<第二章 魔法>
朝食の後は忙しい。
水汲み、掃除、洗濯、たきぎ拾い、薪割り、畑の手入れ、買い物、等々……。
途中師匠に用事をことづかることもあるし、軽食を出さないといけない。
中でも一番大変なのが薪割りだ。
元の木は師匠が家の横まで魔法で運んでくれている。
それを鋸でひき斧で割らないといけない。
小さい頃は辛かった。子供の力じゃなかなか木は割れない。
手に豆を作って泣いたものだ。
見かねた師匠が手伝ってくれていた。
今は体も大きくなり力も付いたのでそれほどではないが、その分師匠は一切手伝ってくれない。
「若い魔法使いには体力が必要なのだ。
これも魔法の修行の一つだと思って、しっかりはげめ」
ということだそうだ。
毎日使う分に加えて冬に備えて大量の薪が必要なので楽な仕事ではない。
家事で一番簡単なのは買い物だ。
転移魔法で近くの町へ飛べば良いだけだ。
転移の瞬間は人に見られないように裏通りへ飛ぶようにしているが、見られても町の人はそれほど驚かない。
兄弟子の時代から何年も続けていることなので、町の人は近くに魔法使いが住んでいて毎日買い物に来ることを知っているからだ。
こうして家事が全部終わってようやく自分の魔法の修行を行う。
ここに来て最初に覚えた魔法は着火だ。
伸ばした指の少し先に小さな火をともす。
これは簡単なので魔法使い以外でもかなりの大人が使える。
俺もすぐ覚えることができた。
先生は兄弟子キユシだった。
「これくらいできて当たり前だ」
とキユシはそっけなかった。
師匠は部屋にこもりっぱなしで見に来ない。
着火の次に覚えさせられたのは転移だ。
「魔法使いになりたかったら、一か月でこの魔法を死ぬ気で覚えろ。
そうしないと、お前は元の家に戻されるぞ」
とキユシに脅された。
家は町から離れた森の中にあるので歩いて買い物に行くと往復で数刻かかる。
キユシが居る間に覚えないと、毎日重い荷物を持って歩くことになる。
それで一か月の間に無理やり覚えさせられた。
来る日も来る日も朝から晩まで同じことの繰り返しで辛かったのは今となっては良い思い出だ。
普通、魔法使いが魔法を覚えるのには手順がある。
まず、覚えたい魔法に関する書物を読む。
当時はまだ文字が読めなかったのでキユシや師匠に読んでもらった。
それから実際に魔法が発動するところを見る。
あとは書物に書いてある通りに魔法を思い浮かべる。
これを魔法が成功するまで何度も繰り返す。
そのため魔法使いによって魔法の発動方法が違う。
読んだ書物が違うからだ。
師匠の流派だと呪文は唱えずに、ただ頭の中で考えるだけだ。
他の流派だと呪文を使うところもあれば、道具や魔方陣を使うところもある。
呪文無しの方が呪文を覚えなくてよいので楽な気がする。
転移の次からは基本に戻って簡単な魔法から一つずつ習った。
初めにそこそこ難しい移転魔法を覚えたおかげで、それからはあまりつまづくことなく順調に覚えていった。
それから錬金魔法をシギルから習った。
錬金魔法の許可は俺がこの家に来て一年たった頃、シギルが師匠を説得してくれた。
「一年がんばった褒美に錬金魔法の許可くらい取ってやれよ」
「錬金も安いとはいえタダじゃない――」
この国では錬金魔法に力を入れていて、錬金は申請費用が安くなっている。
「最初の一年分の金は俺が出してやるし、魔法も俺が教えてやる。
それなら良いだろ。
普段こき使ってるんだから、そのくらいしてやるのが普通だろ。
錬金も始めるのは早いに越したことはないぞ。
それに覚えると色々便利だしな」
「そうか……」
という流れで俺は錬金魔法も教えてもらえることになった。
シギルは多分五十代で、この家を訪れる数少ない人間の一人だ。
たいていの魔法使いは転移を使えるので、もっと多くの人が訪ねてきてもよさそうだが、師匠の人付き合いの悪さからめったに人は来ない。
シギル以外だと師匠が注文した鉱石を商人が持って来たり、森の奥へ向かう人間がたまたま立ち寄るくらいだ。
シギルは錬金の世界ではそこそこ有名な男で、二十年以上前師匠が都で研究していた時からの知り合いだそうだ。
師匠に頼まれた特別な薬品を持ってくる。
そこそこ儲けていて暇みたいで、
「あんな偏屈なマサウの世話は大変だろう」
と、色々俺の面倒を見てくれる。
昔使っていたという初級用錬金道具ももらった。
「俺には弟子が居ないからな。ユシウが弟子みたいなもんだ」
と可愛がってもらっている。
シギルは魔法使いには珍しく結婚している。
魔法使いは結婚しない者が多い。
相続で揉めるからだ。
魔法使いになれるのは何百人、何千人に一人といわれている。
正確にいうと、誰でも魔法使いになれないことはない。
だが、普通の人間が魔法使いになっても、ろくに魔法を使えずに終わる。
もしなったとしても
「こんなはずじゃない。
俺にも魔法の才能があるはずだ」
と無駄な努力を一生続けることになる。
そして魔法使いの子供だからといって、魔法の才能に優れている訳ではない。
親子で魔法使いというのは本当に珍しい。この国では数えるほどしか居ないと思う。
魔法使いは自分の研究が死後に埋もれたり、資料が散逸するのが我慢できない。
たいてい一人の弟子を取り養子にし研究を継承させる。
そうして一代では終わらない研究を何代にもわたって行うのだ。
その時、高価な書物や実験器具、研究成果も引き継がせる。
だが、もし弟子の他に実子が居て相続を要求してきたらややこしいことになる。
師匠も他と同様結婚しておらず、俺を養子にしている。
ちなみに俺の兄弟子キユシも師匠の養子だった。
しかし兄弟が全て死んでしまい仕方なく実家を継ぐことになった。
それで養子縁組を解消して実家に帰ったそうだ。
おそらく迷惑料として師匠へそれなりの金を払ったはずだ。
シギルは結婚して子供がいる代わりに弟子が居ない。
弟子を取っていないので、伝えるべき人間が居ない。
「人間はな、年を取ると人にあれこれ教えたくなるものなんだ。
弟子から尊敬されたいんだよ。
一種の名誉欲だ」
と言って、俺に色々教えてくれている。
俺としては理由は何であれ教えてもらえるなら全然かまわない。
ちなみに普段の実験の手伝いは錬金で儲けたお金で使用人を雇っているようだ。
俺が使える錬金魔法のほとんどはシギルから学んだといっても過言ではない。
雑務魔法も全てシギルから習った。
俺にとってシギルは義理の叔父さんみたいなものだ。