<第十九章 変人>
七月のジメジメする日、夕食の時に正一が言った。
「ユシウ、明日新しい人間が来るぞ」
「そうか、ひさしぶりだ」
「身元は確かなんでしょうね」と次郎
「ユシウさんも大変ですね」とハナがご飯をよそいながらほほえむ。
魔法を多く使うせいか、やたらと腹が減る。
この国はツユアツより暑いのに食欲は減るどころか増えている。
以前は朝夕の食事と昼に軽食くらいだったのに、今は朝からしこたまメシをかき込み、昼はハナが持たせてくれる大盛り弁当か家でドンブリ飯、夜は夜でまた腹いっぱい食べる。
研究で遅くなる時はハナに夜食を作ってもらうこともある。
それでも、また朝になると腹が減ってるから不思議だ。
今もハナは俺の茶碗にこんもりとメシを盛っている。
「どんな人?」
「おう、今度は科学者だ。
イギリスの大学で研究していた博士様らしいぞ。
軍の横やりで決まったそうだ。
政府ばかりが得をしているのが気に入らんのだろう」
俺が情報に疎い分、正一が色々教えてくれるので助かる。
俺が昼間居ない時にやる事が無いはずなので、これくらいしてくれても当然という気もする。
ハナは俺が起きる前には起きて朝食の準備をして、俺が寝るときにはまだ起きている。
食事も俺達が終わった後に一人で取っているようだ。
昼は掃除に洗濯、買い物とやる事はいっぱいある。
いったい、いつ寝ているんだろうと不思議になる。
結婚したら働き者の良い奥さんになるだろう。
正一はもっとハナを手伝ってやれと思う。
俺の知らない所で何かやっているのかもしれないが。
「その博士様は大恐慌を機に日本へ帰ってきて、帝大で先生をしている。
ものすごい変わり者で有名だそうだ。
ユシウも気を付けろよ」
「あぁ」
「楽しみですね」とハナ
何をどう気を付ければ良いか分からない。
正一の情報にはこんなのが多い。
まあ、事前に心の準備ができるだけ感謝しよう。
だが、俺は変人には慣れている。
魔法使いは皆、変人だ。
師匠しかり、シギルもそうだ。
魔法使いなのに結婚しているし、研究よりも金儲けを重視している。
弟子でもない俺に色々教えてくれた。
まあ、シギルの場合は変人というより魔法使いらしくないといったほうがしっくりくる。
それと俺自身は普通だと思っているが、他の人から見るとやはり変人かもしれないとは思う。
そして翌日変人は現れた。
中肉中背の上品そうな男だ。
見た目は四十代後半か。
いや、この国の人間は実際より若く見えるので五十代前半か。
整った髪にメガネを掛け、服は上等そうだ。
「東京大学数学科で教授をしている松川大吉だ。
命により義雄君の研究をさせてもらう。
君に関する報告書は一通り目を通しているが、もう一度最初から聞く部分もあると思う。
申し訳ないがよろしく頼む。
では、時間がもったいないので早速始めるとしよう」
「待ってください、今日、予定がある」
「そのことなら、心配ない。
予定は全て中止となった。
今日一日、私の研究に付き合ってもらう。
ちゃんと許可も取ってある。
それでは始めよう。
今回の研究の目的は義雄君に関する能力を科学的に検証し、日本への最も有効な適用方法を提案すること。
また、義雄君に科学的な助言を行い、魔法の質・量・多様性の拡張を図り、さらなる発展を目指す。
互いに利があることだ。
協力しあってより良い結果を出そう。
よろしいか」
「は、はい……」
紳士的な外見とは違い、一方的な話し方に自分勝手な人間の匂いがぷんぷんする。
「では、最初の質問だ。
義雄君が元居た国、ツユアツでは一年は何日で、うるう年は何年に一回あった。
これはこの世界とツユアツの類似性を確認するための質問だ」
「一年は三百六十五日、うるう年は四年に一回」
「うるう年はもっと正確に分からないか。この世界ではうるう年は四百年に九十七回だ」
「えっと……、四百年でも百回。
一日ずれる、天文の役人、えーと、なおす」」
暦法について俺は基本を知っている。
ツユアツで暦法は国の天文方で管理されていたが魔法使いが働くことが多い職だった。
遠視の魔法が必要だからだ。
それで俺は一通り自習している。
「そこは違うのか。
となると、自転周期、公転周期が違うか暦の精度が悪いのか……」
教授が少し考え込む。
「では、月食はどうだ。月食は事前に予想されて、それは当たっていたか」
「はい、当たる」
「ふむ、そうか。では、惑星の数は何個と考えられていた」
「九個です」
「それは興味深い話だ」
その後も博士の天文に関する質問は続いた。
地球と月の大きさ、惑星の衛星の数、土星の輪の本数、その観測方法……。
いい加減飽きてきた俺の気持ちを察したのか、横で聞いていた正一が口を挟んでくれた。
「あの、松川教授。どうして、天文の話ばかり聞かれるのですか」
教授がギロリと正一をにらんでから答えた。
「それはだな、天文学は数学と物理と精密な観測技術で成り立っているからだ。
天文学の発達具合を調べると、その国の科学の発達度合いがよく分かる。
そして、数学と物理が私の専門であり、発達度合いを判断しやすいからでもある。
これまでの話から考えると、天文学は現在の我が国と同等かそれ以上に発達しておる。
遠視魔法の有用性が原因だと思うが、驚くべきことだ。
蒸気機関が発明されていないというから科学が遅れていると思っていたが考え違いであった。
何事も決めつけはいかんな。
では、次に錬金術について聞こうか。
義雄君は空間魔法の次に錬金魔法が得意らしいが、詳しく教えてくれたまえ」
一方的に良くしゃべる人だなと思いながらも、俺は錬金について説明した。
といっても日本語はまだまだなので、説明が大変だ。
説明は昼食を挟んで夕方まで続いた。
最初は金鉱山へ行くより楽だろうと思っていたが間違いだった。
この教授相手の方が何倍も疲れる。
正一はこれはたまらんと昼からは顔を見せていない。
そして、ようやく夕方になり俺の仕事終わりの時間となった。
「さて、そろそろ予定の時間だな。今日は一日ご苦労だった。
さて、明日だが――」
「えっ、あっ、明日」
思わず俺は声を出していた。
「思いのほか時間が掛かったので、明日も同じ時間から始めようと思う。
関係部署には私の方から連絡しておくので気にしなくて良い。
では、明日またよろしく頼む」
そう言い残して、教授は元気に帰っていった。
俺がぐったりしているとハナが顔を出した。
「お疲れみたいですね。
そう思って今日はあっさりめにうどんとおにぎりにしてみました」
「ありがとう」
本当にハナは気が利く。
これで明日も何とか頑張れそうだ。
だが疲れていた俺は静子の授業でうとうとしてしまい、しこたま怒られた。
次の日は歴史。
「それでは、義雄君の世界の歴史を教えてもらおうか」
「詳しいことは分からない」
「分かる範囲で良い」
「分かりました。私の世界は――」
大昔、魔法がそれほど発達していなかった時代、人々は小さい集団で魔法使いを中心に狩りをして暮らしていた。
それから錬金術の発展と共に農業も発達し、人口が少しずつ増えいくつかの国ができた。
国ができると国同士で争いが起こる。
戦いを有利にするために各国は競って攻撃魔法の研究を行った。
魔法はどんどん発達し大規模な魔法が使われるようになる。
行く度かの大きな戦争の後、ついに世界中を巻き込んだ魔法大戦と呼ばれる戦いが起きた。
その戦禍は大きく、多くの人が亡くなり、世界は荒れ、地力は尽きた。
残された数少ない人達は小さい国に分かれて生きていく。
ツユアツもこの時にできた国だ。
俺がこの国へ来た時点で魔法大戦から約三百三十年が経っている。
これだけのことを説明するのに半日かかってしまった。
「ということは魔法は昔から使えたのだな。
誰かが発明したわけではないのか」
「そうです」
「先天的な能力なのか、それとも、その世界特有の現象なのか。
もっと情報が無いと判断が付かんな。
ありがとう、興味深い話だった。
今日はキリが良いしこれで終わろう。
さて、明日だが義雄君の世界の工業について教えてもらいたい」
「あ、明日……」
恐ろしいことに教授の調査は日曜の休みを挟んで一週間続いた。
その間、研究室回りや金抽出は休みになった。
見かねた毅が教授へ文句を言いに来た
「松川教授、調査に時間を掛け過ぎては困りますな。
世界的な不況の折、義雄君にはやって頂きたいことが山のようにあるのです」
「何を言っておる。国のためにやっておるのだ。
行き当たりばったりで行動していてはとうてい最善の結果が得られん。
今までろくな調査もせずに、本当にもったいないことだ。
この一週間で義雄君に関する新しい事実がいくつも分かった。
なかには有効性が高いと目される事項もあった、
いずれにしろ調査は一旦終了にしようと思う。
後は、義雄君がもう少し日本語が上手くなってからだな」
と教授はあっさり引き下がった。
だが翌日にはその舌の根も乾かないうちにまたやってきた。
「義雄君、すまん、すまん、昨日聞き忘れたことがあってな」
と二時間ばかり俺の話を聞いて帰っていった。
その後も毎日夕方頃にやってきては一、二時間俺に話を聞いてくる。
そんなことがしばらくの間続いた。
結局この教授の日参は後日正式なものになった。
「関係各部署に掛け合って、正式に私の為の時間を毎日一時間作ってもらった。
名目は義雄君に科学の授業を行うとなってる。
授業はおいおい行うとして、これで堂々と胸を張って義雄君と話ができる」
これまでも全然遠慮無しで俺の時間を使っていたじゃないかと言い返したいところだ。
「だが、条件があってな、半年以内に何らかの結果を出さなければならない。
そうしないとクビだ。
義雄君も私との話を続けたいだろう。
二人で義雄君の魔法の有効活用を研究しよう。
協力をよろしく頼むぞ」
そういって教授は俺に握手を求めてきた。
そこには嫌と言わせない圧力がある。
「よろしくお願いします」
俺は変人に縁がある運命なんだろう。
もう諦めるしかないようだ。
次回更新は明日2/22(月)19時頃投稿の予定です。