ティムとリリィ
魔獣の臭気を失った大地は、いつもと変わらぬ平穏な夜を取り戻していた。
もはやこの地に異形の獣が居たという痕跡さえ感じられない。
辺りの静けさに場違いな心臓の鼓動が収まってから、ナイトはようやく後ろを振り向いた。
生意気な声の主は、ナイトの視線からかなり下の方に居た。
「・・・リリィ?」
リリィと呼ばれた黒猫は、返事をする代わりにそっぽを向いた。
「助かったよ、ありがとう」
「助けたわけじゃない」
リリィと呼ばれた黒猫は間髪入れずそう言ったきり、
ナイトに背を向けたまま、しばらく何も語らなかった。
沈黙。
無言の二人の間を、風がビュッと通り抜けた。
魔獣の被害を免れた草木が、迷惑そうに体を揺らす姿を、
青白い半分の月がぼんやりと照らしている。
「まだ私を追っているの?」
さっきより少し穏やかな口調で、リリィは言った。
「君を、止めたいんだ」
リリィは振り向いた。一瞬悲しそうに見えたがすぐに目を吊り上げて、
「ストーカーの世話にはならない」
と言って、すくっと立ち上がった。
「さよなら」
淋しげにリリィが言うと、月が放つのと同じ青白い光を纏って、宙に浮いた。
「待って!」
ティムの声は、虚空の闇に溶け、リリィには届かなかった。
するとリリィの体から空に向かって無数の光が放たれ、
それは大きな弧を描いて森のあちこちに解き放たれた。
まるで大きな流星を目前にしているような、神秘的な光景だった。
森の手前にあった家にも光が舞い降り、無かったはずの人の気配が宿った。
「あの猿を送った魔女が来るわ、早く行って」
声はさらに上空高い所から聞こえた。
ティムが見上げたその空に、黒猫の姿はもう無かった。
ただ青白い月だけが、辺りを照らしていた。