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<第十七章 ロンドン>

 ロンドンの日本大使館へ行くと、貫録のある人が待っていた。

 年は毅より上で老人の一歩手前というところだ。

 海軍というところの軍人さんだそうだ。


「おお、義雄君、久しぶりだね」

「んっ?」


 誰だこの人。会ったことがあるのか。


「分からないか。

 君が宮城で魔法を披露した時に私もその中に居たのだ」

「そうですか。すみません」


 正直、あの時の出席者はよく覚えていない。

 かなり緊張していたので人の顔を覚える余裕は無かった。


「さっそくで悪いが東京の外務省へ送ってもらえるかな」


 俺に対して名乗らない人が多いなと思いながらも、名乗れない事情があるのだろうと察する。

 もう慣れた。

 黙って外務省の中の俺専用部屋へ空間連結した。


「おっ、もう、これで日本とつながっているのか。

 なんとも簡単なものだな。

 船で移動するのが馬鹿らしくなるぞ。

 では行ってくる。三時間後にまた頼む」


 そう言って軍人さんは輪をくぐり東京へ行った。

 三時間ほど時間を潰して約束の時間に再び連結すると、軍人さんは既に向こうの部屋で待っていた。


「義雄君、どうもありがとう。

 おかげで重要な話ができた。

 それで、すまんのだが、これからしばらくの間、毎晩九時にここと東京をつなげてもらいたい。

 外務省関係者の許可は貰っている。

 面倒だろうが何とぞよろしく頼む」


 軍人さんはそう言って頭を下げた。

 年配者にそうまでされたら俺としては断りにくい。

 それに毅もうなずいている。

 まあ、簡単な作業だ。


 と考えていたが、思っていたよりは面倒な仕事だった。

 俺達の旅行は日程が決まっていて、軍人さんのお願いが入ってきても変更されない。

 なのに九時までには必ず宿屋に入らないといけない。

 万が一にも転移の瞬間を人に見られないためだ。

 まず、ロンドンへ飛び、軍人さんを東京へ送って、また元の宿に戻る。

 食事と風呂を済ませて十一時にロンドンへ飛び、軍人さんを迎えて、宿へ戻る。

 それでようやく終わりだ。

 ただでさえ毎日移動で疲れているので地味にこたえた。


 ロンドンからはフランス、スイス、ドイツ、ポーランド……と各地を回る。

 その間も毎日ロンドン-東京の連結は行っていた。

 しばらくの間という話だったのに今でも続いている。

 そして、一か月かけて欧州各国を回ってから最後にロンドンへ戻った。

 これから船でアメリカへ渡るのだ。

 となるとロンドンで軍人さんを東京へ送ることができない。

 これでようやく終わりだと思っていたら、


「海軍内で意見の調整に手間取っておる。もうしばらくの間頼む」


 とまた軍人さんが頭を下げる。


「これから船で移動します。その間義雄殿は転移魔法が使えなくなるのです」


 毅が代わりに説明してくれた。

 ちらっと船でもできるかもしれないと思った。

 船とロンドンをつなぎ軍人さんを船へ呼ぶ。

 次に船と日本をつなぎ軍人さんを日本へ送る。

 戻す時はその反対を行う。

 これはやれそうだ。

 一瞬悩んだが言わないことにした。

 毅がせっかく断っているのに、自分から仕事を増やすこともないだろう。


「その間くらいは何とかする。

 その代わりアメリカへついたら、またよろしく頼む」


 とまた頭を下げられてしまった。

 いつまでやるんだと少しうんざりしていたら、毅が口を開いた。

 上手く断ってくれるかな。


「閣下、差し出がましいようですが、私に一つ考えがあるのです」

「なんだろうか」

「私達は各国の日本大使館を回りながら、合わせて各国の軍事基地もできるだけ見て回っています。

 将来何が必要になるか分からないためです。

 といってもせいぜい入口まで行ったり遠くから眺めるくらいですが」

「そりゃあ中には入れてくれんだろうな」

「はい。

 それで今から行くアメリカでも何か所か基地を回る予定になっていますが、その中の一つにフィラデルフィアがあります」

「ほう」


 軍人さんも知っている地名のようだ。


「ご存知の通り米国はフィラデルフィア他何か所かで世界大戦当時の駆逐艦を大量に保管しております。

 密封していてすぐに使えない状態ですが、整備すれば短期間で使えるしろものです。

 今回の条約では、それも全て削減の対象にしてしまえば良いのではと考えます」

「あれは古い船だ。もし復活してもそれほど脅威ではないぞ」

「しかし、減るにこしたことはないでしょう。

 交渉条件の一つにも使えます。

 それに目的はもう一つあります。

 軍艦を廃艦にするとなれば、おのずと屑鉄が出ます。

 この不況の折、何万トン、何十万トンもの鉄が市場へ出ることになれば、ますます米国の景気は悪くなろうというもの。

 さらに言えば日本は鉄の輸入国であり、鉄の価格が下がるのは国益にかなうことでもあります。

 さらに言えば軍艦の建造費が下がり、軍需品の価格が下がり、多少ではありますが同じ価格でより軍備拡充ができるでしょう。

 まさに一石二鳥、三鳥の方法ではないかと」


 軍人さんはしばし考えた後に答えた。


「うむ……、まあ検討はしてみるが」

「よろしくお願いいたします」


 という感じで毅の提案を検討させる代わりなのか、俺はアメリカへ行ってもロンドン-東京の連結作業を続けることとなってしまった。

 毅にうまく利用された感じだ。

 断ってくれるかと一瞬期待した俺が馬鹿だった。



 欧州でできたのだからアメリカでも何とかなると最初は軽く考えていた。

 だが、それは甘い考えだった。

 本当に大変なのはアメリカへ行ってからだった。


 アメリカとイギリスは時差が五時間あるのを考えていなかった。

 欧州では時差は一時間だったので、それほど影響が無かったので失念していた。

 毅は気付いていたかもしれないが何も言わなかった。悪賢い。

 ロンドン時間午後九時はアメリカ東部時間で午後四時。

 その時間には宿に入らないといけない。

 そのため移動はかなりの強行軍となった。朝早く出発することも多い。


 毅に言って、ロンドンの仕事を止めさせてもらおうとしたが、


「いや、これは国家として非常に重要な会議なのだ。

 すまんが頑張ってくれ。

 義雄君の負担を軽くするようにできるだけ取り計らうようにする」


 と断られてしまった。


「ユシウ、すまん。俺は何もしてやれん」

「ユシウさん、頑張ってください。私に何かできることがあれば言ってくださいね」


 と正一、ハナが慰めてくれる。

 次郎も可哀想にという目で俺を見ている。


 交換条件として、移動中の勉強時間を減らしてもらった。

 それでなんとか睡眠時間を稼いで耐えた。

 途中何回かは乗り物の都合上どうしてもロンドンへ行けない日もあったが、アメリカへ渡って約二週間ほぼ毎日ロンドンへ通った。

 そして、俺達がアメリカを出てパナマという国へ着いた時、ようやくお役御免となった。


 そして、ロンドン最後の日。

 軍人さんが挨拶をしたいというので、全員でロンドンの大使館へ行った。

 まず空間連結して俺以外を通し、最後に俺が転移で飛ぶ。

 毅と次郎以外は初の体験でへっぴり腰になっていた。


「義雄君。これまで大変ご苦労だった。

 君には感謝しても感謝しきれん。

 今回の条約締結で勲一等は間違いなく君だ。

 勲章でも贈りたいところだが、君は秘密の存在なのでそうもいかん。

 代わりといっては何だが、これを受け取ってくれたまえ」


 そう言って軍人さんが差し出してきたのは一見木の棒だった。

 花の紋が一つ付いている。

 切れ目があったので抜いてみると、中からキラリと刃が見えた。

 短刀か。

 その短刀をみた次郎が声を上げた。


「閣下、その短刀は――」

「良いのだ。義雄君はそれだけの功を上げたのだ」


 次郎がワタワタしている。

 毅はもしやというような顔をしている。

 次郎の驚きようから貴重な物なのだろう。


「何か困ったことがあったら、それを見せるなり売るなりすれば良い。

 多少の助けにはなるだろう」

「ありがとうございます」


 くれるというのだから、とりあえずもらっておくことにした。


「では、もう会うこともないだろう。

 貴重な体験をさせてもらった。ありがとう。

 体に気を付けてな」

「さようなら」


 軍人さんにしては人当たりの良い人だった。

 多少つらい思いもしたけど終わってしまえば良い思い出だ。


 そこからは、また最初の頃の旅の様子に戻った。

 パナマ運河を船で越えてアメリカのロサンゼルスへ。

 そこから鉄道を使い各地で寄り道をしながらシアトルへ。


 シアトルではロンドンでの条約が無事締結されたことが報じられていた。

 日本は最後の粘り強い交渉で多少は条件を巻き返したそうだ。

 何にしろ俺の魔法が役に立ったのなら嬉しいものだ。


 シアトルからは船でハワイを経由して日本へ向かった。

 結局約四か月かけてソ連以外の主要国を回ったことになる。

 日本が近づいたので全員で外へ出ていたら、毅が指差した。


「ほら、富士山が見えるぞ」

「あら、どこ、どこですか」と静子

「この指の先だ。てっぺんがかすかに見えるだろう」

「あっ、本当です。見えます」

「どこだ、どこだ」と正一

「ほら、あそこに」

「んぅー……、おっ、確かに、富士山だ」


 俺以外全員がはしゃいでいる。

 彼らには富士山が特別な山なのだろうか。

 後で聞いてみないといけない。


 しかし、本当に長い旅だった。

 俺の人生で初めての経験だ。

 こんな旅は二度とすることはないだろう。

 そう考えると終わるのが少しもったいない気もする。

 その時、ふと突然ハナの料理が食べたくなった。


「ハナ、うどん、食べたい」

「はい、おうどんですね。

 しばらく麺類を食べていませんものね。

 帰ったら用意しますから、いっぱい食べてください」

「よろしくお願いします」


 俺にとったら富士山よりもハナの料理の方が日本へ帰った気がするみたいだ。

 日本へ飛ばされてから一月ちょっとしか居なかったのに少し懐かしくなったのは、ハナに餌付けされてしまっているからかもしれない。


次回更新は明日2/20(土)19時頃投稿の予定です。

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