<第十三章 転移魔法>
偉い人達はすぐに使えるのは転移魔法だと考えたようだ。
まずは転移の実験をやろうという話になった。
今までは部屋の中とかの短距離転移しか見せていないから、本当に遠距離でもできるのか確認したいのだろう。
それで宇佐へ飛べるかとなった。
実験の段取りを決めるにあたって、相変わらず俺は満足にこの国の言葉を話せないので意思の疎通が難しい。
俺は少ない語彙で頑張っている。
あとは身振り手振りと絵だ。
転移で一番重要なのは距離ではなく、高さなのだ。
転移元と転移先の高さが同じならば問題無い。
地平線の向こうだろうが、どれだけ離れていようが簡単に飛べる。
だが高さが違うとひどく体力を消耗する。
最悪の場合、死んでしまう。
これは俺も不思議に思って師匠に聞いたことがある。
「なぜ高さに差が有ると体力を消耗するのでしょうか」
と師匠に聞くと
「山に登れば誰でも疲れるだろう。
崖から落ちれば誰でも死んでしまうだろう。
それと同じことだ」
とはぐらかされた。
きっと根源的な理由がありそうだが、師匠は知ってか知らずか教えてくれなかった。
いつか、この謎を解明したいと思っている。
それで、身振りで説明したが難しかった。
手を水平に動かして、体がなんともない身振りをする。
手を斜め下や斜め上へ動かして、死んだ真似をする。
何度か繰り返して、ようやく正一が分かってくれた。
「高さが違っていると、危ないということか」
「はい、はい、はい、そうです。そうです」
転移よりも説明の方が疲れる。
その次はどのくらい差が有ると、どのくらい危ないかの説明だ。
一般的に言われているのは、身長の五倍くらいは何ともない。
十倍になるとそこそこ疲れる。
十五倍になると、かなり疲れる。
二十倍になると、しばらく動けないほど疲れ、三十倍で命の危険が出てくる。
だから、魔法使いはいつも現在位置の高さを気にしている。
このことも何とか絵と身振りで説明した。
ちなみに、転移で持ち運べる量は、だいたい一人で抱えられる重さだ。
しかし、持ち物が重いほど転移での高低差がより厳しく効いてくる。
だから魔法使いは良く知った場所以外は極力荷物を持たないで転移する。
長い話の後でようやく段取りが決まった。
宇佐へは確認の為に次郎が向かうこととなった。
次郎から到着の連絡があり次第実験を行うこととなっている。
宇佐と東京はどちらも海から近く、標高はどちらも高くないだろう。
おそらく標高差はほとんどないはずだ。
実験当日、俺は念のため空間連結で確認することにした。
これは高低差が分からない場所へ転移するときに魔法使いがやる一般的な手順だ。
まずは空間連結で転移したい場所をつなぐ。
そして軽い物を移動させてみて、その感じから高低差を推測するのだ。
空間連結は転移より簡単な魔法だ。
穴を開くだけなら体力をほとんど使わない。
手をかざしてさえいれば長時間穴を維持できる。
大変なのは物を通す時だ。
重い物、高低差があるほど体力を使う。
そこは転移と同じになっている。
転移実験の前、実際に宇佐と東京を連結してみた。
部屋の真ん中に人の背丈ほどの半円ができた。
半円の向こうには見慣れた宮鳴の家の部屋が見える。
手近にあった椅子を宇佐へ移動させてみたが疲労は全く感じない。
どうやら問題なさそうだ。
さて、転移してみようかと皆の方へ振り返ると、全員驚いた顔をしていた。
言葉も出ないという感じだ。
それで俺は気付いた。
この国で空間連結を見せるのは初めてだった。
皆、連結の半円に近づいてきて恐る恐る中を覗き込んでいる。
向こうからは次郎がこちらを見ていた。
「大川、本当にそこは宇佐なのか」
「はい、間違いなく宇佐です。宮成正一ハナの家で義雄殿が過ごした部屋だそうです」
「義雄君、これは人も通れるのか」
「大丈夫です」
ツユアツでは当たり前のことだ。
人だけでなく馬車さえ通っていた。
「大川、その輪を通ってこっちへ来てくれるか」
「えっ、私ですか」
「そうだ、君だ」
「――承知しました」
次郎は少しの間ためらっていたが、意を決した顔になるとゆっくりと輪を潜り抜けた。
「大丈夫か、何ともないか」
自分が命じておきながら毅が心配して次郎にたずねる。
「はい、何ともありません。
あまりに簡単すぎて拍子抜けした感じです」
「凄い、凄いぞ、義雄君。
こんな魔法があったら世界が一変するぞ。
とくに戦争は大きく変わるのではないか。
義雄君、なんでこんな凄いことを今まで隠していたのだ」
毅が興奮してしゃべりだした。
別に隠していた訳じゃない。
俺にしたら当たり前すぎて見せようと思わなかっただけだ。
それに空間連結より上級の転移を見せていたから見せる必要を感じなかった。
「この魔法があれば……。
これは、あれか、何か所でもつなげられるのか。
通せる制限はあるのか。
この輪はもっと大きくできないのか」
なぜ毅がこんなに興奮しているのか分からない。
俺は指を一本立てた。
そして、輪にかざしていた手を外した。
すると輪が段々小さくなり消えた。
「ずっと手をかざしてないといけないのか――」
俺はうなずいた。
その瞬間の毅の落胆した顔は相当なものだ。
だがすぐに気を取り直したみたいだ。
「いや、それでも、使い道はかなりあるぞ。
外国へ一瞬で人が行けるのだ。
最初、転移魔法を見た時には通信費の削減しか思いつかなかった。
だが、人が行き来できるなら、これは外交でかなり有利になる。
それだけでも凄い」
毅は一人でうなずいている。
「一応転移の実験もしておこう。
義雄君、もう一度ここと宇佐をつなげてくれるか。
それで大川はもう一度宇佐へ行ってくれ。
その後に義雄君に転移してもらおう」
毅の言うとおり次郎を宇佐へ送った後に俺は東京から宇佐へ、宇佐から東京へと転移した。
この国へ来てから転移の調子が良い。
十秒足らずのうちに転移の魔法が発動する。
それから毅に言われてもう一度宇佐と連結した。
「大川、どうだった」
「義雄殿が一瞬で現れて、この箱を渡し、しばらくするとまた一瞬で消えました」
転移を初めて見た次郎は少し声が震えていた。
そういえば次郎に転移を見せるのは初めてだった。
俺の魔法について詳しく聞かされてなかったのかもしれない。
まあ、そのうちに慣れるだろう。
「成功だ。すばらしい。次はもっと距離を長くしてやってみよう。
義雄君、明日は台湾との間で実験してみよう。
朝食の後すぐに出かけるから準備をしておいてくれ」
毅が生き生きしている。
「さあて、忙しくなったぞ」
そう独り言を言いながら部屋を出ていった。
「私はどうすれば良いのでしょうか」
忘れられた次郎が困っている。
「急に部屋からいなくなると不審に思われます。
もう一度宇佐へ行って、汽車で帰ってきたほうが良いのではないでしょうか」
静子が冷静にこたえる。
「そうですね。そうします」
悲しげな次郎が一人で再度宇佐へ行き、実験は終わった。
成功して何よりだ。
だが、台湾ってどこにあるんだったかな。
次回更新は明日2/16(火)19時予約投稿の予定です。