<第一章 魔法使いの弟子>
「ふぅ、寒い……。今日も冷えるな」
部屋に満ちる冷気に思わず体がブルっと震えた。
俺は今日も一人早起きして日課の雑事をこなす。
着火魔法で火をおこし、鍋に水を張り火にかける。
湯が沸く間に畑から野菜を採ってきて、洗い、刻む。
麺をゆでていると、頭の中に師匠マサウの言葉が響いた。
『ユシウ、朝食はできているか』
師匠の念話だ。
いつも通り機嫌がよろしくない。
寝起きはいつもこうだ。
俺は師匠の部屋へ走る。
「おはようございます」
「あぁ」
師匠の部屋はいつも通りの様子だ。
作業台の上には本が数冊広げられたままで、謎の鉱石がいくつか置いてある。
その横の粘土板には何かを計算した跡が残されている。
師匠は寝台に腰かけながら上着を羽織っているところだ。
「もうすぐできます。できたら呼びますのでもう少しお待ちください。
それと、本は読み終わったら閉じてください」
俺は本にしおりをはさんで閉じながら答える。
本は開いたままだと痛むので読み終わったら閉じてくれと何度言っても聞いてくれない。
寝る寸前まで研究していたのは分かるが、毎朝同じことを言うのは疲れる。
急いでかまどへ戻って麺の具合をみると、いい感じで茹であがっている。
それを二つに取り分け、漬物や茹で野菜、塩漬け肉と一緒に食卓へ並べた。
そして、大きな声で師匠を呼ぶ。
「師匠、用意が出来ましたー」
すると師匠がけわしい顔でのっそりとやってくる。
これもいつも通りの光景だ。
師匠はもごもごと何かをつぶやいてから食べ始める。
うまいとも、まずいとも言わない。
味に関して何も言わないのは助かる。
これが、師匠の数少ない友人のシギルだと、
「なんだ、これは。俺でももっとましなメシを作れるぞ」
と必ず文句を言う。
それでも残さず食べるのだが。
師匠は食事が終わると、便所へ行き用を足し自室へ戻る。
そして、もう夜の食事まで出てこない。
部屋から出るのは便所へ行く時だけだ。
何か用事があると俺を念話で呼んで、お茶をもってこいだ、実験を手伝えだと言いつける。
そんな生活を、俺がここに来てから十年近く続けている。
シギルの話だと二十年以上続けているそうだ。
俺がここに来たのは八歳の時だ。
俺は六人兄弟の四番目で、実家は普通の農家だ。
俺が家を出た後に何人か死んで何人か生まれてるだろうから、今は何人兄弟で何人残っているか分からない。
師匠の弟子になって以来、実家とは行き来が無いのでどうなっているか知らないのだ。
ただ、両親が死んだときには連絡が来ることになっているので、まだ両親は生きているはずだ。
転移魔法でいつでも帰れるけれど、自分は売られた子供という思いが心の底にあり素直に家に帰れない。
それに、実の親と過ごした時間より師匠との生活の方が長くなっている。
実家はこの家だという気持ちの方が強い。
俺は師匠と初めて会った時のことを覚えている。
畑で雑草取りや害虫退治をしていた時のことだ。
村中の子供が広場に集められた。
そこには見知らぬ男が三人居て、その中の一人が師匠だった。
残りの二人は国の役人と俺の兄弟子に当たる人だと後で分かった。
俺たち子供は訳が分からないまま一列に並ばされた。
「この子は駄目だ、次。
こいつは……、あぁ、もう少しというところか」
師匠が一人ずつ調べていく。
何をどう調べているのは分からないが、体に手を当てて何かをつぶやいている。
そして俺の番が来た。
「うむ……、ほぉ……、なるほど……、こんなところかな」
と師匠は難しそうな顔で言った。
その後最後の一人まで調べられ結局俺が選ばれたのだ。
その時のことを聞くと、
「体に悪い所が無く、体付きは人並み、それで魔法との親和が一番良いので選んだ」
ということだ。
師匠に言わせると魔法使いに一番大切なことは魔法との親和性なのだ。
魔法は長年修行すれば誰でも覚える。それで効率よく魔法を使うためには親和性が一番重要ということらしい。
これは、魔法使いによって意見が分かれるところで、シギルに言わせると
「頭の良さに決まってるだろう。
頭が良くないと難しい魔法が使えんし、実験がはかどらないぞ」
となる。
そして俺はいくばくかの金と引き換えで師匠に引き取られることになった。
俺としては師匠に選んでもらって幸運だったと思っている。
これで一生食いものに困らない。
それに田舎の小さな村ではいつ病気で死ぬか分からない。
ここならある程度の病気は師匠に治してもらえる。
実家に居たら大人になると良くて下っ端の兵士、普通は農家、悪くすると街へ出てゴロツキになっていたところだ。
その日のうちに実家を出た俺は魔法で大きな街へ連れて行かれた。
国の役所がある街だ。
そこで、魔法使いの登録を行った。
この国では魔法使い以外が魔法を使うことは禁止されている。
例外は生活に使う着火魔法と言語魔法だけだ。
また魔法使いでも使える魔法には制限があり、許可されているもの以外を使うと厳しく罰せられる。
その許可も有料なのだ。
そうして、少ない地力を保護している。
俺が許可された魔法は、空間魔法各種の初級まで。
師匠が空間魔法の研究者なので、攻撃系の魔法は申請してもらえなかった。
国の役人とはその街で別れ、師匠と兄弟子と俺の三人は師匠の家へ向かった。
そして三人での生活が始まった。
といっても、一か月間のことだった。
兄弟子が独立して師匠の世話をする者が居なくなるので俺が選ばれたのだ。
それで、一月の間兄弟子キユシから魔法や日々の生活のあれこれを教えてもらうと、キユシはあっさり出て行ってしまった。
それ以来、約十年師匠との二人暮らしを続けている。