<第十二章 新体制>
謁見の翌日から俺はこの国の都で部屋に閉じ込められていた。
だが待遇はとても良い。
王宮かと思うような大きな建物の一室の中だ。
水で流れる便所はあるし、メシは豪勢だし、寝台は柔らかいし、シャワーという体を洗うものまである。
師匠との生活と比べると雲泥の差だ。
それに拝謁から四日後老人と入れ替わりにハナがやってきた。
「また、ユシウさんのお世話をさせて頂くことになりました。
よろしくお願いします」
ハナのほがらかな笑顔にとても癒された。
女っ気はあったほうが断然良い。
男手ばかりだと何かと不便なので急遽ハナが呼ばれたみたいだ。
俺も知らない人に世話してもらうよりハナのほうが良い。
それで、この部屋でやる事といえば、正一からこの国の言葉を習うことだけ。
食事の支度、洗濯、掃除、雑用はすべてハナがやってくれる。
とにかく俺の言いたいことを相手に伝えられるようにならないと不自由で仕方が無い。
部屋から一歩も出られないのは息苦しいが、しばらくはこの生活も悪くないと思っていた。
だが、一つ気になることがあった。
正一とハナがここに居て宇佐の家は大丈夫なのだろうか。
そう思って聞いてみると、
「家には弟がいるし、人を何人か新たに雇ったらしい。
国から家へ金が出たそうだ。
親戚にも年末から手伝ってもらってる。
心配するな」
ということだった。
それで俺は少し安心した。
俺のせいで正一達の実家が困ることになっていれば、俺はどうすれば良いか分からないところだ。
ちなみに、正一とハナは俺の隣の部屋に兄妹の二人で泊まっている。
そして、拝謁から半月がたったある朝、正一が言ってきた。
「ユシウ、今日、人が訪ねてくるぞ」
いつになく真面目な顔だ。
「誰?」
「俺も昨夜聞いたばかりで詳しくは知らないんだが、どうやら政府の関係者らしい」
「セイフ? 何?」
「国だ。国で政治をしている者をまとめて政府というのだ」
正一とそうこう話をしているうちに、三人の知らない人がやって来た。
一人目は四、五十代の男だ。
すごい威厳をまとっている。ただ者ではない感じがする。
「温籠毅だ。
外交官をしている。
今日からユシウ殿と行動を共にすることとなった。
よろしく頼む。
政府とユシウ殿の連絡調整係だと思って欲しい。
近々外国へ行く際には、案内役や通訳も務める」
「よろしくお願いします。
私はあなたを、何、呼ぶ?」
まだまだ俺の日本語はこの程度なのだ。
「私のことを何と呼ぶかか。
好きに呼んでかまわん。
だが人前では"温籠さん"と呼んで欲しい。そうしないと他人に怪しまれる」
「分かりました」
そこで毅が一人の女性を前へ出した。
「この者は私の娘で静子という」
「静子です」
その娘が頭を下げ挨拶した。
そして、じっと俺のことを見てくる。
まるで値踏みをしているようだ。
年は多分ハナと同じか少し上くらい。
長い髪を頭の後ろでまとめている。
整った顔をしているが、ちょっと気が強そうだ。
服はハナとは違った感じのものを着ている。
これも今まで見たことがなくて俺の世界には無かった気がする。
ハナの服より体の線が分かって、ちょっといやらしい。
「トウキョウジョコウシを出ていて、これからユシウ殿に初等教育を教える。
私同様よろしく頼む」
「えっ」
俺は毅の説明を聞いて驚いた。
こんな自分とあまり年の変わらない娘が先生で、何かを教わるのか。
なんか釈然としないし落ち着かない。
これまで俺の先生といえば師匠とシギルであり、それなりに実力と経験を備えた人間だった。
それに女だからというのもある。
ツユアツで若い女と話す機会は町へ買い物に行く時しかなかった。
それか年に数回娼館へ行く時くらいだ。
普段は全く女っ気のない生活だった。
ということで若い女の先生と言われてもどうしたら良いか分からない。
なんか不安だ。これから大丈夫だろうか。
三人目は大川次郎。
コウグウケイサツという役所の人間でいわゆる衛兵だそうだ。
「これからユシウ殿の警護をさせて頂きます。
よろしくお願いします」
真面目できびきびとした挨拶だ。
俺より五つ六つ年上で頑強な体付きをしている。
さすがは衛兵という感じだ。
かなり強いのだろう。
新しい人が来たということは――。
不安になったので聞いてみた。
「宮鳴、どうなる?」
「宮鳴の二人にはこれまで通り、ユシウ殿の世話をしてもらう。
世話をする者は男と女が一人ずつ居た方が何かと都合が良いからな」
それを聞いて安心した。
親しい二人が残ってくれてホッとする。
この世界で俺が信頼できるのはこの二人しかいない。
正直、今度来た三人はすぐには信用できないし慣れるのに時間が掛かりそうだ。
それで毅がこれからのことを色々説明してくれた。
「ユシウ殿と我が国がどのように協力していくのが良いのか、すぐには結論が出ない。
そこで、政府、軍、皇族の代表者からなる話し合いが行われている。
そこで決まった内容に基づいてユシウ殿には動いて頂く。
だが、結論が出るには早くても数か月かかると思われる。
ユシウ殿にはその間、世界各国を旅行してもらう予定だ」
「はい……」
そんなこと言われても良いのか悪いのか分からない。
とりあえず、あいまいな返事しかできない。
それにもし俺が気に入らなかったら断ることができるのだろうか。
「それと、勝手だがユシウ殿のこの国での名前を決めさせてもらった」
えっ、名前。
「五条通義雄という名だ。
ユシウ殿には形式的に五条通という華族の庶子になってもらう。
世間的には年配の華族が庶民の女に子供を作り、正妻の一周忌が済んだのを機に実子として認知したという形を取る。
その当主には機会があれば会うこともあるだろう」
「カゾク? 何?」
「貴族のことだ。この国では貴族のことを華族と呼ぶ」
「ヨシオ? 何? 私、ユシウ」
「この国にユシウという名の者はおらん。目立つし呼びにくい。それで一番近い"義雄"にした。義雄なら普通だからな」
「はい……」
俺の知らない所でどんどん話が進んでいて付いていけない。
貧しい農家の口減らしで魔法使いの弟子になった俺が貴族の息子とは。
なんという環境の変化だろう。
名前まで変えられて、まるで他人事のように感じてしまう。
「とりあえず明日からユシウ殿には教育を受けてもらいながら、能力の検証を行いたい。
どのくらいの距離飛べるのか。
同時に運べる荷物の量はどのくらいか。
できること、できないことを明確にしたい。
そうしないと、実用できんからな。
それが済んだら、世界旅行だ。
今日の所は、何も準備していないと思うから、これまでにしよう。
では、また明日朝九時に来る」
必要なことだけ話すと、三人は帰っていった。
温籠達が帰って俺たち三人はやっと気を緩めることができた。
「緊張したな」と正一。
「そうですね」とハナ。
正一、ハナも緊張していたのだ。
俺にしたら嵐が過ぎ去った感じだ。
よく分からないまま終わってしまった。
それから俺よりもう少し事情を知っている正一が説明してくれた。
「俺も昨日神社局の関係者から聞いたばかりなんだ。
温籠氏は華族で子爵様だ。
外交官で外国に居たのを急遽呼び戻されたそうだ。
どうやら内務省、宮内省、皇室がユシウの力を独占するのを恐れた他の勢力が押し込んできたらしい。
俺は華族様と直接会うのは初めてで緊張したぞ。
昨日局の人間からは外務省に負けるなと言われたが、何をどう頑張れば良いか分からん。
困ったものだ」
威厳を感じるなと思っていたら貴族だった。
それならあの雰囲気も納得だ。
「ユシウを巡って色々な人間が動き始めてるということだな。
十分に気を付けてくれ」
正一が真剣な顔で言った。
そう言われても俺もどうしたら良いのか分からない。
何にどう気を付けろと言うのか。
とりあえずは、いわれるがまま動くしかない気がする。
最悪我慢できなくなったら転移で逃げ出してやるつもりだ。
次回更新は明日2/15(月)19時予約投稿の予定です。