漆
「へぇぇぇえ?君達は要するに……経費を無駄にした挙句に取替などという下級術に引っかかりあまつさえ死体まで取られたと。しかも無駄に四神の力を使いましたね…?検診を受けたばかりでしょうが、このアホンダラ。あれほど言いましたよね?私は。なるべく四神の力は使わず剣を使いなさいと、君は日本人の筈ですから私の喋っている言語は理解できますよね?なら何故使わなかったんですか、そして何故私の所にあなたのトランクがあるんですか?私直々に貴方達の所に行ってアドバイスしてあげようと死神区の部屋に行ったらもぬけの殻でこのトランクが置いてあったなんて、間違いですよねぇぇぇ…?」
そいつは執務机に肘をつき手を組んでその上に顎を乗せていた。恐ろしいくらい黒い艶のある髪に緋色の透き通った眼、白磁の肌、整った目鼻立ち、その全てが作り物めいた男は容姿に合わないマシンガントークを披露してくれた。
伯家斎平
それがこいつの名前。神道術師だ。そして、『裏捜査一課』局長でもある。
「それについては私が責任を負う。何せ皇帝区全体を取替する程の精霊術師だったのでな。いくら私でも武が悪いだろうと思い真白と樂条に頼んだのだ」
珍しく駕城が庇ってくれた。いつもなら『お前の体力の無さと術のコントロールが未熟が原因だ。自業自得なのだから自分で後始末しろ』とか言う癖に。あ、今回は駕城あんまり役に立ってなかったからな、少しは引け目を感じているんだろうか。
「ふぅん…まぁいいでしょう。真白十理以外は全員帰りなさい。引き続き捜査するように。第三会議室を開けておきましたので使っていいですよ、PCも何台か入れておきました」
「俺はいていーの?局長さん」
クロがいたずらした子供みたいな表情でそう言う。局長はもちろんと頷く。
「真白、お前は明日以降の講義を全て休め、捜査に専念するように!」
「えー、大学行っちゃダメなんですか?」
「当たり前だ。それに今回はいろいろとイレギュラーだしな」
そう言って駕城達は局長室を出て行った。なにこれ、俺だけ怒られるの。
「さて、真白十理、君には聞きたいことが山ほどあります」
「えー…俺まだ飯食ってないんすけど」
「知ったこっちゃありません。早く終わりたかったら文句言うんじゃねぇ」
局長、口調乱れてますよ…
局長は大きくため息をついて俺にソファに座るように言った。ここのソファは黒革張りでものすごく高そうだからあまり座りたくない。局長の事だから汚したら全額弁償されるんだろう。だからだ。
「検診を受けなかったのは何故ですか」
やっぱりそれだよねぇ、一番最初に聞かれるのは。
「貴方が一番わかっていると思いますが四神使は身体のメンテナンスが最重要事項です。少しでも長生きしてもらわなければ困りますよ。まぁ貴方に限ってその問題はあまり問題とは言えませんがね。ですが寧ろ、そうであるからメンテナンスが最重要事項になるんですよ、わかってます?」
にっこりと黒い笑顔を浮かべたまま局長は言う。言われている内容はとても自覚している事で、人間ていうのは自分がわかっている事を他人に言われるのが大嫌いな動物だ。だから俺のこめかみに青筋が一本生まれた。
「わかってますけどね…暇がないんですよ。こちとら学生ですよ?時間なんて無いにも等し」
「の、わりには飲みに行ってる暇があるそうじゃないですか」
「げ、バレてんの」
「伯家の血をあまりなめないでくれますかね」
そーいや局長は伯家の血筋だったな。それじゃあバレるわ。何せ伯家は東京中に網貼ってるもんな。
「はぁ…局長、俺医務室とか嫌いなんすよね?自発的に行きたくないんですよ」
「駕城楓に言われれば行くのに?」
「それはまた別の話ですよ」
「そう言えばそうでしたね。で、何故検診に行かなかったんですか?」
そこはごまかせないんだ…。この人と喋ってると疲れるから嫌なんだよ、言葉は敬語で丁寧なのに棘あるしよ。
「だから、嫌いなんだっていむ」
「そうではないでしょう?あまり伯家の血をなめるなとさっき言ったばかりだと思うのですが?」
「…」
いつの間にか隣に座っていたクロが心配そうに顔を覗き込んでくる。こいつは俺の事あんま知らないからな、検診に行かなかった理由も知らないんだろう。俺はお前の事を知ってるのに。相棒なのになぁ。
「傷に触られるのも、見られるのも、嫌なんだよ。思い出すから」
「へぇ、何を」
「……あいつを」
「誰を」
「……」
「言わないんですか?トランクを置いていったという事は医務室に行く覚悟ができていたという事でしょう?四神の力を必要以上に使わなくてもいいように支給した剣を置いていくんですもんね?四神を使いたいんでしょう?なら医務室に行くなんてわかりきっているじゃないですか」
ペラペラとそう次から次へと言葉を作る。俺を抉るように。
「まぁいいでしょう。ここまでが取替などという下級術に引っかかった罰です」
「何、これ罰だったの」
「当たり前ですよ。まぁその話は置いておくとして。何故トランクを置いていったんですか。私としてはこっちを聞きたいです」
「術を使わねぇとクロがそろそろ暴走するからだよ。定期的に一定量の力を使わねぇと貯まる一方だからな。この一カ月要請無いし、事件無いし」
ほんとはただ忘れてっただけだけど。そんな事言ったら殺されかねないのでもちろん言わない。
「……はぁ。これからは気をつけてください。貴方の後始末など私はしたくありません。それに、貴方は生きなければならないんですから」
結構重いはずのトランクをポイッと投げながら局長はそう言った。そんな事、言われなくってもわかってるっつーの。俺はトランクを右手に持ち部屋を出ようとして、振り返った。
「そうそう、多分だけどな。この事件続くぞ」
「それと、この本部に精霊が入れないように結界を張る事だね。数匹だけど取替やった精霊がここに紛れ込んでる。白虎の俺が言うんだから間違いない」
俺の助言にクロが付け足す。局長は頷きさっさと出てけと言わんばかりの笑顔で手を振った。仕方が無いから俺も超笑顔で手を振り返してやった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
腹減ったなぁーとか思いつつエレベーターに乗り込む。屋上まで行ってクロに乗り家まで帰ろう、そう考えていた。今日は金持ってきて無いから公共交通機関は使え無いし着替えも無いから泊まれない。明日からはここに缶詰だろうけど。その支度もするために今日は家に帰る事にした。
「なー、トーリ」
「なんだ」
「あいつって、誰?」
クロがそう聞いてきた。俺はそれに笑顔で答えた。
「俺が殺した人間」
◇◇◇◇◇◇◇◇
自由
自由
自由
自由って。
自由ってなんだ。
あいつと出会ってからはそればかりを考えていた。だからあいつは俺と一緒にいたんだろう。
「てめぇの所為だぜ?俺がこんなになったのもよ」
俺は酒を飲みながら窓の外を見る。帰ってきたらもう日付が変わっていた。いい迷惑だぜ、飯も食ってなかったってのによ。とんだブラック企業に就職しちまったよ。
「ま、お前のおかげでクロにも会えたからある意味いいんだけどよ」
俺はまた考える。自由って何か。自由が何を表しているのか。その答えは永遠に出ないような気もするし、答えがあるようにも思える。
それと同時に俺は考える。
自分の、事を。
「なぁ…**?お前がこんな風にした身体はいつまで持つかな。クロは…いつまで生きられる?」
代々の、結末だった。四神を宿す術師と、四神使という術師が短命なのは。だから身体のメンテナンスが必要なのだ。だが俺は時々しか検診を受けない。
嫌だから。
嫌いだから。
明日大学に行ったらいろんな人に休むって言わねーとなー、と面倒くせ、と考えて俺は近くの椅子に座った。
グラスをテーブルに置いて目を閉じる。今日は、寝れるだろうか。