<第二二章 測定>
陸軍の人が来た翌日、教授は昨日よりもやる気がみなぎっていた。
「これで軍もしばらくは静かにしているだろう。
ゆっくり魔法の研究ができる。
義雄君、今日の目的は数値化だ。
君の能力を数値で表したい」
「数値で?」
今まで考えたことがなかった。
ツユアツで魔法使いの評価は経験年数や使える魔法の種類で決まる。
それか研究結果だ。
初心者、中堅、熟練くらいの区分けしかない。
俺は中堅の一歩手前でマサウやシギルは熟練者の中でも上の方になる。
「数値で表したほうが何かと便利だろう。
魔法の力がどのくらい伸びたか分かるし予測も立てやすい。
義雄君も魔法の練習をして、どのやり方が一番効率的か分かったほうが良いのじゃないか。
そもそも数値化せんと実験しても、できたできないの大ざっぱなことしか分からん。
それじゃあつまらんだろう」
数値化できるなら分かりやすいかもしれない。
しかし、能力がはっきりするのは恐ろしいことでもある。
優劣があきらかになってしまう。
だが、考えてみるとここに魔法使いは俺しかいない。
比べる相手がいないのだから勝った負けた、上だ下だと悩む必要はない。
今の俺にとって自分の成長具合が分かるのは利点な気がする。
「分かりました。やります」
「よし、では大川君、車の中から荷物を運んでくれるかな」
次郎が外の車へ荷物を取りに行った。
「今日は浮遊魔法の測定をする。
飛行機の中でやったように重さの違う物をいくつか用意した。
やり方はあの時と同じだ。
それぞれ浮かせてみてくれ」
「はい」
教授の指示で俺は順番に浮遊魔法を掛けていく。
重りは一キロ、五キロ、十キロ、二十キロ、三十キロの五種類。
横では教授が重りが浮くまでの時間を計り、それを紙に記入していく。
五個とも浮かばせてこれで終わりかと思ったら、
「では、また一キロから浮かせてくれ」
「えっ、なんで。もうやった」
「一回で良いわけがないだろう。
誤差があるかもしれんではないか。
三回やって平均を取るのだ。
五回、十回とやりたいところを義雄君の疲労を考えて三回にしたんだぞ。
早くやりたまえ。
君も自分の能力を知りたいのだろ」
結局五種類の三回ずつで合計十五回も魔法を掛けさせられる。
肉体的、精神的に少し疲れた。
「ご苦労だった。休みながら少し待っていてくれ」
教授が何かを書きながら言った。
縦と横の線の枠の中に曲線が一本入っている。
「何を書いている?」
「これはグラフだ」
「グラフ?」
「今の実験結果を見やすくしたものだ。
これを見ると義雄君の能力が大体分かる」
「何が分かる?」
「まだ確実なことは言えんから待ってくれ。
次の実験ではっきりするだろう」
まだ実験するのか。
面倒になってきた。
「なんだ、その顔は。
まだ浮遊の測定をしただけだ。
連結のほうも調べる必要があるんだぞ。
次は場所を変えてやらんといかんな。
では、場所を確保しに行ってくるか。
義雄君、今日はこれで終わりとしよう。
また、連絡するから待っていてくれ」
教授はまだ時間があるのに帰っていった。
教授はいつも楽しそうでうらやましい限りだ。
数日後俺は家からかなり離れた陸軍の演習場に連れていかれた。
その演習場を借り切って実験を行うのだ。
参加するのは俺と教授と次郎。
他に陸軍の人が二名。
この前家に来た本郷中佐ともう一人三十代くらいの人。
それと乗り物が数台置いてある。
「五条通殿、先日は貴重なお話をありがとうございました。
そのお力の活かし方はさっそく検討させていただいています。
ご満足いただけるよう努力いたします」
この中佐は腰が低い。
中佐というとそこそこ偉いらしいのに偉ぶらないのが良い。
この人のためならがんばろうという気になってくる。
「それで、この者は松浦といいます。
今日は操縦を担当します」
その松浦さんが頭を下げた。
日に焼けた不敵な顔付きで現場の叩き上げという雰囲気を出している。
きっと軍隊生活が長いのだろう。
「挨拶はそのくらいにして実験を始めよう。
ここはそうそう何度も借りれんから、今日一日で全てを終わらせねばならん。
要領よくやるぞ。
はじめに空間連結に付いて測定する。
その後、浮遊魔法で先日できなかったことも調べる予定だ。
では、義雄君、連結で輪を最大の大きさで出してくれるか。
連結先は五十メートルくらい先にしてくれ」
「分かりました」
俺は連結魔法を掛け、どんどん輪を大きくしていく。
すぐに人の背の二倍ほどになる。
ここまではやったことがある。
ここから先は初めてのことだ。
魔法を掛け続けると輪はさらに大きくなっていく。
特に何の問題も無く疲労感も無い。
どのくらいまで大きくできるか興味が出てきた。
調子に乗って魔法を掛け続けていると、
「義雄君、もうそのくらいでいいぞ。
あまり大きくして、外から見た人間が天変地異だと騒いだら困るんでな。
できる限り人払いはしてもらっているが念のためだ」
そこで教授は本郷中佐のほうに振り返った。
「本郷君、この大きさくらいで良いか」
「はい、これだけ大きければ軍で試作中の超重爆でも通すことができます。
松浦、大きさを計ってくれ」
その指示に松浦さんと次郎が紐を持って駆け出していく。
「およそ五十二メートルです」
松浦さんが大声で叫ぶ。
「意外と大きいな。
それで義雄君、体の調子はどうだ。
疲れは感じるか」
「大丈夫です」
「まだ大きくできそうか」
「もっと大きくできます」
「よし、分かった。
この状態で物を通す実験をしよう。
本郷君、頼む」
「はい。松浦、手はず通りだ。やれ」
そこで松浦さんがオートバイに乗り込んだ。
「義雄君、軽い物から順に通していく。
調子が悪くなったら、すぐに言ってくれ」
「はい」
馬車でも通せるのだ。
オートバイくらいなら何の問題も無い。
そして、オートバイが輪を潜り抜けた。
「義雄君、どうだ」
「大丈夫です」
「よし、では次へ行こう」
そして、車、トラック、戦車と順に重い物を通していく。
さすがに戦車の時は感じが違った。
グッと体に力が掛かった気がした。
重い荷物を持った時のような感じだ。
それでも十分耐えられる。
「義雄君、今ので十三トンくらいだ。
どんな感じだ」
「大丈夫です」
「連続でもいけるか」
「ゆっくりなら大丈夫です」
「では、実験を続けよう」
それから連結魔法をかけなおして輪の大きさを十メートルくらいにして、もう一度オートバイからやり直した。
「義雄君、どうだった」
「輪の大きさが違う。でも、疲れは変わらない。
戦車以外は楽。
戦車はほんの少し疲れる。でも、ゆっくりなら、何十台でもいける」
「そうか。現時点ではそんなところだろう。
今後、魔法の鍛錬を積めばもっと良くなるかもしれん。
本郷君、君の意見は」
「十分な結果です。
これだけやれるなら、使い道はいくらでもあります」
「うむ。だが忘れないでくれ。
これはあくまでも高さがほぼ同じ場合での結果だ。
実戦でこのような状況は中々ないだろう。
また、ここを借りることがあれば坂道でも作って高低差がある場合を試してみよう」
「承知しました」
これで連結の実験は終わった。
だいたい予想の範囲内の結果だ。
「では、次に浮遊の実験をしよう。
義雄君、オートバイから順に浮かせてくれるか」
「はい、やります」
俺は全員が見ている中、オートバイに魔法を掛けた。
これは数分足らずで浮かび上がった。
おぉとつぶやきが漏れる。
つぎにトラックを浮かせる。
「これで四トンくらいだ。この前の飛行機より少し重い。
頑張ってくれ」
俺は集中して全力で魔法を掛ける。
この前の飛行機より重いのだ。
頑張らないと浮かない気がする。
俺は全身に汗をかきながら魔法を掛けた。
何十分か過ぎた頃、トラックがゆらりと揺れ、ふわりと浮かび上がった。
おおぉとさっきより少し大きい声が聞こえた。
「二十九分だ」
教授が教えてくれた。
「次は戦車だが、少し休んでからやろう」
そこで昼休みを取ることになった。
「魔法は何度見ても凄いですね。
やりたいことがどんどん浮かんできて大変ですよ」
誰かが用意した弁当を食べながら、本郷中佐は前の時と同じように興奮して話している。
「本郷君、くれぐれも秘密が漏れないようにしてくれたまえ。
上の人間も魔法の存在は他国へ絶対の秘密にする気のようだ。
秘密が漏れるようなことになれば、私と君が腹を切ったくらいじゃおっつかないぞ」
「分かっております。
私はまだこの松浦以外誰にも話しておりません。
こいつも口の堅さは折り紙付き。
絶対に秘密は漏らしません。
ただ、作戦課長が不信に思っているのです。
私が参謀総長の特命で動いているものですから、何かと探りを入れてきます」
「参謀本部内といえども秘密は絶対だ。
陸軍内で義雄君の存在を知っているのは両手で数えられるくらいしかおらんのだ。
くれぐれも、くれぐれも、よろしく頼む」
「お任せください」
本郷中佐が立ち上がり鋭い動きで敬礼した。
俺は素直にかっこよいなと思った。
そして午後から戦車の浮遊実験が始まった。
「義雄君、絶対に無理しないように。
危ないと思ったら途中で止めること。
我々も見ていて危ないと思ったら中止するから、そのつもりでいてくれ」
「分かりました。始めます」
それから俺は全身の力を振り絞って魔法を掛けた。
本当の全力だ。
なんせ、これほど重い物は浮かせたことがない。
できるかどうかも分からない。
この前の飛行機の時よりも体力の消耗が激しい。
俺は途中から立っていることができず、地面に座り込んでしまった。
それでも魔法を掛け続ける。
気を付けないと意識が飛びそうになる。
フラフラする頭と体でまだかまだかと最後の力を振り絞っていると、誰かが肩に手を置いた。
「そこまでだ、義雄君」
教授だ。
「一時間たった。これで終わりにしよう。
実験はまたできる。体を壊したら元も子もない。
横になって休みなさい」
「はい」
俺は小さな声で答えた。
普通の声が出せないほど疲れていた。
松浦さんと次郎に両脇を抱えられ、側にあった車の後部座席へ運ばれた。
「ゆっくり休め」
次郎の声を聞いた気がしながら、俺はすぐに眠りに落ちた。
目が覚めて、窓から外を眺めると、みんなは輪になり椅子に座っていた。
体の疲れはかなりとれた。
少しだるいかなという程度だ。
車の戸を開けて外へ出ると全員がすぐに気が付いた。
「おお、義雄君、体の具合はどうだ」
「はい、楽になりました」
「では、こっちに来たまえ。実験の結果を説明しよう」
俺は本郷中佐に席を替わってもらい、教授の隣へ腰かけた。
「これが結果をグラフにしたものだ」
教授が紙を見せてくれる。
そこには縦と横の直線の他に二本の曲線が書かれていた。
「縦軸が重さ、横軸が時間を表している。
下の短い曲線が飛行機内の浮遊実験の結果で、上の長い曲線が義雄君の家と今日の結果だ。
見て分かるように――」
見ても分からないが、とりあえず黙って話の続きを聞く」
「――同じ重さのものを浮かせるのに空中では約二割増しで時間が掛かっている。
これは空中では地力が薄いことが原因だろう。
高度が上がるとさらに地力が薄くなり、さらに時間が掛かると思われる。
それと空中も地上も線は直線ではなく放物線のような曲線になっている。
これは魔法を掛ける時間と浮かせられる重さの関係が比例関係ではないことを表している。
例えば二倍の重さを浮かせるには二倍を超える時間が必要になる。
これは予想だが浮遊魔法は掛けている端から力が抜けているのだろうと思う。
言い換えると魔法を止めてから力が抜けるのではなく掛け始めから抜けているということだ」
なんか分かるような分からないような、よく分からない。
「そして掛けている魔法の量が多いほど抜ける量が大きくなるのだろう。
となるとだ、掛ける魔法の量と抜ける魔法の量が均衡する重さがある。
その重さが浮かせられる重さの限界ということになる。
それより重い物はいくら魔法を続けようが浮かせられない。
このグラフからすると、それは九トンから十トンくらい。
約十トンが現時点で浮かせられる最大の重さということだ」
俺は浮遊魔法に限界があると知って驚いた。
これまで時間さえかければいくらでも重い物を浮かせられると思っていた。
「これはあくまでも現時点での数字だ。
がっかりする必要はない。
鍛錬すれば力は伸びるだろう。
将来的には地上で少なくとも三十トン、できれば百トンのものを浮かせられるようにしてほしい。
要塞砲を設置するときに砲身を魔法で運びたいからな。
今後は定期的に測定して能力の成長を記録していこう」
教授の話を聞いて魔法に関してあらためて考えさせられた。
これまで教授のように数値面からとらえたことはなかった。
魔法に対して特に地力に関して考え方を変えなければいけない。
元の世界ではいかに早く効率よく地力を集めるかが重要だった。
地力が薄いので魔法発動の効率が悪い。
すなわち、発動に時間が掛かるということだ。
だが、ここはツユアツとは比べ物にならないくらい地力が濃い。
体感では二倍や三倍どころではない、十倍二十倍と桁が違いそうだ。
そうなると、大量の地力を有効に使うことが重要になってくる。
元の世界のように時間を掛けて地力を集めなくても、そこら中に満ちているのだ。
だから地力の集め方よりも変換効率というかより効果的な変換を意識しないといけない。
全力でやって十トンなのだ。
やり方や考え方を変えないと数値は大きく伸びないだろう。
他に魔法使いが居ないのでちょっといい気になっていたが、俺はまだまだなんだと分かった。
マサウが居れば怒られていただろうし、シギルならそんなことも分かってなかったのかと笑うところだ。
俺が考え込んでいると、教授が話し掛けてきた。
「義雄君、これで浮遊と連結については簡単な実験が――」
これで簡単とは、難しい実験とはどんなものなんだと、ちらっと思う。
「――終わった訳だが、最後に折り入って話がある」
「何?」
来た。多分よくない話だ。
「義雄君の体を調べさせてほしいのだ」
「俺?」
「そうだ、義雄君の体を医学的見地から調べさせてほしい。
我々日本人と同じなのか、それとも違うのか。
魔法が使えるのは、その違いのせいなのか。
結果は予測できんが、見た目がほとんど同じで食べ物も同じとなると、同じ造りだと個人的には考えている。
その辺りを確認したい」
「怖い」
はっきり言って乗り気がしない。
ツユアツだと病院といえば薬や治癒魔法で治らない者が行くところだ。
死にかけの人が行くところで印象が悪い。
「怖くない。怖くない。全然怖くないぞ。
日本で病院は子供でも行くところだ。
怖かったら大川君に付き添ってもらえば良い。
それに体の具合の悪いところが無いかも調べてくれるぞ」
最後の言葉に心が動く。
旅行の時に風邪を引いて病気がとても怖かった。
今でも病気のことを考えると不安になる。
それを調べてくれるなら行ってみようかという気になる。
この世界で俺に治癒魔法を掛けてくれる人は居ない。
病気には注意が必要だ。
しばらく悩んで俺は答えた。
「分かりました」
「よし、では来週に迎えの者を行かせるからな、よろしく頼む」
そして後日、衛戍病院というところへ次郎と行った。
話はすでに通っていたみたいですぐに検査が始まった。
レントゲンとかいうものを何回もやらされ、瞼をめくったり、喉の奥をのぞいたり、もう体中を調べ尽くされた。
一番恥ずかしかったのは股間やお尻を調べられたことだ。
いくら相手が医者とはいえそこまでやるかという感じだ。
そして一番信じられなかったのは、針を刺されて血を抜かれたことだ。
あんなに痛いとは思わなかった。
こっそり自分自身に治癒魔法を掛けるほどだった。
もう、色々なことが衝撃的過ぎて終わるころにはフラフラになっていた。
「おい、義雄、大丈夫か」
次郎が心配そうに聞いてくる。
「大丈夫じゃない。針、刺された。血を抜かれた」
「それは大変だったな。
早く終われば寄り道でもして帰るかなと考えていたが、それどころじゃないな。
まっすぐ帰ろう」
俺は次郎に支えられて車に乗り込んだ。
家に帰ったら、俺に元気が無いのに正一とハナはすぐに気が付いた。
「ユシウ、どうした。病院で何かあったか」
「針を刺された」
「おっ、注射か。あれは痛いらしいなあ」
「それは大変でしたね。
今日はユシウさんの好きなビフテキですよ。
元気を出してください」
こんな時は教授に恨みをぶつけてやりたいのに、今日に限って教授が来ない。
何か察したに違いない。
けっこうずるい所がある。
せめて授業は無しにして欲しいと静子に病院のことを話したら、
「それは大変でしたね。
さあそれでは義雄さんの好きな勉強をして元気を出しましょう」
静子は甘くなかった。
「国語、あまり好きじゃない」
「そうですか…………。では今日は特別です。
予定を変更して雑誌を読みましょう。
いつか使う時もあるだろうと冒険小説を用意していました。
これなら、教科書よりも面白いでしょう」
「冒険小説?」
「これは今から二十年と少し前、日本がロシア――今のソ連ですね、と戦っている時に騎兵隊の兵隊さんが――」
「キヘイ?」
「馬に乗って戦う兵隊さんのことです。
その騎兵隊の人が敵地の奥深くへ侵入して偵察してくるお話しです。
少年向けの雑誌で大人気なんですって。
私が読みますので、義雄さんはそれを聞きながら黙読してください。
では読みますね――」
俺は活字を目で追いながら、静子もたまには優しいこともあるんだなと少し見直していた。
次回更新は明日2/25(木)19時頃投稿の予定です。




