intermission
「八神」
「貴方には無理ですよ」
二人きりの社長室で、八神がネクタイの結び目を長い指で緩めて肩を竦めた。
向かいに合わせにソファに腰かけて、お互い背凭れに体重を預けて言葉を交わす。
「そう言われても、お前にだけ悪役やらせてんのもなぁ」
「良いんですよ。そういう役回りはこちらの方が向いています」
「だからってな」
「悪役なんてものは、向き不向きがあるんです。それに、貴方の方が彼が懐くには向いています。寄る辺もないと困るでしょう。そういう訳で、貴方が悪役では困るんですよ」
素っ気なく言って、八神はソファから身を起こした。
横に置いていた鞄から、取り出したファイルをソファに挟まれた机にのせる。
「言っておきますが、半々というより部が悪いと思いますよ。あの年頃の感受性と言うのは、この上もなく理想的であるが故に、厄介です」
「解ってるよ。だからこそ、白黒はっきりしたいんだ。あいつがこの仕事を続けていくつもりがあるなら、早過ぎはしないだろう」
苦虫を噛み潰したような表情でファイルを受け取った友人に、八神は呆れたように溜息をつく。
「言葉と表情が食い違っていますよ。早過ぎるとは言いませんが、もう少し先でも良かったのではないかと思いますね」
「先に伸ばしても、良いことばかりじゃねぇだろう」
言外に滲んだ苦々しさに、八神もつられるように眉を顰めた。
今もなお、二人を共通して苛む後悔がある。
それは二度と繰り返す事を望まない痛みだ。
「そう、ですね。手にした力の大きさと意味を知らないままで、良いわけはありません。彼はもう理解できる人間だと、信じましょう」
「あぁ。理解ある大人であってくれ、とは言わないが、乗り越えるだけの子どもでいてほしいもんだな」
開いたファイルから覗いた一枚の写真に、窓から入る斜陽が落ちて、その色の白い少女の頬を僅かに茜色に染めた。