壱
初めまして。四条と申します。更新はかんり不定期ですがよろしくお願いします
「死ねっっっ!!」
切り裂くような声が響く。
それは呪いの様で。
それは懺悔の様で。
俺は思わず耳を塞ぎたくなった。
「こんなところで…死んでたまるかぁぁぁっ!」
だから俺も叫んだ。
耳を塞げない状況だっていうのはわかっていたし身に染みていたから。だからせめてその声をかき消す様に声を荒げた。
前に一回。
術を使った状態で気を抜いた事がある。術を使っているときはそれだけに集中しなければいけないのに、あまりの怖さに耳を塞ぎ眼を閉じた。
その瞬間に世界は反転した。俺の身体は裂け、血が滴り、辺りはそれこそ真っ赤でまるで…地獄だった。
一瞬で自分がそれを造ったんだと理解した。気を抜いたから、術を使う事に集中しなかったから目の前の世界は地獄になったんだと。
それから俺は術を使う時はたとえ何が起ころうとも決して気を抜かない、そう決めている。たとえ目の前で家族が殺されようとしていたって。
だから俺は今。
目の前にいる女を殺す。
「お前さえなければっ、私はっ、こんな風にならなかったっ!!」
その長い黒髪を振り乱して術を繰り出す女に対し、俺も術で対抗する。神道術と神道術だからまだマシな戦いだ。それはきっと彼女の配慮だろう。心のどこかで彼女も”死にたい”んじゃないかって、そう思っているんだろう。
純和風の歴史あるこの屋敷が、俺たち最後の舞台。最後の、舞台だ。
「死ねっっっ!!」
そして最後の一撃が繰り出される。
それが俺を生かすとも知らずに。
それが女を殺すとも知らずに。
それは俺が中学生の頃の話。
「東京デカダンス」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
今日はいつにも増して寒い。
夏から秋へ、と思っている内にいつの間にか秋から冬に移っていたようだ。だが、まだ感覚的には秋だ。
十月十五日夕方五時過ぎ。
俺は身を小さくしながら家の入り口を開けた。今時珍しくもないマンションの五階の一室。一番上は二十階でそこそこ設備も良く、まだ新しいここは通っている大学からも近く駅からも近く、コンビニもあるわスーパーもあるわでとにかく立地条件抜群だ。俺は大学二年生だけれど苦学生ではないので2LDKに住めている。しかもちゃんと風呂とトイレが離れているという日本人にとってはものすごく嬉しい物件にだ。
「おー、お帰り。寒かったろー、こたつ出したけどよ、まだちっと早いかね」
玄関から真っ直ぐ行ったところにある部屋の扉を開けるとそんな声が聞こえた。
西楼黒虎。俺の相棒。名前とは裏腹に真っ白な外見に優しい性格の男だ。まぁ冬だろうが夏だろうが暑かろうが寒かろうが黒いタンクトップ一枚に黒短パンっつーアホなんだがな。
「いいや、今日だったらちょうどいいだろ」
俺はそんな黒虎…もといクロに答える。事実、俺は今日あたりそろそろ炬燵にあたりたかった。
「今日の飯は?」
飯は当番制で、今日の当番はクロだった。こいつの作る飯は俺よりもうまいから今日一日楽しみだった。炬燵を出したくらいだから何か暖かいものが出てくるのかと期待した。
「刺身」
「寒っ」
予想の斜め上を見事についてくれた。確かにそこはノーマークだったが…。
ため息を吐きながら紺の気に入りのジャケットをソファに投げてその前に出ている炬燵にいそいそと入り込む。茶があったら最高だな、とか年寄りじみた事を思う。
「今日の講義によ」
俺の前に座ったクロに話しかける。その白い適当に切った髪がさらりと流れてとても艶やかだった。金の綺麗な眼が面白そうに細められる。
「駕城が来たんだぜ?あり得るか普通」
「駕城さん?へぇ…講義してったんだ」
「ああ、ほんと、マジでビビったぜ…」
「てかね、その駕城さんからさっき連絡があったんだけど」
「何?」
「術師が逃げたんだってさー。護送中に」
「てめ、それをさっさと言いやがれっ」
俺は思わずクロの頭をひっぱたくと急いで寝室に向かった。勢い良く扉を開けてハンガーにかけてある黒のロングコートを手に取り、置いてあった細長いトランクを持った。居間に戻るとクロはやっぱり面白そうに眼を細めていて、こっちを見た。
「神田町、駕城さんがいるって。他はいないらしいよ」
「ちっ、神田かよ…あそこならエリザベスもミネルヴァの化け猫もいんだろ?なんで俺ら」
「知らなーい」
クロはそう言って窓を開けた。まさか跳ぶつもりじゃないだろな。俺はそれを全力で拒否するぞ。その意思表示として俺は玄関に向かった。
「え、こっちじゃないの?」
案の定クロはそう言ってきた。俺は無言で抵抗するとクロはちぇーと言いつつもこっちに来て大人しく俺の後ろを付いてきた。
「跳んだ方が速いのに…」
「ばか。こんな庶民風溢れるところから虎が窓から出てきたら俺たち、ここにいられなくなろだろうが」
日本国首都東京特別自治二十三区直接管理第Ⅱ類女帝区。
二十三区きっての夜の街で明と暗がきっぱりすっぱり分かれている街の正式名称だ。やたらと長いんで専ら女帝区って皆呼んでるけれど。女帝区は二十三区きっての夜の街だ。犯罪なんかも起きやすくて、故に術師がここに逃げるのも頷ける。隠れるのにはもってこいだからな。
「遅い。一体何時に俺がお前に連絡をしたと思ってる」
そんな街の裏の裏の裏道みたいな所に着いて早々。
俺の直属の上司である駕城楓殿が睨みを効かしてくる。綺麗な顔立ちに紅い燃えるような長い髪。背が高くて俺は少し見上げなければならない。そんな容姿をしている人は俺と同じ様なロングコートを着ている。胸の辺りに付いているピンの種類と数は全然違うけれど。
「知らない。俺はクロから聞いただけだ」
「クロか…仕方がないな、では。だが跳べば良かっただろう。何故公共交通機関を使った」
「跳んだら目立つでしょうが。俺は平凡っつーのが主義なんでね」
俺もそう言って睨んでやった。案の定駕城はため息をついた。傍に置いてあった革製のバッグから紙束を取り出し無言で俺に渡してくる。俺はそれをザッと読みクロにも読ませた。その紙束の一番上にクリップで写真がくっ付けてあって、それには人相の悪い女が写っていた。
「で?聞きたかったんだけどなんで俺ら?ここならエリザベスもミネルヴァの化け猫もいるだろう」
「明日の二十三区会議の為に出払っている」
「だからって俺らはないだろ。神道術師と魔術師の相性の悪さは知ってるだろ」
「仕方がない。お前が何時でも暇なのが悪い」
今度は俺がため息をついた。仕方がない。コートの襟を正してトランクを持ち直した。何にせよ、俺はこの人に逆らえない。クロの頭をひっぱたいて駕城に背を向けた。俺の背中に駕城が「援護いらんな」と言ってくる。無言で肯定すると駕城がそこを離れたのがわかった。きっと本部に戻って悠々と茶でも飲むんだろう。
「クロ、行くぞ。こんなの早く終わらせて飯食おう」
俺はそう言って自分がまだ夕飯を食っていない事を思い出した。
術師。
この世界には超能力を持った人が稀に生まれてくる。確か、日本では人口の三割から二割が超能力者だ。その超能力者の事を”術師”と呼ぶ。そして超能力の事を術と呼ぶ。術には系統があり、魔術、神道術、陰陽術、精霊術、錬金術の五種類だ。それぞれ優越があり魔術は神道術に強く、神道術は陰陽術に、陰陽術は精霊術に、精霊術は錬金術に、錬金術は魔術に、といった具合だ。
そして、俺はその術師でありそうでない。どっちかって言うと神道術師らしい。そんな俺は生粋の神道術師である隣を歩くクロに命令する。
「クロ、全方位術展開。第一結界も重ねがけしろ」
クロははいはーいと明るく答えて一啼きした。ピシ、とも、パシ、とも取れる音がし結界が張られる。
「術師はどこにいる?」
「んー、逆女区の入り口らへん」
「そうか。じゃあ跳べ」
「わーい、跳んでいいの」
ああ、と俺が頷くとクロはたんっと高く跳躍して一回転し着陸した。真っ白な、虎の姿で。
俺はその背中に乗ると「跳べ」と命令した。クロは従順に跳び一気に逆女区の手前まで跳んだ。周りのビルよりも高く、一瞬でその目的地にたどり着く。
地下へと続く階段の前にいた女は驚いていた。それもそうだろう、いきなり真っ白い虎と真っ黒い男が現れたんだから。
「魔術師、賢上籠目だな。大人しく護送されてもらおうか」
「はぁ?それが嫌だから逃げたんでしょーがっ!発火っ」
女は髪を振り乱しながらパチンっ、と指を鳴らしあたりを火の海にする。赤く燃え盛る炎は俺たちを外に出さまいとしているかのようだった。実際、この火はその為に放たれたものであって。
「クロ、行け」
だけど俺たちはそんなもの気にしない、気にしたところで気になるものではないからだ。
クロは走り女を咥える。女は必死に魔術を発動させようとするけれどできない。それもそうだろう。クロが結界張っているんだから。全方位術は相手の術を認識するとそれを封じる術だ。女は魔術を使えなくなる。故に抵抗できず虚しくもクロに咥えられ俺の所に連れてこられる。
「お前、魔術師の癖にクロの術式効きすぎじゃないのか?」
「はぁっ?この、虎が、術師?術師は人間しかいないって大前提じゃない!」
「はぁ?お前こそ何言ってんだよ。クロは立派な人間で、術師さ。神道術師の中でも最高の逸材のな」
俺はため息をついて女の首筋に注射針を刺した。薬剤を注入し女を黙らせる。さて、これで一件落着。こいつを本部に連れて行って俺はようやく飯を食える。
「クロ、次は本部だ。跳べ」
残念ながら俺はまだこの時知らない。
この女を本部に連れて行っても夕飯が食えない事を。
ありがとうございました