<第十章 帝都>
家を出ると、車というものが来ていた。
これで近くの町まで行くそうだ。
金属でできていて、馬をつながなくてもこの箱自体が動くのだ。
無い無いと言っていたのに魔法があるじゃないか。
こんな箱を動かすとはかなり高度な魔法だぞと思った。
だが、正一によると
「あれは魔法じゃない。科学の力だ。石油で動いている」
「石油、知ってる」
石油なら知っている。
どこか遠くで採れる燃える水だ。
その石油で重い箱が動くとは、さっぱり原理が分からない。
この国は不思議がいっぱいだ。
だが、驚きはこれだけではなかった。
駅というところへ着くとそこには汽車というものが止まっていた。
まさかこれが動くのか。
馬車の何倍もある重そうな箱が何個も繋がっている。
もちろん馬の姿は全くない。
これは古の大魔法使いでもなければ到底動かせない代物だ。
「これは石炭の力で動く蒸気機関車というものだ。
これで東京まで行く」
俺が唖然としていると、正一が誇らしげに説明してくれる。
俺が驚くのはそれだけではなった。
汽車は動き出すとどんどん速度を上げていく。
窓から見える景色が飛ぶように流れていく。
馬車並みの速さを想像していた俺は体がスース―するような感じがして落ち着かない。
俺以外の三人は汽車に乗った経験があるのか落ち着いたものだ。
正一は逆に浮かれているようにさえ見える。
後で聞くと、正一は東京へ行ったことがなくて、初の都、久しぶりの旅行に興奮していたそうだ。
他にも驚くことは多かった。
どうやって作ったか見当も付かない大きな橋。
途中で乗った巨大な船。しかも金属でできていた。
そして極めつけは空を飛ぶ乗り物。
そんなもの大魔法時代にも無かったに違いない。
途中で泊まった宿でも驚かされた。
王族専用かと見まがう大きな浴場。
これを庶民が使って良いとはどういうことだろうか。
食事も豪勢だった。
ハナの作る食事も美味しいと思っていたが、宿のものは種類と美しさが段違いだった。
正月に食べたお節か、それ以上だ。
これこそ貴族用のものだと思ったが、庶民でも少し裕福なものなら手が出るという。
この国はなんと豊かなのだろう。
魔法が無いことや正一の家の近くでは人が少ないことから田舎の貧しい国だと思っていた。
それは、かなりの見当違いだったのだ。
この国にはどれだけ人が居るのだろう。
これまで聞いてなかったことを聞いてみた。
「日本、人、いくつ?」
正一がどのくらいだったかなと頭をひねっていると、道中ほとんど口を開かない東京の男が言った。
「日本の人口か? 約七千万人だ」
それを聞いて俺は口を開けてぽかんとしてしまった。
七千万。
ツユアツはどのくらいだろう。詳しいことは知らないが百万より少ないのは確かだろう。
元の世界で最大の国でも数百万人がいいところだ。
なんと大きな国だ。
それならこの男の横柄な態度も納得だ。そりゃそれだけの大国の役人なら態度も大きくなるだろう。
俺が驚いているのを鼻で笑うように男が話を続けた。
「アメリカやソ連には一億人以上居るし、インドや支那は三億から四億は居るのではないか。
いくら大日本帝国とはいっても人口ではとてもかなわん」
もう驚きを通り越してしまった。
億とか言われても想像がつかない。
億という数字の単位は知ってはいるが今まで使ったことがない。
んっ?
「ダイニホン帝国?」
「そうだ、この国は大日本帝国ともいう。
宮鳴はそんなことも説明していなかったのか」
男は正一を責めるような、さげすむような目で見た。
正一をそんな目で見るのは可愛そうだ。
言葉が片方にしか通じないのは人が考えるより大変なのだ。
そういえば昨日正一は都のことを帝都と言っていた。
都という言葉に気を取られていて気付かなかった。
それにしても帝国とは恐れ入った。
元の世界で帝国とは物語や歴史の本にしか出てこない存在だ。
大きな街を通る際には七千万人というのが嘘ではないと思わせるだけの家々を見た。
さすが帝国というだけある。
道中は景色を見る以外やる事が無いので、地図を見ながら正一からこの国の地理を習っていた。
宇佐から東京まででツユアツの端から端までの何倍もある。
日本という国はさらにその何倍もの長さがある。
俺が多くの国でできていると思っていた島が実は一つの国だったのだ。
何かとんでもないことになりつつあるのではないかと思えてきた。
そして、宇佐を出て三日目に東京に着いた。
東京にはさすが都と思わせるだけの迫力があった。
見渡す限りに家や大きな建物がある。
中には信じられないくらい高い建物もある。
俺は驚き疲れて大抵のことには驚かなくなっていた。
東京駅からは車で宮城というところへ連れていかれた。
正一が信じられないくらい緊張している。
「キュウジョウ、何?」と正一に聞くと
「この中に天皇陛下が住まわれているんだ」
「テンノウヘイカ?」
「えっとだな、この国で最も尊き御方だ。
万世一系の神の子孫だ」
この国で一番偉いということは国王で、なおかつ神様の子孫なのか。
それは凄い。
正一が緊張するのも分かる。
もし俺がツユアツの国王の城へ呼ばれたりしたら正一以上に緊張してしまうだろう。
いや、緊張どころではないかもしれない。
「では、今からユシウ殿には閣僚の皆様へ魔法を披露していただく。
私に見せてくれたものと同じで良い。
よろしく頼む。
あとのお二人は別の場所で待っていて頂きたい」
廊下を歩きながら宇佐に来た男が言った。
俺は正一と別れ、一人で男に付いていく。
もう不安で体が震えそうだ。
俺は七千万という数字を思い出しておじけづいていた。
ツユアツの国王ですら俺にとっては雲の上の人だった。
その何十倍も大きな国のかなり偉い人。
ものすごい貴族の人達だろうか。
もう、想像できない。
俺一人なら良い。
いつでも逃げだせる。
いざとなったら転移すれば良い。
だがそうすると正一はどうなる。
これまで面倒を見てもらった恩がある。
正一を残して逃げる訳にはいかない。
今になってようやく東京行きを心配していた正一の気持ちを理解した。
正一は度胸があるなとあらためて思う。
よく付いてきたものだ。
考えが足らな過ぎるのかもしれないが、俺のことを心配して勇気を出してくれたのだとしておこう。
男と俺の二人はとある部屋へ通された。
床には布が敷かれフワフワしている。
机や椅子も高級そうな感じがする。
中には十人ほどの人が居た。
みんな宇佐に来た男と同じような高級そうな服を着ている。
その中の一人が発言した。
「我々は内閣の人間だ。
今回の件はあまりに突拍子もない話で、いささか混乱し、容易に信じがたい。
ユシウ殿、長旅でお疲れのところ申し訳ないが、魔法を見せてもらえるかな」
「はい、分かりました」
ナイカクというのが何か分からない。
おそらく、国の役所関係だろう。
ここまで来て断るつもりもないので魔法を見せることにする。
目の前に小皿に乗せられた梅干が運ばれてきた。
用意が良いことだ。
別に梅干でなくても良いのに、いつも梅干なのがおかしい。
これまでと同じように、梅干から塩を抽出し、小皿を浮かせてみせた。
おぉとどよめきが上がる。
宇佐に来た男が浮かんだままの小皿を出席者の方へ運んだ。
「どうぞ、お確かめください。
軽くであれば触れても問題ありません」
一人が恐る恐る指でつつくと小皿がゆらりと動いた。
小皿が出席者の間で回され、つつかれたり、手の平に乗せられたりしていた。
だが、やがて魔法が弱まり、ゆっくりと下がっていき、カタンと小さな音がして机の上へ落ちた。
一同静まりかえっていて、その音がやけに大きく聞こえた。
「では、ユシウ殿、転移を見せてくれるかな。
部屋の端から端まで頼む」
「分かりました」
俺は少しだけもったいぶって魔法をかけ部屋の中で転移した。
おおおおぉとさっきより大きいどよめきが上がる。
「彼によると、一度行ったことがある場所ならどんなに遠くでも一瞬で行けるとのことです」
部屋の中がざわついた。
男達は小声でひそひそ話をしている。
俺は緊張しながらも最後まで何とか無事に終わらせることができて一安心だ。
そこで最初に発言した男がまた口を開いた。
「ユシウ殿、ありがとう。
まさに魔法。
しかと見させて頂いた。
いくつか聞きたいことがあるのだが良いかな」
「はい」
「ユシウ殿の国、ツユアツというそうだが、魔法は誰でも使えるのかな」
「いいえ、魔法使いだけ」
「魔法使いはどのくらい居るのだ」
「五百人くらい」
はっきりした数字を知らないので適当に答える。
もっと多いかもしれない。
魔法使いの総数は国家の秘密なので普通は知らない。
「ツユアツの国はこの星とは違う場所にあると聞いたが本当なのか」
「はい、だいたい本当、少し、違う。説明、難しい」
「魔法で宇佐へ現れたとのことだが、何のためか」
「来る、違う。えーと……」
上手く説明できない。
もどかしくて焦ってしまう
「彼はまだ日本語が上手く話せないので詳細は分からないのですが、どうやら来るつもりは無かったが何かの手違いで来てしまったようです」
宇佐に来た男が代わりに説明してくれた。
「我が国を侵略したり、害をなそうというのではないのだな」
「違います」
「それは良かった。
それで、何かして欲しいことはあるかな」
「私、行くところない。帰る、分からない」
「それはまかせたまえ。
ユシウ殿の安全と生活は我々が保証しよう。
今日はどうもありがとう。
東京に着いたばかりで疲れているだろう。
あとはゆっくり休んでくれたまえ。
明日からどうするかはまた連絡しよう。
今日はご苦労だった」
それで魔法の実演は終わりとなった。
あの男に連れられ、車に乗せられ、とある建物に連れてこられた。
そこには正一と老人が待っていた。
「ユシウ、大丈夫だったか。失敗しなかったが」
正一が心配した顔で聞いてきた。
老人も今までになく顔がこわばっている。
「大丈夫」
俺がそう答えると正一と老人は少し安心したようだ。
俺も一仕事終えて一安心だ。
明日は都の見物でもさせてくれるかな、なんて気楽に考えていた。
次回更新は明日2/13(土)19時予約投稿の予定です。