惨劇の幕開け
夜、それはルナ(月)の力によって、実体よりも虚体、言わば魔力が強くなる時間である。
魔に生きる者、魔女や魔獣は主にその力が強くなる時間を見計らって、その活動を活発にする。
「ちえっ、久しぶりの大物狩りだっていうから楽しみにしてたのに、もう時間切れかよ」
小さくなったソル(太陽)が西の空に傾きかけ、頭上に広がる波状の雲を赤く照らしていた。
「仕方ないさ。また明日出直そう」
ここ、ザンベルグの森に食欲旺盛な魔獣の出現が確認されたとの報を受け、
大がかりなナイトの討伐隊が組まれたが、何ら手掛かりもないまま三日が過ぎた。
今日は八人のグループを四分割しての捜索に切り替えたが、収穫はゼロ。
始めは緊張感や、他グループに先駆けて手柄を独占したいとの功名心もあったが、さすがにダレてきた。
「魔獣は何日も腹を空かしていられるほど我慢強くねーし、こりゃ虚報かもな」
歩き疲れて地べたに座り込みながら、空を見上げた。
夕焼けは時に美しいが、時にぞっとするほど気味が悪い。
今日の空は、しかしさほど陰気には感じられない、と一人が思った時だった。
微かな地鳴りの後、仲間の悲鳴が聞こえた。
しかしそれも一瞬のことで、森は変わらぬ平穏を保っているかのように振舞っている。
「・・・おい、ここは撤収がセオリーだぞ」
日は間もなく落ちようとしている。ここからは、彼らの時間だ。
「ああ、だがあちらさん同様、こちらも痺れを切らしたってとこだ。行くぞ」
一気に緊張感が漲る。
撤収を主張した一人も、その答えを予想していたようで、反論しなかった。
三日間全く握りもしなかった剣だけがヒヤリと冷たく、冷静さを保っていた。
高揚感を抑えられないまま歩き出すと、長く伸びた二人の影がスッと消えた。
それは、日が落ちたからではなかった。
いつの間にか背後に回っていた魔獣の長身が、大地に落ちる今日最後の光を遮ったからである。
血染めの空に、本物の血が舞った。
間もなく、本物の闇が訪れ、世界は色を失った。
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「ししょお~大変です!!」
情報収集のためティムが逗留していた大都市グラウシュテルは、今日も至って平和そのもので、
特に新人ナイト改めピートが騒ぎ立てもしなければ、この日もまた平和に終えるはずだった。
ここ数日というもの、二人で情報屋に通い詰めるも、
リリィはおろか魔女や魔獣に繋がる有益な手掛かりもなく、
そろそろ別の街に移動しようかと思っていた矢先の出来事だ。
「その師匠というのはやめてくれないかなぁ…」
というティムの提案は、返事も無く却下された。
「ザンベルグに向かった八名の討伐隊が、返り討ちにあったそうです!六名が死亡、生還した二名も重症とのことで、本部から新たに二十名規模の討伐隊の編成が指示されたとのことです!」
弟子を持つつもりは毛頭ないティムだったが、情報に敏感なピートの能力は認めざるを得なかった。
だがティムはリリィの存在や旅の目的を明らかに出来るわけもなく、
その結果、ピートのもたらす情報はティムの求めるものと、
微妙にズレた状態でもたらされることになる。
「さぁ師匠、こうしてはいられませんっ!!このままではグラウシュテルが危ない!早速討伐隊に参加しましょう!!」
ピートは強引にティムの手を取ると、引きずるようにして宿を飛び出していった。
「あ、いや、僕は…」
ティムは相変わらず、押しに弱かった。