捌
とりあえず。
駕城楓とカイン・アルドラ・遷涼院は錬金術師としては優秀だけど劉くらいの精霊術師になると手が出せない事がわかった。
樂条千夜成と真白十理は神道術師の中でも最高の逸材だろう。それこそ劉の取替を破ってしまうくらいなのだから。二人とも四神使だし当然と言えば当然だ。精霊術は陰陽術に弱いけどどうやら神道術にもそこそこ弱いようだ。神道術の系統と陰陽術の系統は似ているし。
「おや、リトルレディ。今帰ったのかい?」
組織の借りている家に着いて玄関を開けると一番ウザいのが出てきた。
「どう見てもそうでしょう?見てわからないの、安達」
「ふん、どうやらレディには口の利き方を教育する必要がありそうだ。年上にはさん付けしろと言われなかったのかい?」
「うるさい。劉は帰ってきたのかしら」
「さぁ?彼はとてもクレイジーだからね。僕は知らないよ」
理由になってない気がするのだけれど。この馬鹿、もとい安達馨は組織の中でも一番ウザい男だ。服もいつも派手だし会話に英語入れてくるしで一言で表すと面倒。面倒でウザいってもう終わりな気がする。
「任務は滞りなくフィニッシュしただろうね?」
「ええもちろん。劉は私のミスだと思ってるようだけれど」
あそこに死体を残してK大の解剖室に持って行かせたのはわざとだ。劉にその旨は伝えられなかったようだけれど、私には伝えられていた。
「当主殿なら庭園におられるよ」
安達の前から去ろうとすると、そう教えてくれた。たまには気がきくようだ。
私は安達に言われた通り家の裏にあるそこそこ広い庭に行った。そこには桜の木があって春はとても綺麗に咲く。今の時期は桜の葉が綺麗に紅葉しているだろう。
「白様、」
その人は桜の木の下にいた。赤い布をひいてその上に座って本を読んでいた。紅く長い髪が背中に流れていて、一房だけ前を流れていてとても扇情的だ。
「ん?ああ、繭璃か。おかえり」
私が呼びかけると顔を上げてこちらを見てくれた。とても、綺麗という言葉が可哀想なくらい綺麗な顔で、私は白様を見ると顔が紅くなってしまう。
「駕城達はやっぱりK大に行った?」
「はい。ですので劉が取替をしてその隙に死体を回収してきました」
「うん、ありがとう。おいで、繭璃。一緒に本を読もう」
白様がそう呼んでくれる。私は庭に降りて白様のところにいった。横に座り白様の手元の本を見た。左上に題名があって「山月記」と書いてあった。誰の本かは私は知らない。
「ねぇ繭璃。君は四神の白虎を見た事があるかい?」
「西楼黒虎の事ですか?」
「うん。ある?」
「いえ…無いです」
じゃあ教えてあげる。と白様は笑った。珍しい、白様は人前ではほとんどお笑いにならないのに。だからか私は白様の笑顔が見れたことにとても優越感を覚えた。白様は私の髪を撫でながら話した。
「あいつは確かに四神だけど…四神の中でも一番、珍しいんだ。その相棒の真白十理もね」
「珍しい…?」
「ああ、珍しい。あいつだけは他の四神と違うんだ。あいつだけが、神で、術師なんだ」
またにっこりと笑ってそう言う。白様はとても楽しそうだった。その証拠にいつもより口調が柔らかい。表情も柔らかい。どうやら白様は機嫌がいいようだ。
「真白十理はね、あの娘と会った事があるんだよ」
あの娘
その名詞が出てきた事に私は驚いた。白様があの娘というのはたった一人しかいない。今から五年前に姿を消したあの娘は白様が今血眼になって探している娘だ。死んだとも、まだ生きているとも、海外に逃亡したとも、アンダーグラウンドの主に、マフィアに、いろんな噂が絶えない。
「最後の一人なんだ。彼が、彼だけが消える前のあの娘を見ていたんだ。だけど彼は…覚えていないだろうから。聞いても無駄なんだ。真白十理はあの術をくらったからね、しかもあの娘に」
困っちゃうよねーーー
本を閉じて、白様は立ち上がった。その長い髪が揺れて舞う。まるで水面に降り立った鶴を思わせる雅さだった。
「繭璃、だからさ、今度は彼の友達を腐してきてよ」
「……白様の、ご命令ならなんなりと」
私は一生忘れないだろう。
この時の白様の表情を。
一片の表情も浮かんでいない、白様の”表情”を。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
辺りは火の海と形容するのが一番あっているだろう。そして目の前の男の髪も、そうするのが正しい。
「志洞々原」
俺がそう呼びかければゆっくりと振り替えって、俺を見た。
「なんだい、あいつらが…動き始めた。駕城達が」
「へぇ…そう。じゃあ、君には監視を頼もうかな。君得意でしょ?」
辺りは決して火の海なんかじゃない。
ただ、火のように赤い血が散っているだけだ。だがそれは松明の明かりに反射してやはり、火のようだった。
「ああ。わかった。それと、朱雀の居所は掴めたのか」
「朱雀、ね…まだだよ。あいつは逃げ足だけは速いから」
「鳥だしな。そうそう、さっき都俄がお前を探してたぞ。白様って」
「ふぅん、今日はもうずっとここにいるから適当にあしらっておいて」
志洞々原は心底嫌そうな顔をして俺にそう言った。
この空間は異様だった。とても天井が高く、梯子を使っても届きそうに無いくらいだ。部屋の装飾は少なく、真白い壁紙が赤に染まっているだけで、調度品も少ない。面積はただただ広くて無駄を感じさせた。そこかしこに屍は転がっているがそれでも、だ。志洞々原はそんな部屋の中央に、椅子に腰掛けている。部屋が洋風の造りだからか椅子も洋風で猫足だ。志洞々原の後ろには大きな窓があるが今は分厚いカーテンで覆われていて外も窓も見る事は出来ない。
「ねぇ、君は、あの娘をどう思う?」
あの娘
志洞々原が唯一気にかける人だ。五年前に行方不明になったきり、どこにも姿を現せない。絶えずガセと思われる噂がまことしやかに囁かれるだけだ。
「どうもこうも、あった事が無いからわからん」
俺がそう答えれば珍しく破顔して「そうだね」と答えた。肩を震わせればその紅の髪がはらはらと滑り落ちる。志洞々原の髪は長かった。腰くらいまである。男なのに、何故か似合っていた。
「じゃあ…そっか、そうだね、じゃあ、会う?」
「は…」
「会いたいなら、会えるよ。駕城達の後を追えばね」
正確に言うとマシロトーリの後、だけれどーーー。
そう言って、また笑う。
心底面白そうに、楽しそうに笑う。
こんな表情を見るのははっきり言って、かなり長い付き合いの中でほとんど初めてだ。妖艶な顔立ちのこいつが笑うのは少し眼に毒だな、と、柄にもなく思っていた。
この歪で狂った空間の中で志洞々原は笑う。俺はその男に着いて行かねばならない。誰が決めたわけではないけれど、そうしなければならない。そう、”誰か”が決めた。
「そういえば…何年ぶりかな、その名前で呼ばれるのは。最近はずっとあっちだったからね」
「お前が誰にも呼ばせないし、誰にも教えないし、誰も知らないし、俺しか知らないからだろう?呼ばれたければ、呼ばれたいと、そう言えばいい」
「あは、呼ばれたい、わけじゃないよ。むしろ呼ばれたくないよ。だから誰にも呼ばせないし教えないし知らなくていい。誰か君以外に知る人が、呼ぶ人が、教えられた人がいるなら、お終いだね」
今度は小さくくすり、と嗤った。
誰も知らない。それでいい。俺たちはそうやって生きてきた。それだけが自由だった。
俺は部屋を出た。あの娘を探すために。マシロトーリを、殺すために。
「マシロトーリを許すな」
それが俺たちの生きる理由なのだから。
明日は更新できないと思います。申し訳ありません。いつも読んでいただき本当にありがとうございます