三月二十九日
痛む頭にうなされるようにして僕は目が覚めた。激しい頭痛に頭を押さえながら体を起こす。
「やっと目が覚めたようね。」
声がした方を見ると彼女が椅子から視線を向けていた。
「どのくらい…眠っていた?」
「昨日の帰りが一時くらいだったから、九時間くらいかしら。」
「そうか…。」
「あなた、お酒にあまり強くはないんでしょ。」
「まぁな。普段も飲まないくらいだからな。」
「昨日も帰ってきてすぐベッドに倒れこんでいたわ。」
「そうか…。」
僕は痛む頭を押さえながら相槌を打つ。
「はぁ…。あなた、今すごくひどい顔をしているわよ。」
彼女はため息をつきながら言った。
「そんなにひどいか?」
「顔でも洗って来れば少しは見られる顔になるでしょうね。」
そう言って彼女は視線をテレビに移す。
「そうするよ…。」
僕はベッドから立ち上がると洗面所に向かった。
顔を洗って戻ってくるとさっきと同じようにテレビを見ていた彼女が視線を向けてきた。
「さっきより、少しは見られるようになったかしら。」
「おかげで少しは目が覚めたよ。」
「そう。……そこの棚。」
「ん?」
彼女が視線を向けた棚を見る。
「前にあなたが買っておいたしじみ汁があったと思うわ。それでも飲んだら?お湯はケトルで沸かしているところよ。」
僕がケトルを見るといつの間にか電源が入っていてお湯を沸かしていた。
「ありがとう、そうさせてもらうよ。」
「私は何もしてないわよ。」
そう言って彼女はまたテレビに視線を戻した。
「…あまり心配かけさせないで…。」
僕が棚からしじみ汁を取ろうとした時に彼女が小声で何か言ったようだったが丁度ケトルのお湯が沸騰している音で聞こえなかった。
「今、何か言ってなかった?」
「何も言ってないわ。それより、早くそれを飲んで少しはましな顔になってほしいわ。そんなひどい顔見たくないから。」
彼女はテレビを見たまま答えた。
「そうかい。」
そう言って僕はしじみ汁を飲む。
「あ~、体に染みるわ~。」
「何じじ臭いこと言っているのよ。」
彼女はため息まじりに言った。
「ダメか?」
「年齢的には若いんだからやめた方がいいわよ。まぁ、言ったところで無駄でしょうけど。」
「かもしれないな。」
僕はしじみ汁を飲みながら答える。
「とりあえず、人前には出られる顔になったわね。」
「さっきまではどんな顔していた?」
「死にかけている人の顔。またはゾンビ。」
彼女は淡々と答えた。
「そいつはひどいな。」
そう言って僕は苦笑する。
後片づけをしてしばらくすると、それまでずっとテレビを見ていた彼女が不意に視線を向けてきた。
「あなた、今日髪を切りに行くのでしょ。早く行って、早く帰ってきた方がいいわ。」
「そのつもりだよ。」
「そう。気を付けていってらっしゃい。」
「あぁ、行ってくる。」