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<第十五章 世界旅行>

 この国の暦でいうと昭和五(西暦1930)年二月、俺達が乗る船は横浜から出港した。

 これから西回りで地球を一周する。


 しばらくこの国を離れることになるので正一、ハナ、次郎はしんみりした顔をしている。

 この三人が国を出るのは初めてのことだそうだ。

 それに対して毅と静子はそれほどでもない。

 この二人は昔外国に住んでいたこともあるらしい。

 俺はツユアツの外へ行ったことがなかったので外国旅行へ行く時の気持ちはよく分からない。

 この国も今から行く国々も俺にしたらどっちも外国に変わらない。


 皆は人が小さくなり区別がつかなくなるまで別れを惜しんでいた。


「冷えるからもう中へ入ろう」


 毅に言われて全員船内へ入った。

 三人はとても名残惜しそうだった。


 こうして俺の人生初の船旅が始まり、同時に勉強も始まった。

 俺は魔法使いの端くれなので勉強は慣れている。

 だが毎日一日中となるとやっぱり辛い。

 それに時間が一番長い静子の授業はかなり厳しい。

 一回目の授業で最初からかまされた。


「国語は全ての学問の基本です。

 文字が読めなければ本が読めず、本が読めなければ知識が増えません。

 ユシウさんには尋常小学校六年と高等小学校二年の計八年分を三年で学んでいただく予定です。

 日本語には漢字があります。他にも片仮名、平仮名、算用数字、アルファベット、ローマ数字。

 覚えるのは全部で三千個以上。

 当面は一日十個を目標に覚えていきましょう」

「できません」


 俺は即答した。


「いえ、できます。

 確かに子供にやれと言ってもできないでしょう。

 ですが、義雄さんはもう立派な大人。

 前の国ではそれなりに勉強もされていたのでしょう。

 実現可能な数字です。

 厳しいかもしれませんが目標に向けて頑張りましょう」


 俺の意向は無視のようだ。

 静子は俺を虐めて楽しんでるのではと思うこともある。


 勉強と同時に魔法についての聞き取りも行われた。

 これまで断片的にしか説明できていないので、このあたりできちんと全貌を説明して欲しいという毅の希望からだ。

 これがかなりやっかいなことだった。

 日常で使わない言葉が多いので、まだ言葉を覚えてないからだ。

 例えば攻撃という言葉一つ出すのに一苦労した

 まず棒で殴る真似をする。


「剣道、剣術、竹刀、殴る」と正一。

「違う」と俺。


 今度は手で殴る振りをする。


「ケンカ、拳闘」

「違う」


 正解が出ない。

 弓を引く振りをする。


「弓、弓術、弓道、戦争、戦闘」

「近い」

「分かった。攻撃か」

「そう、攻撃」


 と、こういう感じだ。


「ということは魔法は大きく分けて攻撃と補助に分かれると」

「そう」

「さらに攻撃は物理と精神に分かれて、補助は空間、錬金、それ以外に分かれるということか」

「そう。正しい」


 本当はそれ以外の魔法を雑務魔法というが、説明するのが面倒なので"それ以外"ということにしておく。

 正一が尋ね俺が答えることを毅が書きとめていく。

 後で報告書にまとめて提出するそうだ。


「それで、ユシウが使えるのは空間と錬金とそれ以外。要するに補助魔法だけということなんだな」

「そう。正しい」

「空間魔法で使えるのは空間連結、転移、浮遊、移動。

 錬金で使えるのは抽出、分離、合成、変態と」

「そう。正しい」


 こんな感じで勉強したり、説明したりしているうちに最初の寄港地上海に着いた。

 上陸できるのが嬉しい。

 船の上というのは足が地に付かない感じでなにか落ち着かない。

 ここで最初の転移の実験をすることになっている

 ついでに、外務省へ毅の報告書を置いてくる手はずだ。


「お待ちしておりました」


 港には現地職員が待っていた。

 用意された車で日本領事館へ向かう。

 心なしか職員の応対が丁寧な気がする。

 毅が一緒に居るからだろう。

 毅は外務省の中でも結構偉いみたいだ。


 それで、上海-東京の連結と転移はあっさり成功した。

 部屋の中を転移するのと変わらない感じだ。

 あっさりすぎて本当に成功したのかと自分を疑ったほどだ。

 もう少し体力を使うかと用心していたのが馬鹿らしくなってくる。


 その夜、食事の時ささやかな成功のお祝いがあった。

 酒も出たが少し高いものらしい。


「義雄君の外国での初成功を祝って」


 こういう時は軽くグラスを合わせるそうだが、割れないかと少しドキドキした。



 夕食後部屋に戻って休んでいると戸がノックされた。

 誰だ、正一かと思って戸を開けるとそこには意外なことに静子が立っていた。


「何? どうした?」


 もう寝るか、それとも正一の部屋へ遊びに行ってあと少しだけ酒でも飲もうかと考えていたところだ。


 静子は思い詰めた顔をして黙り込んでいる。

 静子が黙ったまま動こうとしないので、困った俺はとりあえず静子を部屋へ入れた。


「どうした」


 俺がもう一度聞くと、静子が小さい声で言った。


夜伽(よとぎ)に来ました」


 夜伽。

 古風な言い方だ。

 人生で初めて生の言葉を聞いた。

 物語の中にしか出てこない言葉だ。

 聞き間違いかと思った。


 でも、いったいなぜ?

 俺はそんなことを要求したことは一度も無い。

 そのうち要求しようとは思ってた。

 でもそれは、そういう場所へ連れていけということで、専属の誰かを用意しろという話ではない。


「誰に言われた」


 聞かなくても分かる。

 毅だ。

 実の娘を道具に使うとはひどい話だ。


「誰にも言われていません。

 ですが周りがそう望んでいることは言われなくても分かります。

 私を込みで父が今回の役目に選ばれたのです。

 当然、そこには夜伽の役も含まれています」

「毅が悪い」

「いえ、父は悪くありません。

 私に何も言いませんし、おそらく悩んでいると思います。

 それで私は自分の意志で来たんです。

 このお役目を引き受けた時から覚悟していました」


 いつもは気の強い静子が必死に涙をこらえながら話す。


 こんな良い家の娘さんに手を出すほど俺は悪い人間ではない。

 そう思いたい。

 正直静子とできるかと聞かれれば、できる。

 でも、我慢できる。

 それにここで手を出して弱みを握られてしまうのはまずい気がする。


「魔法使い……、しない」

「魔法使いは性交しないというのですか

「違う。男と女……、えっと……」

「男女でしない? まさか男色……」

「ちがーう」



「魔法使いは結婚相手か、いかがわしい場所でしかしない、ということですか」

「そう」


 家の絵を描いたりいろいろ苦労して説明してようやく分かってくれた。

 疲れた。

 もう、やる気を完全に失くしてしまった。


「でもこのまま帰っても、もう私は傷物です」

「なぜ、何もしてない」

「何もしてなくても周りはそう思うんです。

 もう、この旅に出た時点で普通の結婚はできません。

 誰もが私を妾としての目で見るでしょう」


 暗い顔でそんなこと言われても俺のせいじゃない。

 もう、嫌になってきた。

 なんで俺がこんなことで悩まなくてはいけないんだ。


「帰って」

「えっ、えっ、義雄さん、待って」

「帰って」


 俺は静子を外まで押し出し、戸を閉め、鍵を掛けた。

 もう俺は知らん。寝る。

 そして、俺は毛布を頭からかぶってふて寝した。



 翌日、静子はとてもとても表情が暗かった。

 さらに、気のせいかハナの視線が厳しい気がする。

 ハナと静子は同室なのだ。

 ハナは昨日静子が俺の部屋へ来たことに勘付いている。


 さらにさらに、静子の授業の時の気まずさは言葉にできないくらいだ。

 走って逃げ出したいほどだった。

 俺は何もしていないのに、なぜこんな仕打ちを受ける。

 誰が悪いのだ。

 毅だ。毅しかいない。

 というより毅にしか怒りの矛先を向ける相手が居ない。

 食事の時毅へ怒りの視線を向けていると、それに毅が気が付いた。


「義雄君どうした。何か用か」


 静子との件を話題に出すことはできない。


「何でもありません」


 俺はしばらくの間、毅とは余計な話をしないことに決めた。


 だが、毅とはこれまでも必要最低限の話しかしていない。

 結局何も変わらないのと同じことだった。


次回更新は明日2/18(木)19時頃投稿の予定です。

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