<第二一章 戦術>
新兵器構想を披露した翌日も教授は休まずにやってきた。
しかも男を一人連れている。
「今日は義雄君の居た世界の戦争の様子を教えて欲しい。
そこに何か鍵が隠されている気がするのだ。
専門家の話も聞きたいので陸軍の人に来てもらった。
参謀本部作戦課の本郷中佐だ」
「本郷です。本日はよろしくお願いいたします」
中佐はそれほど若くないのに体中から熱気がほとばしっている。
顔も整っていて男前だ。
「まずは専門家に魔法を見てもらうとしよう。
義雄君、空間連結を見せてくれるか。
適当なところとつないでくれれば良い」
「分かりました」
俺は部屋の中と庭とを連結した。
中佐はそれだけで早くも興奮している。
「何でも通せるのですか」
「何でも。しかし、高度差が有る、重い物を通す、疲れる」
「この輪はどの位の大きさまで広げられますか」
「半径三メートルくらい。それ以上、やったことない。でも、多分大きくできる」
二頭立ての馬車が通れるくらいはやったことがあるが。
それ以上は必要がなかったのでやったことがない。
多分、もっと大きくできるとは思う。
「そのくらいあれば輜重は十分通れるな」
「シチョウ?」
「ああ、輜重とは軍需物資やそれを運ぶ部隊のことです。
この輪をもっと大きくできれば戦車も飛行機も大砲も何でも通せる。
敵が予想していない所へ突然我が軍が現れる。
これは凄いことです。
それで距離は? どのくらい離れた場所と連結できるのですか」
「まあ、待て、待て。そう興奮されては話が進まない。
距離は制限が無い。地球の裏側でもつなげられる」
「地球の裏側! 本当ですか。それは凄い。おおおお……、この力をどう使えば」
「だから、落ち着け。中佐。
連結には制限があってだな、一度行ったところか目に見える範囲でしか連結できないのだ」
教授が中佐をなだめながら言う。
「それは残念です。それでも使い勝手はある。例えば――」
「本郷君、そうあせるな。
まずは義雄君に魔法を使った戦争というものを聞いてみようではないか」
そして、俺はツユアツでの戦争について説明を始めた。
「魔法使いが主役」
戦争になれば魔法使いは全員召集される。
だから俺も戦争のことは一応勉強していた。
いつか聞かれるだろうと、こっちへ来てから戦争に関する言葉も多少調べておいた。
「それはそうなるだろな。
現代でももし魔法使いが居れば主力かどうかはともかく魔法使い中心に作戦を考えるだろう。
それで他は」
「命令は魔法で届く」
通常指揮官には念話担当の魔法使いが付いていて指揮は一瞬で届く。
念話担当は事前に下級指揮官達と顔合わせをしておき、いつでも念話できるようにしておく。
「命令・報告が一瞬で間違いなく届くとなると戦争の形が違ってきますね。
最前線となると電話が使えないことが多い。
命令伝達は伝令頼りになります。
それに現代で最前線の小部隊編成は指揮官の声の届く範囲が一つの制約になっています。
なかなか考えさせられますね。
それから他には」
「高い所を取ると有利」
「それは現代でも同じです。高地は作戦上の目標となります」
「少し違う、魔法上の問題」
「別の理由があると」
「分かったぞ、中佐」
教授が口を挟んできた。
「部隊移動も魔法が前提なわけだ。
高低差がある場合、空間連結での部隊移動が困難になる。
だから先に高所を押さえておけば敵部隊が連結を使って攻めてくることができない」
「そうです。それに高所から見る。敵の配置が分かる。連絡する。攻める」
「飛行機がないから、高い所から見るのが一番有効というわけか。
それに遠視魔法もあるから良く見えると。
見た結果は念話で一瞬で届く。
なるほど合理的だ」
「武器は? 武器は何を使うんですか。
銃や大砲はどのようなものでした」
我慢しきれないという感じで中佐が聞いてきた。
「火薬は禁止」
世界協約で火薬の使用と、都市部への魔法使用は禁止されている。
魔法大戦後、各国は地力の枯渇で失った攻撃力を取り戻そうと一斉に火薬の研究を始めた。
これを危惧した数少ない生き残りの大魔法使い達が話し合い、世界協約を作った。
そして説得し、脅し、全世界に批准させた。
その協約の中で火薬と毒の軍事利用は禁止されている。
「ということは銃や大砲は無いと」
「そう」
「ひたすら弓や刀で戦うのですね」
「それと魔法。魔法は攻撃が弱いので、だいたい指揮官や魔法使いを狙う」
「狙撃ということですか」
「そうです」
攻撃担当の魔法使いは敵指揮官や魔法使いを重点的に狙う。
「では守る側はどうするんですか」
「連結で来られないように邪魔をする。燃やす、泥にする、障害物、など」
「部隊移動ができないようにするわけですね。
でも、個人など少数は防げないのでは」
「防げない。鎧を着て警戒する。だから兵は気が立っている。長時間の戦闘はできない」
「それは分かります。いつ敵が目の前に現れるか分からない状態で長時間の待機はできないでしょうね。
鎧ということは兵士はみな職業軍人なのですか」
「ほとんどそう。傭兵、鎧を持つ平民も居る」
鎧を着ていない集団が居ると真っ先に襲われやれてしまうのだ。
「作戦の目的は、指揮官と魔法使い殺す、高い所を先にとる。
後は殺し合い。多くの敵を殺したほうが勝ち」
指揮官は普通囲いの中に居る。
居場所が分からないように欺瞞の指揮所も作るし、戦場に居ないことすらある。
後はひたすら殺し合う。
どれだけ兵力を準備できるか。どれだけ良い武器を揃えるか。練度はどうか。どれだけ地形を知っているか。
事前準備がとても重要になる。
戦闘は土地の占領よりも、敵を殺して疲弊させることを目的とする場合が多い。
「五条通殿の戦争の御経験は」
「私は無い。師匠は数回ある。師匠に話を聞いた」
「そういうことですか。
なんとなく感じがつかめました。
日本でいうと室町後期から戦国時代初期に近い気がします。
でも、想像すると恐ろしいですね。
前線とか陣地とかの意味がほとんど無くて、恐怖に震えながらひたすら殺し合う戦いだなんて」
「戦争はめったに起きない。
戦争すると国が弱る。
すると別の国から攻められる」
「戦争よりも外交交渉で決着が付くことが多かったのでは」
「そうです」
元の世界ではそもそも戦争が起きにくかった。
起きても双方決定打を与えられなくて適当なところで停戦することが多い。
いつどこに敵が現れるか分からないことは上の者から下の者までとても辛いのだ。
俺の魔法を見て、説明を聞き中佐は大変満足してくれたようだ。
「我が方だけが一方的に連結魔法を使えるという前提で考えると、これほど有利なことはないですね。
まずは輜重の問題が大きく改善されます。
遠征時にはざっと三割の員数が物資の輸送に費やされます。
それから進軍の面でも大きい。
予備部隊を前線へ一気に進めることができる。
それに事前に偵察できれば、敵の後方へ兵を送ることもできるし、敵の司令部や物資集積地の重要地点を叩くこともできる。
魔法使いが十人も居れば我が軍は常勝不敗の神軍となるでしょう。
五条通殿一人でも重要な戦いに投入できれば大きく違ってくる。
これは持ち帰って重要検討項目として研究させていただきます」
中佐はとても興奮した面持ちで帰っていった。
「これでまた一つ軍に恩を売れたぞ」
それを見送りながら教授が悪そうな顔をしている。
それを見ている俺の顔は複雑な顔をしているだろう。
「義雄君どうした。不思議な顔をして」
「教授は研究以外に興味ないと思ってた」
「君は私のことを何と考えているのだ。
私は数学が専門で、数学を愛し、数学はこの世で一番美しく実用的な学問だと確信している。
だがな、好きな研究をやるためには、嫌いなこともやらねばならんのだ。
研究内容を決めるにも、研究費用を調達するにも、何をするにも地位が必要。
東洋人が英国で地位を手に入れるのはとても難しいことだった。
数学の能力だけでは駄目なのだ。
権力闘争に強くないといかんかった。
私は身を以ってそれを知った。
だから軍に恩を売るのも、その地位を得るための一つの手段に過ぎん。
全ては数学のためなのだ」
共感はできないが、教授がとても数学を好きなことと今まで苦労してきたことはよく分かった。
次回更新は明日2/24(水)19時頃投稿の予定です。




