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もう一度、君に会いたい  作者: 尻切レ蜻蛉
6/9

Cream4


立派な門構えに、躊躇うこと5分。

携帯電話に送られてきた地図を何度見直しても、示されている場所は変わらない。

一見さんお断り、という雰囲気の老舗小料理屋は、普通の高校生には管轄外だ。

ええいままよ、と門を潜り、石畳を踏んで入口の暖簾を抜けると、いかにも女将という風体の女の人が気付いて深く頭をさげた。


「いらっしゃいませ。ようこそ、おいでくださいました」


こちらへ。御履物はこちらで片付けますので-口も挟めないままあれよあれよという間にたどり着いた襖の前で漸く女将と視線が合う。


「あの、俺」

「八神さんから聞いてますよ。お相手の方はもうお見えです」


安心させるように笑って、女将は襖ごしに声をかけた。


「失礼いたします。お連れ様が見えられました」

「案内ありがとう、女将」


振り向いた八神は、相変わらずカッチリしたスーツを纏っている。

躊躇って座敷に入ると、机を挟んで向かいに座る和服の男の影に、歳のそう違わない少女がいた。


「お待たせしました。こちらが今回対応する、阿木です」


唐突な紹介に慌てて頭を下げると、和服の男は微かに笑う。


「まぁ、座ってくれたまえ」


言葉に促されるように八神の横の座布団に正座すると、八神が鞄から出した資料を男の前に差し出した。


「早速、依頼のお話に入らせていただきます。足りない部分は私から補足しますので、依頼内容をご説明いただいて、宜しいですか?」

「あぁ。よろしく頼むよ」


男の視線が微かに隣の少女に移ってから、改めてこちらに向く。


「私は篠原章宣。こちらは娘の葉子だ。依頼と言うのは娘の事でね。先日、娘は交通事故に遭ってね。幸い命に別状はなかったのだけれど、頭を強く打ったせいか、記憶障害を起こしてしまっていてね。私や妻のこと、住んでいる場所や学校のことなんかも解らなくなってしまったんだ」


驚いて少女を見れば、少女は微かに目を細めて、困ったように目を伏せた。


「今回お願いしたいのは、娘の記憶の回復なんだ。お願いできるだろうかね?」

「本来は依頼に当たってはご本人様からの直接の依頼でなければお断りさせていただいていますが、事情が事情ですし、娘様も了承いただいていますので、それについては問題はありません」


手元のファイルをめくった八神の言葉に、男は頷く。


「阿木君、君の方からは何かありますか?」


話を振られて、慌てて居住まいを正した。

断るつもりは毛頭ない。

だからこそ、きちんと話はつめておく必要がある。


「依頼は俺受けることになります。それについて、不安はありますか?」

「いや。八神さんからも、娘に年が近い方が記憶の復旧がしやすいかもしれないと聞いています」


学生服に対しても初めから不安そうな顔一つしなかった理由がこれで解った。

根回しは完ぺきというわけだ。

仕事については、確かに八神に対して敬意を払っても良いのかもしれない。

少なくとも、八神はこの仕事を遣りきれるかどうか、ということをフェアに判断するつもりのようだ。


「記憶の復旧までの時間ですが、通常、ひとつの記憶を見つけることで、連鎖的に記憶が蘇ることがあります。しかし、今回の場合、もしかすると」

「あぁ。それも、八神さんから、場合によってはばらばらになった記憶を繋ぎなおす作業が必要になるかもしれないと聞いています。ですから、半年や一年も覚悟していますし、必ずしもすべての記憶が戻るとは限らないことも解っています」

「そうですか」


流石に、半年や一年はかからないと思うが、通常に忘却された過去の記憶と、何らかの要素に寄って沈められた記憶とは依頼者がつかみ取れる位置まで呼び起こす手間が異なる。

実際過去に、爪切りを使うことが出来ない女性に、原因を探るよう依頼され、無意識に押さえ込んでいたトラウマを掘り起こして克服させたことがあったが、その時もやはりその記憶は、妙な空間の中に捩込まれていて、通常の手段では引き出すことができなかった。

その時は結局三週間かかったのだ。


「篠原さん、先日ご相談した件ですが」


唐突に口を挟んだ八神に、男は思い出したように軽く頷く。


「学校については、幸いもうすぐ夏休みに入りますので、このまま休ませて、記憶が回復した所で、改めて通わせるつもりです。よろしくお願いします」


何の話かと眉を顰めると、八神は一瞬だけ視線をくれて「後で話します」と口の中でそっと呟いた。



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