全員残ることになり、俺も残ることにした。
野宿は人生で何度もするものじゃない。
俺自身初めてだ。少し楽しいと思ってしまった。
その次の日も荒野での野宿となり、結局瀋陽にたどり着いたのは出発から五日目の夕方だった。
全行程約五百キロで途中で野宿が二回。
忘れられない旅となった。
到着時点で俺は疲れきっていてフラフラな状態。
まっすぐ歩くのさえきついほどだった。
現役の軍人である二人も顔に疲労をにじませている。
愚痴を言わないのはさすがだと思う。
苦労の甲斐あって反応地点の全貌が分かってきた。
満鉄からほぼ十キロから二十キロ離れてほぼ並行する形で存在している。
海を底辺として内陸部へ伸びた細長い三角形の形をしている。
長さは百キロ弱。面積で言うと東京府と同じかそれ以上になる。
あらためて大変なことになったと思う。
「私は報告に行かねばなりません。
東京へつなげて頂けませんか」
その日の夜、中佐は報告のために一旦日本へ戻ることとなった。
松浦さんは借りた物の返却などがあるので現地に残る。
俺はどうするとなって、それなら俺も帰ろうということで、次郎と一緒に自宅へ戻った。
俺が家から毅へ電話すると、すぐに来ると言う。
実際三十分少々でやって来た。
「やったな、義雄君。お手柄だ」
俺を一目見るなり毅は大きな声で褒めてきた。
毎朝日課のついでに家と外務省に大まかな報告をしておいたので、だいたいのことを知っている。
毅は満面の笑みだ。
「どのくらい出るか、どんなのが出るか分からない」
「かまわん、かまわん。
石油が出れば良し。
もし出なくても何かの交渉材料には使える。
ここから先は私の仕事だ。
政府と軍の間の調整をして、支那とも交渉しないといかん。
やらねばならんことがいっぱいある。
義雄君はこれからも魔法の研究を頑張ってほしい」
俺のこの件に関する仕事はもう終わりという言いかただ。
それは手柄を横取りされたような感じで面白くない。
せっかく見つけたのに、後は一切手出し無用とは悲しい。
そんな俺の気持ちに気付いたのか、
「そうだ、義雄君にもう一つお願いというか提案があるのだ。
満州から転移で帰ってくるのはつまらんだろう。
ついでに中華民国の首都南京へ行ってみないか。
これは仕事じゃない。休暇だ。ただ行くだけで良い。
何もしなくて良い。旅行を楽しんでくれれば良い。
松浦中佐も士官学校出だから支那語で挨拶くらいはできるんじゃないかな。
なんなら南京で案内人を用意するぞ」
なんか怪しい。
この国に来てから一方的に良い話はほとんどない。
あえていうなら一番最初にハナと正一が助けてくれたことぐらいか。
何か裏があるのだろう。
「目的は?」
「義雄君にいつも仕事ばかりさせて申し訳ないと思っているのだ。
これは本当だ。
だから、たまには旅行を楽しんでもらいたい。
今度は世界を回ったときみたいな勉強も無い。
自由にしてもらって構わん。
ただ毎日居場所の連絡だけは欠かさないでくれ。
それで、ついでといっては何だが、一つだけお願いがあるのだ」
来た、来た。
「南京に在る日本大使館に寄ってもらいたいのだ」
そんなことか。そのくらいなら全然かまわない。
身構えて損をした。
「今後中華民国との交渉が増えると思われる。
それで毎日の配達に支那も加えて欲しいのだ。
そのために場所を確認してきてほしい」
それなら毎朝の日課が数分伸びるだけだ。
たいした手間じゃない。
「分かりました。南京へ行きます」
「そうか、行ってくれるか、良かった。
南京へ着いたら大使館へ寄って大使に会ってくれ。
話はしておく。
よろしく頼む」
そうして俺達は南京にも行くこととなった。
これに本郷中佐と松浦さんも同行する。
「外務省が金を出してくれるというので、私達も護衛を兼ねて一緒に行くことになりました」
ということらしい。
中佐も南京は初めてみたいで嬉しそうだ。
「陸軍は外国へ行く機会が少ないですからとても楽しみです」
いつもは無口な松浦さんも珍しく饒舌だ。
もちろん次郎も付いてくる。
男四人の一行は予定外の休暇旅行を楽しむことになった。
瀋陽から南京まではずっと汽車だ。
切符を買ったり、宿の交渉などは全部中佐がやってくれる。
元々簡単な支那の言葉は使えたらしいが、南京行が決まって急遽知り合いから現地語の虎の巻を借りてきている。
それで何とかなるのは中佐の人柄もあるのだろう。
俺はこの国に来たばかりの頃、正一と意思疎通に苦労したのを思い出した。
そして、俺達は特に問題も無く南京に付き大使館へ行った。
そこで、大使に会い、案内人を紹介されて南京の街をぶらついた。
案内人には次郎と俺が兄弟で、中佐がおじさんという説明をした。
信じたかどうかは分からない。
南京の街ではこの国の物を食べ、名所を巡りのんびり過ごした。
大人の店は危険だということで行けなかったのだけが残念だ。
全員にとって良い骨休みとなった。
ちなみに、南京からは連結と転移で一瞬で帰ってきた。
俺と次郎はともかく、中佐は船でのんびり帰るほど暇ではないのだった。
次回更新は明日3/1(火)19時頃投稿の予定です。




