Cream6
八神が案内してくれたのは、店からそう離れていないマンションだった。
シンプルな外観で、全体的にシックな感じだ。
入口にも、オートロックのドアにも警備員がいて、それなのに物々しく見えないのは、流れている空気が穏やかだからだろうか。
老舗や緑の多いこのエリアは随分人気があるのだと、母親が零していた気がする。
事務所のある最寄り駅から、特急で一駅、徒歩数分といった所だ。
「冷蔵庫にはある程度、物が入れてあります。ルームキーパーは必要ない、とのことでしたが、必要があればすぐに手配します。食事の宅配だけでも可能ですから、必要に応じてご連絡ください」
「はい」
「部屋の中のものは好きに使っていただいて、大丈夫です。ただ、」
不意に視線を投げられて、眉を顰めると、八神が鞄から一組の鍵を出す。
「奥部屋には、仕事の道具などが仕舞われていますから、こちらの鍵は彼にだけ渡しておきます」
カードキーではない、レトロな鍵は、大小5本が一組になっていた。
「1番大きな鍵が、部屋の鍵です」
促されるままに廊下の突き当たりにある扉の前に立つ。
後から取り付けられたらしい鍵穴に鍵を差し込むと、重い錠の上がる音がした。
「言っておきますが、それは複製できない鍵です。君のそれの他は、予備がもう一本あるきりですから、くれぐれも紛失しないように」
「げっ」
「報告に、毎日事務所の方に寄るのなら、あそこの金庫に預けても構いませんよ」
「そうする」
及び腰で頷くと、八神は微かに笑ったようだった。
部屋の中はそう広くなかった。
右手の壁は備え付けのクローゼットで、奥の窓には緑の遮光カーテンがかかっている。
敷布団だけのベッドの脇に机があって、その上に立方体のジュラルミンケースがでんと置かれていた。
「クローゼットの鍵は、少し変わった形の金のもの。机の上のケースは、1番小さな鍵で開きます」
「あと二つは?」
「クローゼットの中にある、機械のものです」
八神は机の上のケースを、とんとんと叩く。
「此処のヘッドフォンは装着時にリアルタイムで事務所にデータを送ります。異変があればすぐに対応できるようにするためと、今後の為にデータを確保するためです。何か質問はありますか?」
無意識に彼女と顔を見合わせて、気づけば示し合わせたように首を振っていた。